四十三話 特別授業(1)

 

 ガウェインの人気ぶりはすさまじく、登校数日でヒエラルキーのトップに立ってしまった。

 もちろん当然のことで、彼はこの国の第二王子。気に入られれば将来は安泰、運が良ければまさしく身に余る役職を授けていただける。女子にしてみても見初められれば王妃である。神輿として担がない奴の方が少ない。


 で、本日もガウェインには生徒が群がっていた。


「学院には不慣れでしょう。私がご案内いたしますよ」

「試験勉強などいかがですか。出題範囲はご存じありませんよね」

「もしよければ次の休日はぜひ我が屋敷に。殿下は魔道具にご興味がおありと耳にしております。僕の父は魔道具のコレクターでしてね――」

「茶会などいかがでしょうか。ガウェイン殿下のお話しをお聴かせください」


「悪いが通してくれないか。次の授業に間に合わなくなる」


 ぴしゃりと言い放ち冷たい目で雑音をだませる。

 生徒の間を抜けた彼は先で待つテオと俺に笑顔で合流した。


「すまない。待たせたな」

「すごい人気ぶりだね」

「私が王族だからだろう。こうも続くといささかうんざりする」

「しかたないよ。君に近づきたい人は多いからね」

「そうなるとテオは私に上手く取り入ることができたわけだ」

「ガウェインから近づいてきたよね?」

「そうだったな」


 テオとガウェインの会話を横で聞きつつ内心でほわほわしていた。


 主人公とガウェインのやりとりを直接目にできるのは、元プレイヤーとして夢のような時間だ。テオとガウェインの友情はスターブレイブファンタジーの目玉の一つ。理想の推しカプがテオとセルシアなら理想の友情ペアはこの二人しかいない。


 しかし、たった数日で敬称も敬語もなくため口で話せるテオの胆力はヤバい。

 ガウェインから不要と言われたのは俺も知っているが、だからといって本当に対等に接するやつがあるか。さすが田舎のYAMA育ち、ガウェインが気にしない人間じゃなければ不敬罪で物理的に首が飛んでるところだぞ。

 まぁガウェインも打算なくテオに近づいたわけではないので実際はどうあっても飛ばないだろうけど。


 ガウェインが学院に来たのは優秀な臣下を手に入れるためである。

 次点で妃候補の発見と教養を広げるためだ。


 才能に溢れたテオドールは王宮でもすでにチェックされており、ガウェインは我が右腕とすべく彼に近づいたのである。ただ、ゲームでは余りに馬が合いすぎて普通に親友になってしまったという流れがあるのだが、この辺りはゲームと変わらないらしくガウェインはテオとの時間を純粋に楽しんでいるようであった。


「ところでウィル。君はどういう人間なのだ?」


 俺はガウェインに質問をされて首をかしげる。

 そこで返事をしないのは不敬であると気がつき急ぎ返答をした。


「申し訳ございません。俺のような者が殿下と連れ添って歩くなど不敬の極みでございました。直ちに姿を消します。どうぞお二人で楽しいお時間を」


 忍びのごとく素早くその場から姿を消そうとしたが、どうやらそういうことではないらしく、ガウェインは「待て。そうではない」と引き留めた。


「私は入学にあたり全てのクラスと生徒を調査させた。能力だけでなく趣味嗜好傾向など可能な限り情報を集めさせたのだ。しかし、君だけは禄に情報が集められなかった。まるで最初から君などいなかったかのように」

「ああ、そういうことですか」


 何を言いたいのか察して納得する。

 身辺調査は主に身内や知り合いから聴取する。だが、俺の場合屋敷では孤立しており俺がどのような生活をしているのか知る者はほぼいない。学院でもプライベートな付き合いをする者はほぼ皆無。ちなみに俺がスターライト運送会社の社長であったのはごく短期間なのでそのあたりを見つけるには本格的な調査をしない限り難しいだろう。もちろんスターライトとの繋がりが発見されても俺は痛くもかゆくもない。


「ボッチだったので。そのせいでしょう」

「ボッチ・・・・・・」

「庭の木に『マイケル』と名付け毎日話しかけておりました。そうそう、近くの町に俺を殴る顔見知りの三人組がおりまして――」

「もういい。苦労したのだな」

「ウィル、次の休みは一緒に買い物に行こう」

「あ、ああ・・・・・・?」


 ガウェインとテオがなぜか優しく接し始めた。

 ボッチは慣れているのでそんなに気にしなくても良いのだが。



 ◇



 全員が剣を持ち闘技場に並ぶ。

 講師はナダル。それからレオン・アグニスである。


「皆もすでに耳にしていると思うが、つい先頃、学院長が地下ダンジョンを解放する決断を下された。ここのところ立て続けに起きている騒動への対応として、早急な生徒の育成を行うべきと考えたためだ。さらに平行してレオン・アグニス様に来ていただき特別授業を行って貰うことになった」


 ナダルの話が終わりレオンが一歩前に出た。


「奉剣十二士の一人レオン・アグニスだ。諸君らが正体不明の敵に襲撃された件はよく存じている。あの日、助けに向かったのは私なのだからな。敵の正体については諸君らも気になっているところだろうが、今も総力を挙げて調査中だ」


 クラスメイトの表情がやや暗くなる。

 それぞれ襲われたあの日の記憶を思い出していた。


 逃げることしかできなかった者。抗ったが敵わなかった者。あと一歩及ばず負けた者。

 セルシアはうつむき、マーカスは恐怖に顔を歪ませ、テオは悔しさに拳を握る。

 クラスメイトを眺めるガウィンは、様子から心境を察したようであった。


「確かにあの日の出来事は不運だった。だが、同時にあれだけの敵を相手に犠牲者を一人も出さず耐え続けたのは称賛に値する。しかもまだ学生でしかも一年生でだ。学院で過ごす君達は知らないだろうが、いま貴族の間で諸君らの噂が大きく広がっている」

「有名人ってことですか!?」


 お調子者のデンターが許可すら得ず発言する。

 レオンは特に気にした素振りを見せず「その通りだ」と頷いた。


 打って変わってクラスメイトは歓喜に沸いた。

 当たり前だが高い評価を得ればそのぶん就職に有利となる。そうでなくとも世間からの評判や家柄を気にしながら生きている彼らだ。嬉しくないわけがない。


 まぁ俺にしてみれば生きていれば儲けもの。

 家督を継ぐわけじゃないし功名などには全く興味がないしな。


「では、前置きはこのくらいにして始めようか。全員かかってこい」


 レオンは俺達から距離を取ると、腰の奉剣すら抜かずリラックスした態勢でそのようなことを述べた。


 彼の言葉をそのままの意味で受け止めるべきなのか迷うクラスメイト。

 すぐさま反応したのは意外にもアーシュであった。


「それはつまり、あんたと戦うのが本日の授業内容と・・・・・・?」

「察しが良いねダリス家のアーシュ君。その通りだ」

「ふざけんな。俺達はまだ学生。対してあんたは奉剣十二士だ。勝てるわけないだろ」


 クラスメイト達がざわつく。

 だが、レオンは手を突き出し静かにさせた。


「これから行うのはゲームだ。ルールは実にシンプル。私に剣を抜かせるか傷を付ければ君達の勝ち。授業が終わるまで逃げ切れば私の勝ち。私には奉剣と攻撃魔法が使用不可となるが、追う側の君達はいかなる手段を用いてもかまわないものとする」

「聖剣で攻撃してもかまわないと?」

「いかなる手段もと伝えたはずだ。なんなら刀剣奥義ブレイクアーツを使用しても良い。君達程度の技で私を傷つけられるとは思わないけどね」

「名家の余裕ってわけか。上等じゃねぇか」


 殺気立つアーシュなどの一部を除き、その他のクラスメイトは授業に乗り気ではないようだった。相手は名家の人間にして奉剣十二士の一人。加えて騎士団長だ。恐れ多くて刃など向けられるはずもない。


 戸惑う彼らへレオンが起爆剤を投げ込む。


「私に勝ったら一つだけ言うことを訊いてあげよう」


 レオンは微笑みを浮かべてその場から消える。

 破格の報酬を提示されたクラスメイトは雄叫びを上げた。


 こうしてレオン・アグニスと我がクラスの鬼ごっこが開始された。


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