三十七話 運命の日・死亡イベント(7)

 

 咆哮する巨躯。赤黒い表皮に二対の腕。

 身の丈は五メートル近くあり、二つの目がぎょろりとテオドール達を見つめる。


「ひぃ、化け物」

「動くなマーカス。無闇に動けば狙われる」


 恐怖から逃げだそうとしたマーカスをテオドールは留めた。

 育った山で数多の獣と対峙してきた彼の直感である。


 武器を構えるセルシアと男性エルフも、並々ならぬ相手と察して冷や汗を流していた。


「どうだ素晴らしいだろう? 『ノーマ』を改良し強化した『へカンテ』だ。これまでの不完全強化体ロストナンバーズと一緒にするなよ。パワースピードあらゆる面で能力が向上し二対の腕まで備えている」

「魔物、なのか?」

「そこらの獣と同列にするな。これは混沌ノ知恵が生み出した芸術作品だ。一つ良いことを教えてやろう。こいつらの素材は人の子供だ」

「なっ」


 四人は周囲に倒れている不完全強化体ロストナンバーズの死体に目を向ける。

 何も考えず倒していた敵が、自分達と変わらない子供であったと知らされ激しく動揺した。


 オリハムの動揺を誘う作戦であった。

 テオドールは急速に戦意を落とし、握る剣が下がり始めていた。


 強い危機感を抱いたセルシアは冷や汗を流す。


(まずい。この状況でテオドール君に戦意を失わせるわけにはいかない。恐らく彼だけがあれを倒せる。彼が私達の切り札)


 決意を固めたセルシアは前へと出る。


「セルシア?」

「今は生き延びることだけを考えてください」

「僕は・・・・・・」


 オリハムが命令を下す。


「奴らを倒せ。ただしテオドール・ウィリアムズとセルシア・レインズは殺すな。生け捕りにしろとのご命令だ」

「グォオオオオオオ!!」


 空気を震わせる咆哮が再び響き、へカンテが前に飛び出す。

 四人はばらばらに躱すも、やや反応が遅れたマーカスが追随された。


 マーカスへ岩のような拳が迫る。


「退くんだ!」

「うわっ」


 マーカスを押しのけ身代わりになったのは男性エルフであった。

 骨が砕ける鈍い音が響き、彼は勢いよく背中から大木へ叩きつけられた。


「相手は私よ! マーカス、彼をお願い!」

「わ、わかった」


 エルフに駆け寄ったマーカスはぐったりとした彼を引きずり木陰へと移動する。

 その間に、セルシアとテオドールが戦闘を行っていた。


 二人は見た目からは想像できない素早い移動と攻撃に防戦を強いられていた。


「一撃一撃が重い。それになんて堅さ。刃が通らないなんて」

「もう一人、戦える仲間がいれば」


 何度も打ち込まれる二人の剣。

 しかし、強固な外皮によって刃は弾かれ続けていた。


「だったら、刀剣奥義ブレイクアーツ――【ヴィヴィアンフルート】」


 セルシアの周囲に大量の水が生み出され彼女を中心に渦を巻く。

 水は美しい女性を形成すると、一振りの荘厳な水の剣を振り下ろした。


 鋭く強烈な一閃は、表皮を切り裂きへカンテの腕の一つを斬り飛ばす。


「グォオオオオオオオオオオオオ!?」

「馬鹿な、へカンテの腕を切り落としただと!? たかが一年生の刀剣奥義ブレイクアーツごときで!?」


 ヴィヴィアンフルートはばしゃりと弾け消え、セルシアは意識が飛びかけたのか足下がふらつく。


「大丈夫かい」

「ええ、魔力と体力をごっそり持っていくのですね。少々驚きました」

「もしかして初めてだったのかい?」

「そうではありませんが、本気で放つなんて今までなかったので。そろそろ目が覚めましたか。迷っている暇なんて私達にはない。死ぬ気で戦わなければ私達だけでなくマーカスや彼が犠牲になるのですよ」


 テオドールはマーカスと男性エルフに目を向け、はっとした様子であった。


 彼はひどく自己嫌悪した。自分が迷うことでまたも友人を危険にさらしていたのだと。彼女の言うことは正しい。全てを納得したわけではない。ただ、優先すべきは親しい者達の存命。彼は覚悟を決める。


「もう一度だけ時間を稼いでくれるかい?」

「かまいませんが・・・・・・何を?」

「僕の刀剣奥義ブレイクアーツで倒す」

「その目、勝てると確信しているのですね。ならば協力いたします」


 セルシアが地面を蹴り飛び出す。

 重い拳を躱しつつさらに距離を詰め彼女は肉薄する。


「マッドスタン! 思い出すのよ、教官とのあの特訓を!」


 へカンテの足下にぬかるみが出現し、太い足はズブズブと沈んでその場から動けなくなった。すかさず放つセルシアの一撃はこれまでとは一線を画し、全神経を集中させた一閃であった。刃は表皮を切り裂き深い傷を創る。


 テオドールの身体から青いエフェクトが発生していた。


「避けてセルシア! フレアブレイド!!!」


 炎を纏った銀霊剣をテオドールは至近距離で振り抜く。

 骨すら灰にするような熱がへカンテを両断し、肉体を貫通してその背後も焼き切った。

 熱を帯びた衝撃波が荒れ狂い森が大きく揺れる。


「はぁはぁ、やった」


 がくっと両膝を地面に突き脱力するテオドール。

 だが、彼を白刃が狙う。


「させない!」

「ちっ、邪魔をするな!」


 オリハムの剣を止めたのはセルシアであった。

 彼の顔には今までなかった焦りが浮かんでいる。


「まさか倒されるとは。だが、まだ私がいる。弱り切った貴様らなら生け捕りもたやすい。今頃は宿泊施設の連中も殺されるか捕まっている頃だろうな」

「皆が!? なぜ、私達が目的じゃなかったの!?」

「もちろんお前達も必要だ。なにせ最高の素材だからな。向こうの奴らは失敗作にしかならんだろうが、貴様らは成功品となる可能性が高い。そうなれば私の将来は安泰だ。じきに知るだろう。どれほどの存在を相手に戦っていたのかを」

「あぐっ!?」


 彼はセルシアを蹴り飛ばし退かせた。

 オリハムの剣は今度こそ確実にテオドールへと振り下ろされようとしていた。


 ぎぃいいん。


 剣と剣がぶつかり火花を散らした。

 防いだのは夜空のような漆黒の聖剣である。

 風にたなびくのは黒いロングコート。


 テオドールは黒髪の魔法使いの背中を見つめる。


「何者だ!?」

「アニマル騎士団団長、アース」

「貴様が――!」


 お手製のメ○ナイトの仮面を付けてアースは悠然と応じる。

 ぎりぎりと刃がこすれ合い、オリハムは己の聖剣を両手で押し込もうと力を込める。しかし、片手のアースはピクリとも動かなかった。


 オリハムは内心で驚愕していた。自身は腐っても中央方面軍第四魔法騎士団団長である。あのレオン・アグニスと同じエリートな上級騎士。実力こそレオンにやや負けているとは言え同程度と呼んで良い実力は有していると自負していた。

 彼の額から汗が滴り落ちる。


 オリハムは後ろへと飛び下がり間合いを取った。


「私は混沌ノ知恵・王都支部幹部『アラゴナイト』。貴様が三名の幹部を殺したアニマル騎士団か。なんという好都合。まさかそちらから現れてくれるとは」

「まるで勝利を確信しているような口ぶりだな」

「しているさ。起き上がれへカンテ。まだ死んではいないだろう」

「グアアアアアア」


 両断されたはずの巨体は半身を失いながらも動いた。

 動揺するのはテオドールだ。


「まだ生きているなんて!?」

「見くびって貰っては困る。始めに教えただろう全てが強化されていると。さぁ、こいつを殺せ。敵を殺す為に貴様は生み出されたのだ」

「グォオオオオオ!」


 身体を引きずりながらへカンテはアースへと吠える。

 アースは腰を落とし構えた。


「どうしようというのだ。まさか刀剣奥義ブレイクアーツを放つつもりだと? ぶはははは、私がいるのを忘れたかアース。刀剣奥義ブレイクアーツには刀剣奥義ブレイクアーツ。私の『ギロチンワルツ』で貴様を――なんだこの魔力と輝きは!?」


 アースの銀河剣が虹色に輝く。

 その瞬間、オリハムはあり得ないほどの濃密で膨大な魔力と相対した。


 

 刀剣奥義ブレイクアーツ――ギャラクシー斬り。



「美し――びぎゃぁぼげろぉおおおおおおおおお!?」

「グォオオオオオオオオオ!?」


 虹色の閃光がヘカンテとオリハムを飲み込む。

 輝きは二人の細胞の一片まで消滅させ地上を駆け抜けた。


 衝撃波により砂埃が舞う。


 アースは振り返り地面に倒れているテオドールを見下ろした。

 二人の視線の交差は一秒にも満たなかった。


「マスター」


 アースのもとにキャットが現れ「完了しました」と報告を行う。

 二人は背を向けた。


「待って、君は!? アース、君は!」

「・・・・・・」


 アースは振り返ることもなくキャットと共に姿を消す。



 ◆



 その剣はあまりにも美しかった――。


 体力が尽き動けなかった僕の前に、アースと名乗る男が現れた。

 彼の前ではオリハムの剣は児戯のようであった。


 振られる剣は、洗練され無駄がなく何より速い。


 夜空を凝縮したような漆黒の剣。

 僕は一目でそれが聖剣であると察した。


「美し――びぎゃぁぼげろぉおおおおおおおおお!?」

「グォオオオオオオオオオ!?」


 オリハムとヘカンテが光に飲み込まれる。


 虹色の輝き。それは美しく、いや、美しすぎた。

 僕の目に焼き付くほどに。


 一撃であった。たった一撃で彼の前にいた敵は跡形もなく消えた。


 交差する僕と彼の視線。

 その目から僕は感情を読み取ることはできなかった。

 ただ、ぞっとするほど深く暗い深淵のような目。


 キャットさんがいたような気がする。だが、僕は彼しか視えていなかった。


「待って、君は!? アース、君は!」

「・・・・・・」


 なぜ声をかけたのかは自分でも分からない。

 何かを伝えようと思ったのだと思う。だが、その何かが出てこない。それに、このどこからともなく湧いた名前のない感情はなんだろう。


 彼の背中を見つめながらその感情の正体に思い当たる。


 僕は嫉妬したのだ。


 あの目映い虹色の輝きに嫉妬した。

 その強さを羨ましいと思った。初めて心の底から負けたと感じた。


 そして、何より僕を見ているようで見ていないあの目。悔しかった。


「テオドール君!」

「テオ!」


 セルシアとマーカスが駆け寄ってくる。

 二人に支えられ僕は立ち上がった。


 直線にえぐれた大地。


 追いつきたい。彼に並びたい。

 彼に僕を認めさせたい。


 生まれて初めて僕は、ライバルを見つけたのだ。

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