三十六話 運命の日・死亡イベント(6)
時は少し遡り。テオドールのいる一番チームは順調に狩りを行っていた。
同行するのはエルフの集落でもっとも腕の良い弓使いであった。
「っつ、ファイヤーボール!」
オークの棍棒を反射的にバックステップで躱し、テオドールはすかさず銀霊剣を払うようにして無数の火球を創り出す。火球はオークに直撃、オークは思わぬ反撃によろけた。
「行きますよ、マーカスさん!」
「了解!」
セルシアとマーカスが間髪入れず飛び出す。
二人の聖剣はオークの胴体を十字に斬る。オークは息絶え地面に倒れた。
終始見守っていた中年の男性エルフが三名へ拍手を送った。
「見事。良い連携だった。集落でもこれほど息の合った連続攻撃はそうそうお目にかかれない。三人とも良い師に恵まれたのだな」
「ありがとございます。僕の剣と魔法は全て父から教わったものなのでそう言っていただけるとなんだか誇りらしいです」
「そうか、君の父上は立派な人物のようだな」
男性エルフの言葉にテオドールは照れくさそうにする。
オークの死体を個人所有の
「これで二種目ね。このペースだとお昼までには終わりそう」
「以外だな。冒険者として登録している僕とテオはともかく、公爵令嬢で魔物との戦闘も未経験なセルシアがこうも強いなんて。あれは戦い慣れてないとできない動きだったけど」
「指導してくださった方が素晴らしかっただけですよ。ふふ」
「・・・・・・?」
マーカスにこれまでの戦闘を評価されたセルシアは柔和に微笑んだ。
彼の指摘はすなわち指導者の優劣を指摘していた。彼女は豚と罵る黒髪の少年を思い出し興奮したようにぶるりと身体を震わせる。
(教官、私はこんなにも成長しましたよ。ですが、未だ貴方様には遠く及ばない至らない豚です。もっとご指導を――!)
「豚がいるな」
「!?」
男性エルフの発言にセルシアの身体はびくんと跳ねた。
だが、すぐに自身ではないと知る。
前方に新たなオークがいた。
「三人とも下がれ」
男性エルフは瞬時に弓に矢をつがえ放つ。
風の矢はオークの眉間に吸い込まれるように突き立ち絶命させた。
彼はオークの死体へ近づき怪訝な表情を浮かべる。
「奇妙だな。立て続けのオークとの遭遇。いつもならこんな森の浅い場所で出会わないのだが。何かに追い立てられているのか?」
「オークは珍しいのですか?」
「こいつらは頭が良い。我々が暮らす周辺には、はぐれかよほど飢えていないとうかつに近づかない。奥で凶暴な何かと遭遇して逃げてきたか――」
「危ない!」
木々の奥から火球が飛んでくる。
咄嗟に前に出たセルシアが簡易障壁で防ぐ。
ざざ、ざざ、ざざ。
異様な足音。複数、それも十や二十そこらではない。
薄暗い木々の間から姿を現したのは黒いマントの何者かであった。
フードを深くかぶり顔を確認することはできない。抜き身の剣を握り明らかに敵意を持っているようであった。
「三人とも下がれ。何者だ、名を名乗――!?」
黒いマントを羽織った人間が次々に姿を現す。
その中の一人が前に出てフードを取った。
「こんにちは少年少女諸君。私は混沌ノ知恵の王都支部幹部『アラゴナイト』だ。君がテオドール・ウィリアムズで相違ないかな?」
大柄な体躯の男は貴族らしく一礼する。
だが、その顔と態度には明らかに悪意が籠もっていた。
先に反応したのはテオドールではなくセルシアであった。
「中央方面軍第四魔法騎士団団長オリハム・パッダム! なぜ貴方がここに!?」
「おやおや私を覚えておいでで。お会いしたのは貴女がまだこんなに小さい頃でしたのに。そうですとも。私は第四魔法騎士団団長にして貴女の父君である宰相殿のかつての部下。オリハム・パッダムでございます」
「なにゆえこのような場所に! ただちに王都へ帰還しなさい!」
「ぶふっ、ぶふふ!」
オリハムは腹を抱えて笑い始めた。
「さすが馬鹿親父に馬鹿娘だ。まだ状況が飲み込めないらしい。おいセルシア。全裸土下座で命乞いするなら今の発言は聞かなかったことにしてやる。下げろよ、頭。殺されたくないだろ?」
「なんですって・・・・・・? 貴方、何を言って」
「前々からレインズ家は気に入らなかったんだよ。名家だの奉剣十二士だのお高くとまりやがって。あの男の見下すような目。私を侮辱するような態度。実に腹立たしい。君にはその身をもって父親の罪を償ってもらわなければな」
彼の憎悪に染まった目にセルシアは後ずさりした。
彼女にとって嫉妬など好ましくない感情を抱かれることは珍しくない。
公爵の家に生まれ才色兼備かつ魔法の才にも恵まれた彼女にとってよくあることであった。だが、かつてこれほどまでにはっきりとどす黒い負の感情をぶつけられたことがあったであろうか。少なくとも彼女の記憶にはない。初めてのことにセルシアは戸惑いを覚えていた。
そして、彼女をさらに混乱にたたき落としたのは裏切りであった。
騎士団長という国家の防衛を支える重要な役職の者が、父親の旧知の者が、反逆の牙をむき出しにしたのだ。
彼女を守るように進み出たのはテオドールであった。
「仲間や祖国を裏切るような者に傾ける耳はない。膝を突き許しを求めるのは貴方の方だ。彼女に向けた聞くに堪えない暴言、撤回するなら今だぞ」
「テオドール君・・・・・・ありがとう。そうね、許しを求めるなら今しかないわよ。パッダム卿。これは明確な侮辱であり反逆行為。武装を放棄し投降しなければ死罪は免れない」
「投降すべきは諸君だ。この状況で利が自分達にあるとでも?」
オリハム・パッダムの「抜剣!」の号令により敵は一斉に武器を構える。
百を超える敵意は圧力となって四人へのしかかった。
明らかに不利な状況。しかし、テオドールの闘志は折れるどころか燃え上がっていた。正義感だけではない。仲間を侮辱された怒りが彼の背中を押していた。
テオドールは銀霊剣をすっと構え腰を落とした。
「お前達混沌ノ知恵が何を目的としているのかは知らないが、敵対するなら容赦はしない。全身全霊で切り伏せる」
彼からにじみ出る魔力とプレッシャーは逆に敵を動揺させた。
子供の放つ気配ではない。熟練の剣士や魔法使いのそれであった。
「やりましょう。勝ってこの場を乗り切るのです」
「テオだけに無茶はさせないさ。早くこんなやつらぶっ倒してレイアちゃんの限定記録水晶を観よう」
「無事に切り抜けるには戦うしかなさそうだ」
セルシア、マーカス、男性エルフが覚悟を決めたように魔力を放つ。
しかし、オリハムは笑みを浮かべたまま攻撃指示を出した。
直後に四対多数はぶつかり合う。
テオドールは状況を利用しつつ巧みに敵を斬り続けていた。
(動きが読める。レオンさんとの対人訓練が実を結んでいるんだ)
清流剣を振るうのはセルシアである。
敵の剣撃をひらりと躱しつつほぼ同時にカウンターが放たれる。敵の防具の隙間を正確に狙い細剣が差し込まれていた。
「アクアアローレイン!」
水で創られた矢が群となって降り注ぐ。
攻撃魔法を行使しようとしていた敵の集団は悲鳴をあげて倒れる。
「エアロバースト!」
「フィニッシュアロー」
マーカスは範囲魔法による攻撃を継続して行っていた。
体勢を崩した敵を男性エルフが必死の矢で仕留める。
四人の攻勢は敵を押していた。
「あ゛あ゛あ゛ああああっ!」
「っつ!!」
その衝撃はすさまじく彼の表情が僅かに歪んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
テオドールの肉体が青いエフェクトに包まれる。
銀霊剣からほとばしるのは風の魔力。
荒れ狂う風の魔力を放出し推進力とする。
拳と剣の拮抗は崩れ、刃は
それだけに留まらずテオドールは大地を駆け抜け、ほんの一瞬で残りの
元の位置まで高速で舞い戻ったテオドールは切っ先をオリハムへ向けた。
「形勢逆転だね」
すでに敵はオリハム一人になっていた。
だが、彼は笑みを浮かべたままだ。
「逆転? いいや、まだこちらが優勢だ」
「なっ」
響く足音。
オリハムの背後から巨体が木々をなぎ倒しながら姿を現す。
盛り上がった筋肉、醜悪にして凶悪な面、その手には無残に囓られた魔物が握られていた。
怪物が咆哮した。
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