三十九話 運命の日・死亡イベント(9)

   

 深夜の荒野に剣戟が繰り返される。

 聖剣と奉剣がぶつかるごとに二人の顔が火花によって浮かび上がった。

 状況はハロルドのやや優勢である。攻めるハロルドと防ぐアース。


「この程度かアース! ボルトショット」

「っつ!」


 二十を超える雷球がアースめがけて放たれる。

 降り注ぐ攻撃魔法を回避しながらアースは疾走を続けていた。


 それは常人では追い切れない高速戦闘であった。


 それは常人では耐えられないパワー戦闘であった。


 ハロルドの奉剣は振り下ろすだけで余波を生み出す。

 対するアースも余波を切り裂き確実に急所を狙う。


 だが、どちらも寸前のところで躱していた。


「ハウライトと同程度だとでも思ったか! 私は奉剣十二士ハロルド・キースだぞ! あのようなゴミ共と同格ではない! 思い知れぇ!」


 ハロルドが無詠唱で攻撃魔法を放つ。

 放ったのは中級魔法『サンダーボルト』であった。

 紫電が直撃する前に、アースは横へと疾走していた。


「にがすかぁぁああ!」


 紫電が大地を焼きながら追いかける。

 雷撃を躱しながらアースは「パワーアップしている感じはないな・・・・・・」と呟く。


 サンダーボルトを中断し、次の攻撃へ移ろうとしたところでアースが切り込む。

 かろうじて反応したハロルドは斬撃を剣で防いだ。


 だが、剣先は彼の頬を切る。


 ハロルドは距離を取り頬を指でなぞった。


「私の顔に傷を付けるとは・・・・・・まるで私の戦い方を知っているような動き。なんなんだこいつ。気味が悪い」

「どうしたもう来ないのか?」

「――!?」


 ハロルドは初めて目の前のアースに恐怖を抱いた。


 そう、奉剣十二士である自身の攻撃がことごとく当たらないのだ。

 妙な手応えのなさ。遊ばれているような感覚。全てを見通しているかのような動き。それは戦いの機微を知る者ほどはっきり掴めた。言いようのない違和感。

 優勢なのに勝機が見えない。


 冷や汗を流すハロルドは冷静な目でアースを見据えた。


「貴様、やはり十二士の一人か?」

「この剣が奉剣に見えるのか?」

「記憶にない聖剣。既知のものではないな。しかし、それだけの技量を有しているとなればどうあっても名は上がる。身を退いた十二士・・・・・・にしては若そうだ。やはり分からんな貴様の正体」


 戦闘は再開される。

 無数の雷球を創りだしたハロルドが攻撃魔法を放つ。


「ボルトショット! フラッシュスピード!」


 彼は即座に移動速度を上昇させる補助魔法を行使する。

 攻撃を躱しきったアースの背後へと瞬時に回り込んだハロルドは、奉剣【雷霆・鳴上】を振り下ろした。


 ぎぃいん。


 奉剣はアースの剣によって阻まれた。

 振り返りもせず。


「なっ!?」


 コートの内側から輝石が飛び出しハロルドの腹部へめり込んだ。


 粘度の高い唾液を吐き出した彼は、ふらつきながら後ろへと下がる。

 すかさずアースが斜め下から切り上げようと迫った。


「っつ!」

「それじゃあ間に合わない」

「がはっ!?」


 剣による防御は間に合わずアースの剣がハロルドを斬る。

 ほんの一瞬、痛みに声を漏らしたハロルドは、体勢を立て直すべくその場から一気に加速する。


「それも遅い」

「ひぎゃ!??」


 先回りしたアースによって鳩尾へ膝蹴りされる。

 うずくまったハロルドは地面をかきむしるように爪を立てた。


 アースはハロルドを見下ろす。


「なんだこれはなんだこれはなんだこれは。先ほどまで私が押していたではないか。まさか貴様、手を抜いていたのか!?」

「今も抜いてるけど?」

「は?」


 ハロルドは目玉が飛び出しそうなほど目を見開き固まる。


 その瞬間、彼の黄金でできたプライドが音を立てて崩壊した。

 奉剣十二士とはたった十二席しか存在しない国内最強の証しである。たった一人で数百から数千の戦力にも匹敵し、たとえ奉剣がなくともその技量は他を圧倒する。


 すなわち王国魔法使いの頂点である。


「わた、私を弱いだと? 奉剣十二士である私を?」

「そこまでは言ってないから」

「私を弱いだとぉおおおおおおおおおおおお!!」


 奉剣【雷霆・鳴上】が解放される。

 ハロルドは激烈な稲妻を放ち目映く荒野を照らした。


 距離を取るアース。


 ゆらりと立ち上がったハロルドは奉剣を天へと掲げた。


刀剣奥義ブレイクアーツ 【我は孤高の雷獣なりライトニングディザスター】」


 彼の持つ奉剣から稲妻がほとばしる。

 一際強い閃光が彼を包み、黄金の防具と剣を握るハロルドが出現する。


 ハロルドは歯茎を出して嗤う。


「貴様の敗北は確定したぞ。私にこれを出させた瞬間にな。その身をもって味わうが良い。最高峰たる奉剣の刀剣奥義ブレイクアーツを」


 暗雲が空を覆い稲妻が地上に落ちる。

 彼の巨大な魔力がこの地を覆っていた。


「今度こそしねぇぇえええ! アース!!」


 発動中は全ての物理攻撃に雷撃が乗り、通常の近接攻撃にも遠距離攻撃がプラスされる。


 紫電を帯びたハロルドが蹴った地面は爆発したように吹き飛ぶ。

 電光石火のような速度で、正面からアースへ奉剣【雷霆・鳴上】を振り下ろした。


 反応したアースも剣を剣へぶつける。


 雷撃と衝撃波が発生しアースの足下の地面は僅かに陥没する。


「このまま特大の雷撃をお見舞いしてやる。消し飛べ!」


 光の柱が二人を包む。

 直後に大爆発が起きた。


 土煙が漂うクレーターの中心で満足そうにするのはハロルドだ。


「跡形もなく消えたか。私としたことがつい力を込めすぎてしまったようだ。しかし、これでは正体も確認しようがない。いや、十二士に行方不明者がでればそれこそがアースの――あが!?」


 ハロルドの胸から剣先が生える。

 彼の背後には銀河剣を握るアースが立っていた。


 アースの仮面は僅かに砕けており口元が露出していた。


「無傷、だと? 私の全力を受けて?」

「いいや、ダメージはあったさ。今でも少ししびれている。やっぱりリアルだとパターンにない攻撃もしてくるんだな。今後の参考にさせて貰うよ」

「ま、待て、殺さないでくれ、心を入れ替える。今度こそ祖国のために働くつもりだ」

刀剣奥義ブレイクアーツ――」



 ――ギャラクシー斬り。



「ぶぎょあわぁぁあげぼああああああああ!!???」


 虹色の閃光がハロルドを内側から消滅させて行く。

 肉片すら飲み込まれると閃光は消えた。


 からん、と地面に落ちたのは奉剣である。


「かなり抑えられたけど、まだまだ調整が必要だな」


 アースは嘆息する。

 彼は奉剣を拾い上げその場を後にした。



 ◇



 死亡イベの翌日。

 荷物をまとめた俺達生徒は駅で魔導機関車の車両に乗り込んでいた。


 見送るのはエマを始めとするエルフ達。

 それから駆けつけた第一魔法騎士団団長レオン・アグニスだ。

 レオンはここに残り復興支援をしながら調査を行うらしい。


 依然として彼は混沌ノ知恵の影を追いかけているようだ。


「アニマル騎士団とは何者だ。兄上は知っているのだろう?」

「詳しいことは答えられない。調査中だ」

「あにうえー!」

「そんな顔をしてもダメだ。軍事機密だからな」


 アデリーナとレオンが人目もはばからず騒いでる。

 常時不遜な彼女だが、やはり実の兄を前にすると妹っぽさが顔を出すらしい。

 ただ、妹のおねだりに弱いのかレオンは露骨に顔を逸らしていた。


 そこへ荷物を抱えたテオが通りかかる。


「おお、テオドール。ずいぶん活躍したそうじゃないか。それでこそ指導した甲斐があったというもの」

「あにうえ! 話はまだ終わっていないぞ!」

「ああ、レオンさん、このたびはどうも」

「「どうしたその顔」」


 挨拶をしたテオは覇気がなく目の下にクマができていた。

 ずいぶんな変わりようにアデリーナとレオンは驚いた表情をする。


「僕って自分で思ってるより負けず嫌いみたいらしくて、助けて貰ったのに、なんかこう絶対追いついてやるとか考えている自分に気がついてだんだん自己嫌悪し始めてて。僕ってすごく嫌な奴だったんだなって。あ、なんかすいません僕みたいなのが話しかけて、えへ、えへへ、すぐに消えますね」

「「・・・・・・」」


 車両の中から様子を眺めていた俺は、彼の変化に『あれー?』と内心で首をかしげる。

 無事に死亡イベを乗り越えたから落ち込む要素はほとんどないと思うのだけれど。親友も死ななかったし死んだクラスメイトもいない、俺が知る限りで彼が陰キャ面に落ちる理由はない。


 これも運命力(?)の影響だろうか。

 存在しない未知のルートに入ったのだから何が起きても不思議ではないが。


「元気出せよマーカス。お前なりに頑張ったんだろ」

「僕はあそこで無力だった。くそっ、強くなりたい。もっと強く」


 通路を挟んだ隣の席ではデンターとマーカスが会話をしていた。

 マーカスは先の戦いで足手まといだったのが許せなかったらしく未だにうじうじしていた。あそこにテオが加わればカビが生えそうだ。


「さすがセルシア様です。あのような恐ろしい敵を前にしても堂々と戦われるなんて」

「ですが実力不足も痛感いたしました。戻ったらより一層鍛えなければ」

「わたくし達もお付き合いいたしますわ。もちろん優雅にお茶を飲みながら」

「・・・・・・そうですね」


 セルシアも平静を保っているが、表情はどこか余裕がない。

 苦戦を強いられたのがよほど堪えたのだと見える。


 まぁ学院に戻れば嫌でも鍛えられるので心配する必要はないのだが。


 ぼぉおおおおおおお。

 汽笛が鳴らされ魔導機関車がゆっくりと進み出す。


 手を振るエマを後ろに見ながら俺達は学院へと帰還する。

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