三十八話 運命の日・死亡イベント(8)

 

 エルフの集落を敵の猛攻が襲う。

 外壁に攻撃魔法が撃ち込まれ、エルフの戦士達が魔法と弓で応戦していた。


「私が出る! 私なら壊滅できるのだ!」

「いけませんよ。アデリーナさんは生徒会長でしょ。不安がっている生徒を置いてどこへ行くというのかしら」

「ええい、無駄に豊満な胸を押しつけてくるな!」

「アデリーナさんも大きいじゃない」

「揉むな、この痴女!」


 アデリーナを羽交い締めにして引き留めるのはシフォンである。

 二人が騒いでいる大部屋では、生徒が不安そうにエマから手当てを受けていた。


 嘆息するナダル。彼にハチミーが声をかけた。


「さすがに外壁までは突破されませんよね?」

「エルフの戦士は強い。この集落も強力な結界が施されているそうだからな。そう簡単には突破できんだろう。それより体調はいいのか?」

「はい。魔力も少しだけですが回復したので。魔法騎士団への救援要請は?」

「ずいぶん前に行った。すでにこちらへ向かっていると思われるが、それまで我々が持ちこたえられるかどうか。厳しい状況だ」


 通信魔道具によってレオン率いる第一魔法騎士団はこちらへと向かっていた。

 しかし、飛行船でも到着に数時間は要する距離。すでに襲撃から一時間が経過しており、少なく見積もってもあと二時間は耐える必要があった。


 近くで立っていたアルベルトが呟く。


「・・・・・・攻撃が止みましたね」

「うん? 確かに音がなくなった」

「外に行ってみましょう!」


 ナダルを先頭にハチミーとアルベルトが部屋を出る。

 後を追うようにしてアデリーナとシフォンも部屋を飛び出した。





「これは・・・・・・」


 外壁へ登ったナダルは外の光景に言葉を失う。


 黒いマントの男達が地面に伏していた。

 その数は軽く百を超え数百。地上は攻撃によって穴だらけになっており、木々は無残に焼け焦げへし折れていた。


「この短時間でどうやって」

「誰がこれを・・・・・・」


 ハチミーとナダルが食い入るように見つめる。

 その隣で眉間に皺を寄せ沈黙するのはアデリーナである。


(アニマル騎士団、とやらがやったのか? 本当に何者だ? 騎士団と言うからにはどこかの組織だと考えるのが普通だが)


 すとっ、と足音が響く。


「こんにちは」


 どこからともなく現れたのは、黒いロングコートを纏った猫のかぶり物をした女性。

 その場にいた全員が警戒から武器を抜いた。


「迫っていた敵は我らアニマル騎士団が全て倒しました。ご安心ください。あなた方の安全は保証いたします」

「まずは名を名乗るのが礼儀だろう?」

「失礼いたしました。私はキャット。アニマル騎士団の副団長です」


 問いかけたアデリーナはさらに険しい表情をする。

 その女性は一切の魔力を隠し、腰には紅の聖剣を帯びていた。


 彼女は本能でキャットが恐ろしく手強い相手であると察した。

 これだけの敵をたやすく片付けられる実力者と考えればなおさらである。

 先立つ警戒を抑えてアデリーナは質問する。


「貴様らは味方なのか?」

「今は味方、と伝えるべきでしょうか」

「敵にもなり得ると?」

「邪魔をすればそうなります。これは警告。お忘れなきように。縁があればまたどこかで会うでしょう」

「待てっ!」


 キャットは高い跳躍で消えるようにその場から跳ぶ。

 追いかけようと身を乗り出したアデリーナの腰に抱きつき止めたのはシフォンであった。


「だめよ、貴女はここで皆をまとめてくれないと」

「くっ、しかたない。動ける者だけで宿泊施設へ戻るぞ」


 アデリーナは生徒会長として指示を出す。



 ◇



 人気のない茂みで仮面と衣類を魔法袋マジックストレージに押し込む。

 思い出すのは先ほどの出来事だ。


 テオが危機的状況なのは知ってたからアースとして介入し助けた。

 しかし、相変わらず俺の刀剣奥義ブレイクアーツは馬鹿みたいな威力だったなぁ。加減してあれだ。もう少し使いやすいレベルにまで落とす努力が必要かな。


 そういえばテオと目が合ったけど、俺の正体はばれてないよな。


 死亡イベを乗り越えたからもう隠す必要もないんだけど、最大の敵である混沌ノ知恵は健在だし、もしかしたら運命力(?)によって別の死亡フラグが立つ可能性もあるからまだ油断はできない。

 引き続き目立たずモブに徹するのが無難だろう。


「集落はこっちだ。悪いな運んで貰って」

「気にしないでください。貴方が庇ってくださったからマーカスは無事だったんです」

「貴方は命の恩人だ。戻ったら礼をさせてください」

「皆さん無事でしょうか。状況によっては連戦することになりそうですね」


 聞き覚えのある声がしたので茂みからそっと出る。

 ばきっと枝を踏んでしまい近くにいた四人とバッチリ目が合ってしまった。


「「「「あ」」」」

「や、やぁ」


 恐る恐る挨拶する。


 ぱぁぁと明るい顔をするのはテオだ。


「ウィル! 無事だったのかい!」

「なんとかね。突然、黒いマントを着けた奴らに襲われてどうしようかと思ったけど、命からがら逃げてこられたよ。いやー、もうほんとぎりぎりだったなー」


 違和感なく四人と合流する。

 どうやら同行していたエルフが負傷したらしく、テオとマーカスが彼に肩を貸しているようであった。もしかしたら彼が俺の代わりになったのかな。ご愁傷様。


 しばらく歩くと黒マントの死体が散らばる地域へと入る。


「向こうに誰かいるぞ!」

「帰還者か!?」


 ここから覗ける高い外壁の上では、複数のエルフが騒いでいた。

 さらに上空では、第一魔法騎士団の紋章が描かれた飛行船が停止している。


 それを見て安堵した。


 死亡イベを本当に乗り越えられたのだ。


 俺は自由。これからはびびりながら日々を過ごす必要はないのだ。

 勝利、勝利だ。完璧なまでの勝利。


 あとは、あっちの処理かな。



 ◆



 星が瞬く深夜。

 荒野にある駅に一人の男がいた。


 彼はペリドットという名で王都支部をまとめる者であった。


 駅に黒い魔導機関車が停止する。

 ペリドットはいつものように乗り込み赤い絨毯が敷かれた列車の通路を進んだ。


「テオドールなる少年はにふさわしい。手に入れればあの方々はそれはもうお喜びになるだろう。気に入られれば私にもあの力が」


 ドアノブを握り扉を開ける。

 室内へ足を踏み入れたところで彼は動きを止めた。


「誰だ。そこは私の席だぞ」


 薄暗い室内でペリドットの席に座る何者か。

 前触れもなく明かりが灯ると、黒髪の仮面を付けた何者かの姿が浮かび上がった。


「こんばんは。ペリドット。いや、奉剣十二士ハロルド・キース」

「どうやって私がペリドットだと知った。違うな。どうやってここに潜り込んだと問うべきか。名を名乗れ不届き者」

「アニマル騎士団団長、アース」

「そうか貴様があの。ならばなぜと問うのは無作法か。これまで幾度となく敵意を示してきた。私と貴殿がぶつかるのは至極当然――だな!」


 刹那に抜かれたハロルドの聖剣は壁を斬り列車さえも切断した。

 魔導機関車はレールからはずれ荒野に投げ出される。


 アースとハロルドはふわりと着地し、夜の荒野で相対した。


「このタイミングで仕掛けてくるとは。さては見計らっていたな」

「お前達の動向をずっと窺っていた。王国に潜ませた戦力の大半を動かす時を。王国と我々への脅しのつもりだったのだろうが甘かったな。俺はずっと貴様らをまとめて始末する瞬間を狙っていた」

「まさか支部も」

「そのまさかだ。今頃、俺の配下が攻め落としている」

「アアアアアアアアアァァアアアスゥウウウウウウ!!」


 ハロルドの剣をアースは後ろへ跳躍しながら剣で捌く。

 追随するハロルドは狂気を帯びた顔つきで剣を振るっていた。


「殺す殺す殺す殺す! アニマル騎士団は殺す!」

「ひどい顔だな。さすがあれらの眷属ってところか」

「どこまで知っている! 吐け、はけぇぇぇええ!!」


 闇夜に赤い火花が幾度と散る。

 金属音が反響し荒々しい剣がアースを追いかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る