四十話 主人公を励ますモブ

 

 宿泊学習から帰還して数日が経過。

 あれからクラスメイトの意識に大きな変化が生じていた。


 修練にやる気のなかった者は見違えるように取り組み始め、意欲があった者もより一層励むようになっていた。もちろんそれでも怠惰をよしとする者は依然としている。そんな奴らは血のにじむような厳しい鍛錬に身を置く者達を指さし笑った。


 とはいえクラス全体の意欲はここに来て向上している。

 同時に結びつきも。あの一件以来親交を深めた者もいて俺達もその中の一つであった。


「くそっ、どうやって解いたらいいんだよ」

「この公式を当てはめたらいい」

「おおっ、解けた! なんだよ簡単じゃねぇか!」


 マーカスからアドバイスを貰ったアーシュはようやく問題を解いたようだった。


「定期試験なんて面倒だよな。勉強なんかせずに百点とれないかなぁ」

「カンニングでもしない限り難しいかな。だけどこうやって勉強するのも僕は楽しいよ。家じゃ父さん以外に誰もいなかったからね」

「・・・・・・そうだよな。こういうのも悪くねぇよな」

「うん」


 嬉しそうなテオにだらけていたデンターは背筋を伸ばす。

 俺は彼らの様子を窺いながら、手元でペンを適当に走らせていた。


 ここは学院図書館である。

 もう間もなく迎える定期試験に向けて男達だけで勉強会を開いていた。


 いかなる事件があろうと試験だけはきちんと行われる。

 こちらでもあちらでもそういうところは変わらない。


 先日の一件以来、学院は慌ただしくなった。


 軍から講師を招きより実戦的な指導を行うこととなり、王都外の課外授業には必ず軍が同行することとなった。さらに学院は状況が悪化することを懸念し学院の地下を開く決断を下した。

 学院の地下には難易度Cのダンジョンが存在し、普段は厳重に封鎖されている。

 学院長と生徒会長は先を見据え封印を解くことにしたのである。


 すでに三年生と二年生は地下に潜り始めているそうだが、一年生は定期試験後の予定になっている。この辺りはゲームと同じなのでまだ気にする段階ではないだろう。


 そんなこんなで気持ちは試験どころではないにもかかわらず、試験をこなさなければならないのである。デンターが勉強に身が入らないのも理解できる。いや、デンターに関してはいつも通りか。


「集中力も落ちているみたいだから少し休憩にしよう」

「はぁ、疲れた。売店でパンでも買ってこようぜマーカス」

「糖分の補給には賛成だ」


 テオの言葉を受けて、デンターとマーカスは席を立つ。

 アーシュは現在解いている問題に熱中しているようで休憩をする気配はなかった。


 ため息を吐きながら図書館を出るテオを追って俺も施設を出た。


「元気がないようだな。悩み事か」

「君にはバレてるのか」


 中庭のベンチで腰を下ろした俺達は、青空を見上げながら言葉を交わす。


「思い返せば思い返すほど彼の強さに打ちのめされる。こんなに誰かに嫉妬したのは初めてだ」

「アース、だったか。そんなに強いのか」

「強い。今まで見てきた誰よりも」


 大雑把だが俺はテオからあの日のことを聞いていた。

 仮面を付けたロングコートの男に助けられ、生まれて初めて嫉妬してしまった話。


 正直、なぜ彼がそのような妙な感情を抱くに至ったのか理解できなかった。

 本来のシナリオとは違う進行になったが故に、通常とは異なる感情が芽生えてしまったのか。


「傲慢なことを言うけど僕はこれまで一度だって届かないと感じたことはなかった。なんというか努力すればたどり着ける感覚があったんだ。もちろんそこに至るまでの道のりは容易じゃないけど。それでもビジョンははっきり見えていたんだ」

「なるほど」

「彼は次元が違っていた。届かないかもしれないと感じてしまったんだ。だからこそ僕は憧れと同時に嫉妬してしまった。あの高みに至りたいと願ってしまった。誰かを羨ましく思うなんて初めてだったんだ。僕にこんな醜い感情があったなんて知らなかった」


 俺はベンチを立つ。

 そろそろ休憩時間は終わりだ。


「誰だってそうだ。君だけじゃない」

「ウィルも嫉妬することはあるのかい?」

「常にしている。ここ最近だと周りのイケメン連中だな。君も含めて」

「あはは、僕はイケメンじゃないよ。だけどありがとう。元気が出たよ」


 微笑むテオに俺も微笑み返す。

 やっと元気になったみたいだな。だが、いくら否定したところでお前は作中屈指のイケメンだ。爆発しろ。


「ところでさ、アースってすごくダサい仮面を付けててさ」


 な、んだと?



 ◆



 王都領――バフマン荒野。


 騎士達が倒れた黒い魔導機関車を調査していた。

 すぐ近くで報告を受けるのは第一魔法騎士団団長レオン・アグニスであった。


「車両内にあった紋章から見るに例の組織のものかと。これでこの先の施設を行き来していたようです」

「魔導機関車まで有しているとは。どこからこれだけの資金を」

「タイラントを資金源かと睨んでおりましたが、こうなると他にもありそうですね」

「やはり一筋縄ではいかんか」


 レオンの元に騎士が「新たな報告です」と駆け寄ってくる。

 耳打ちされたレオンは、騎士が指し示す方角へと急ぎ走った。


 向かった先にはクレーターができており、中心部から扇状に長い溝ができていた。


「これは」

「報告です。クレーターの中心にてハロルド様の物と思わしき衣類の一部を発見いたしました。キース家の紋章が入っておりますので間違いないかと」


 騎士が差し出したマントにはキース家の紋章が刺繍されていた。

 マントを受け取ったレオンは一部が焼け焦げていることに気がつき顔を険しくする。


「戦闘があったと見るべきか」

「しかし、なぜハロルド様がここに。消息不明と何か関係が」

「不明だ」


 そう答えつつレオンの中で嫌な想像が浮かび上がっていた。

 組織の魔導機関車、戦闘の痕跡、ハロルドのマント、そして、規模は小さいが記憶に新しい例の刀剣奥義ブレイクアーツを放ったような跡。

 点と点が線となって結びついていた。


(十二士に裏切り者がいると睨んでいたが、ハロルドだったか)


 かねてより彼は裏の組織と繋がりがある者を密かに探していた。

 その範囲は十二士にも及び、ハロルドもその候補の一人であった。


 しかし、未だハロルドを裏切り者とする決定的な証拠はない。

 あくまでレオンの予想でしかなかった。


 響く馬の足音。


(あれは・・・・・・)


 馬はレオンの前で足を止め、一人の男が地面に飛び降りた。


 見上げるほどの背丈に盛り上がった筋肉。腰には奉剣『聖炎皇・朱雀』を帯びている。

 中央方面軍大将アイザック・アグニスであった。


「父上、なぜこのような場所に」

「陛下が十二士の緊急招集をかけたから呼びに来たんだよ」

「ですがまだここの調査が」

「ハロルドの奉剣が王宮に届けられた」

「!?」


 レオンの目が見開かれる。

 息子の反応にアイザックは『そりゃ驚くよな』と内心で頷く。


「つまりハロルドは死んだと?」

「さぁな。しかし、奉剣が返却されたってことは十二士から退いたって意味でもある。どちらにしろ荒れるぞ。覚悟しておけ」


 父親の言葉にレオンは冷や汗を流した。



 第一章 完


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