四十二話 無二の親友の登場

 

 いつものごとく売店でパンを数個ほど購入。

 紙袋から一個だけ取り出し食べながら教室へと戻る。


 食べているのは新発売のサーモンクリームパンだ。フライにしたサーモンの切り身を生クリームで挟んでおり、隠し味にピクルスが挟まれていてほどよく酸味があって美味。ただ、なぜか人気がないらしい。この時間に来ると大量に余っているので密かに値引いて貰い購入していた。


「歩きながら食べるのは感心しないな」

「んんっ!?」


 後方から声をかけてきたのはテオであった。

 俺は他に知り合いがいないか辺りを見渡してから紙袋の中からパンを一つ取りだした。


「一つやるから誰にも告げ口するなよ」

「口止め料かな。まぁ校則違反したわけじゃないし目くじら立てる必要はないんだけど。ありがたく貰っておくよ」


 パンを受け取ったテオは「変わったパンだね」と一口囓る。


 どうだ、美味いだろう。

 サーモンクリームパンは過小評価されていると思うのだ。誰だって一口囓ればその美味さに衝撃を受ける、はず。お前は幸運だぞ。今日この場所でこのパンを知れたのだから。


「ん――っ!?」


 口を手で押さえた彼はみるみる顔が青ざめて行く。


 おや、想像していたのと反応が少し違う。

 そうか、彼は山育ちの舌が未熟な人間だったな。きっと想像を遙かに超えた都会の味に感動して震えているのだろう。


「こ、個性的な味だね・・・・・・」

「気に入ってくれたか。もう一つやろう」

「これだけで充分だよ! 本当に! あまりお腹がすいてなかったからね!」

「そうか、残念だな」


 俺とテオは並んで教室へと向かう。


「そういえばウチのクラスに新入生が来るらしいよ。それも今日」

「へー、この時期に入学だなんて珍しいな」

「そうなんだよ。実はさっきナダル先生に『セルシアさんと一緒に施設を案内してもらいたい』ってお願いされたんだけど緊張しててさ」


 手に残った最後のパンを飲み込むと、指に付いたクリームをなめる。


 もちろん誰が来るのかは知っている。

 親友であるウィル・スターフィールドを失ったテオドールを励まし奮い立たせた無二の親友――第二王子ガウェイン・マエル・レティシアである。


 彼もテオに負けず劣らずの美少年で、ゲームが発売された後に二人を題材にした薄い本が大量に出回ったそうだ。平凡スペックの俺には縁のない話だな。


 俺は当たり障りのない返事をしつつ教室へと戻る。





「――君達に紹介したい人物がいる。入ってきたまえ」


 ナダルの呼びかけに応じ一人の人物が教室へと入る。

 それはピンクブロンドのミディアムヘアーに、長身ながらずば抜けたスタイルをした女性と見紛うような美少年であった。涼やかな目元に風格のある佇まい。同じ制服を着ていても高貴なオーラがダダ漏れであった。

 当然、女子はざわつく。なぜか男子もざわつく。


「なんて素敵な殿方。ああ、このクラスで良かった」

「尊い。目が潰れそうだわ。私の目よ耐えろ」

「くそっ、またイケメンが増えるのかよ」

「よりにもよってなんでこのクラスなんだ」

「俺はむしろ興奮する。あの顔で玉があるなんて、はぁはぁ」

「「え?」」


 お前らもう少し欲望を隠せよ。

 ガウェインが引いてるぞ。


 案の定、ナダルが「静かに」と注意をした。


「私はレティシア王国第二王子ガウェイン・マエル・レティシアだ。国王陛下のお許しをいただき今日より就学することとなった。王族だと遠慮せずに気軽に声をかけて貰いたい」

「殿下、それではあちらの席へ」


 ナダルが指し示した席はセルシアの横であった。

 まぁ自由席なのでどこに座ってもいいのだが、不慣れなのを考慮しあえて公爵令嬢である彼女の横を指定したのだろう。だが、ガウェインは不満そうに眉間にやや皺を寄せた。


「私のことはガウェインと呼んでいただきたい。ここでは彼らと同じくいち生徒にすぎないのだから。それともこの学院は身分で成績を決めるのか?」

「失礼いたしました。ではガウェイン君と」

「それでいい。それから席についてだが、彼の横にしてもらえないだろうか」

「ええ、どうぞ」


 ガウェインはテオの横を指定した。

 それからセルシアに身体を向け軽く謝罪をする。


「お気を悪くされないでいただきたい。緊張の多い初日に美しい女性の隣に腰を下ろすなどさすがに我が身が持ちません。どうかお許しを」

「お詫びなど不要でしたのに。お気になさらずお好きな席をお座りください」

「ありがとう」


 セルシアはいつものように微笑みながらそつなく王子へ返事をする。

 二人とも表向きは初対面のように振る舞っているが、言葉の端々から知人としての親しみがにじみ出ていた。

 公爵令嬢なら王子と顔を合わす機会もあっただろう。

 事実、この二人は古い知り合いだ。


 一見するとテオの恋のライバルっぽい立ち位置なのだが、セルシアもガウェインも本当に仲の良い友人ってだけでお互いに全く興味がないのである。というかそもそもガウェインはシスコン。妹大好きマンだ。

 推しカプを邪魔する輩ではないので放置しておいても問題ない。

 もちろん動き次第では学院からご退場願うが。


 横に腰を下ろしたガウェインへテオはさっそく声をかけていた。


「お初にお目にかかります。僕はテオドール・ウィリアムズと申します」

「ガウェイン・マエル・レティシアだ。ガウェインと呼んでほしい。君のことは・・・・・・」

「テオと。クラスメイトもそう呼んでおります」

「ではテオ。教科書を見せてもらえないだろうか。用意はさせているのだが急だった故、間に合わなかったのだ」

「喜んで。もう少し近づいていただけますでしょうか」

「ああ」


 テオとガウェインが肩が当たるほど近づき一つの教科書を読む。

 美少年と美少年が触れあう姿に、女子は顔を赤くし息を荒くしていた。


 確かに絵になるな。持って生まれた者だけが作り出せる空間だ。持たざるものの俺には逆立ちをしても得られない聖域である。これが格差社会。人生とは不平等で不公平だ。


「静かに。授業を始める」


 クラスメイトはナダルへと注目した。 

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