第二章 奉剣十二士編
四十一話 緊急会議
バタンとドアが閉められ、会議室にしばし静寂が満ちる。
テーブルに置かれているのは奉剣【雷霆・鳴上】。持ち主であったハロルドを失い今はどこか寂しそうな印象を与えていた。
中央に座する国王グウェインは、まだ温かさが残るであろういくつかの席を見つめながら大きなため息を吐いた。
「予想通りであったな」
「ええ、どの家も身内を座らせることで頭がいっぱいですからね」
グウェインにレオン・アグニスが返事をする。
つい先ほどハロルドを除く奉剣十二士を集め緊急会議が行われた。
内容は主に、アニマル騎士団の名で届けられた奉剣についてと、次の十二士の任命についてである。
アイザックの予想通り会議は荒れに荒れた。
荒れた原因はハロルドの後釜についてである。
すでに身内を十二士入りさせている者は余り興味がなく、それ以外の者達が繰り返し発言したことで会議は大いに混乱した。
長らく十二士を輩出し続けていた名家と違いその他の家は実績が少ない。故に一人でも多く身内を十二士入りさせようと必死であり、ハロルドの座る椅子が空席となったのは予想し得なかった好機であった。
「レビスの野郎、目が血走ってやがった。あの家はもうあとがねぇからな。何が何でも長女を十二士入りさせておきたいんだろうな。おまけにジャック爺のあれだ」
「突然の引退宣言か。あれには全員が驚かされた。現十二士最強のあの御方が身を引くと仰るとは。空席が二つになったことでさらに荒れた」
「あの爺さんぜってーわざとだぜ。好々爺然してるが中身はひん曲がってるからな。どうせ席を巡る争いを眺めながら茶でも啜ってんだ」
「・・・・・・なくはないでしょうね」
アイザックとサリウスが語るジャックなる人物。
彼の名はジャック・グリーンピース。名家の一つ『グリーンピース家』の現当主である。
現十二士最強にしてかつてはテオドールの父であるウィリアムズと共に『双璧』と呼ばれていた人物である。
彼の突然の引退宣言は会議をさらに混乱の渦へとたたき込んだ。
二席を巡る争いは白熱し、本題であったハロルドの消息については終わり間近で僅かに話し合う程度であった。
「各家の思惑はともかく席を埋める必要があるのは事実。十二士は対外への象徴であり民の心の支えだ。空席が続けば不安がる者も出てくるであろう。近いうちに次を選び出さなければ」
「では選定式を行うのですね」
サリウスの問いかけにグウェインは頷く。
選定式とは奉剣十二士を選び出す試練である。
参加条件は国王と現十二士に選ばれた者。試練では心・技・体・魔の全てが試される。厳しく過酷な十の試練を乗り越えた先に王国最強の称号が授けられるのである。
レオンが話題をハロルドへと移す。
「後任の件はともかくハロルドの消息不明はやはり問題でしょう」
「捜索ね。レオン、お前の見立てはどうなんだ。調査してたんだろ?」
「あくまで個人的な予想ですが、すでに死亡しているかと」
「やったのは?」
「アニマル騎士団」
にやりと口角を鋭く上げたアイザックは火の魔力をにじませた。
だが、それは怒りからではない。歓喜だ。
彼は無意識に腰の【聖炎皇・朱雀】の柄に触れていた。
「父上。魔力が漏れております」
「おお、すまん。つい心躍ってな。だがしかし、お前がそう言うにはそれなりの理由があるのだろう?」
「一つは目撃者です」
「ほう」
「その者は深夜の荒野で稲光と虹色の光を見たのだとか。状況からしてもハロルドとアースと称する者が戦闘を行ったのは確実。先の学院の生徒の証言とも符合します」
レオンは続ける。
「実は個人的にハロルドについて調査をしておりました。以前より手柄ほしさから問題をねつ造しているのではとの噂が宮内に広まっておりましたが、調べて行く内に例の組織と関わりがあることが判明いたしました」
「裏切り者、だったと?」
「加えてあの黒い魔導機関車。部下に調べさせたところあれの所有者はハロルド・キースだったそうです。そして、奉剣がどうして戻ってきたのかを含めると、アニマル騎士団がハロルドを殺害した可能性は極めて高い」
テーブルに置かれている奉剣【雷霆・鳴上】に全員の目が集中する。
その日はいつもと変わらぬ日であり、宮殿外門を警備していた二名の兵士は変化のない仕事に気を緩ませていた。そんな彼らのもとに手紙と棒状の包みが届けられた。
兵士の証言によれば届けたのは、猫のかぶり物をした黒いロングコートを纏った女性であったという。
包みを開くとそこには奉剣【雷霆・鳴上】が収められており、次の瞬間には女性は忽然と姿を消していた。手紙には『返上いたします。アニマル騎士団』とだけ記されており宮中は上から下への騒ぎとなったのだ。
ただちにその女性の捜索が開始されたが時すでに遅く、彼女を捕まえることは叶わなかった。
「彼らはこれまで一貫して混沌ノ知恵のみを狙っていた。少なくとも私にはそう見えた。もちろんこれは私見であり予想の域を出ない。ハロルドが裏切り者であるかはこの先のさらなる調査もしくはハロルド本人から直接聞くしかないでしょう」
「ハロルドこそがペリドットだと其方は申しておるのか?」
「いえ、そこまではまだ。ですが現時点で我々がアニマルに二手も三手も後れを取っているのは明白でしょう。彼らから直接情報を得られていればもっと早く手を打てたでしょうが」
「ふむ。まったくもってその通りであるな。アニマル騎士団と手を結べれば――」
「陛下!」
レオンとグウェインの会話に割って入ったのはサリウスであった。
彼はやや声を荒らげる。
「先にもお伝えいたしましたが正体不明の者に頼ろうとなさるのはおやめください。貴方はレティシア王国の国王。軽はずみな決断は国を滅ぼします」
「う、うむ。しかしだな・・・・・・」
「レオンの言ったことが事実なら、アニマル騎士団は
奉剣十二士には明確なルールは存在しない。
あるのは三つの決まりのみ。
一つ、国王陛下と王国に絶対の忠誠を
一つ、常に王国の剣として最強たれ
一つ、十二士以外に決して敗北ならず
最強の十二人の魔法使いは最強であるが故に十二士以外に負けることを許されない。
この場に在席するアイザックもサリウスもレオンですら、裏切り者であるハロルドは十二士によって捕縛されるべきだった。と考えていた。
王国の大正義は十二士で成さなければならない。それこそが誇りであり義務である。十二士ですらない者が十二士をどうにかするなど論外であった。
「どちらにしろアニマルには訊きたいことが山ほどある。混沌ノ知恵とかハロルドのこととかな。捕まえるにも殺すにも塗られた泥をすすがなきゃなんねぇ。さすがにこのまま放置ってにはいかねぇだろ」
「確かに対応は必要か」
「個人的にアニマルは嫌いじゃねぇんだがな。締めるところは締めておかねぇと舐められちまう。俺たちゃ国内最強戦力の大看板背負ってんだよ」
アイザックは再び火の魔力をにじませる。
その目は闘志に満ち満ちており口角は僅かに上がっていた。
息子であるレオンは『どうせアニマルと戦いたいだけだろう』と呆れる。
サリウスがグウェインへ疑問を呈した。
「それでキース家の処遇はいかがいたしますか」
「ハロルドは事故死扱いとし妻子はしばらくの監視対象とする」
さらにサリウスはまとめる。
「では今回の件は引き続きレオン・アグニスが調査し、ハロルドは事故死扱い、キース家は私が調査と監視。アニマル騎士団は重要参考人として全十二士による捕縛対象とする、ということでよろしいでしょうか」
「うむ。ハロルドの裏切りは十二士の信用を失墜させる。例の組織の存在を伏せている以上、今はまだ公表すべき時ではない」
「心得ております」
レオンが退室した後、残った三人は雑談を始める。
「しかし選定式か。ウチのじゃじゃ馬は出そうにねぇしどうすっかな。サリ公はやっぱ娘を推薦すんのか? でるんなら応援するが」
「まだ一年生ですからね。もう少し経験を積ませておくべきでしょう。まぁ愛らしく優秀で愛らしいあの子なら今からでも十二分になれると思いますがね。ふふ、ふふふふ」
「気持ちわりぃな」
「気持ちが悪いぞサリウス」
「なんとでも。私の娘への愛は永遠なのだ」
グウェインとアイザックはサリウスを置いて退室した。
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