三十三話 運命の日・死亡イベント(3)

 

 宿泊学習二日目の夜。

 食堂に集まるクラスメイトは無言であった。


 誰もが食事に手を付けずただただ見つめている。

 その顔には疲労が色濃く出ており皆一様に人形のように固まっていた。

 彼ら彼女らが考えているのはたった一つ、早く休みたいである。


 そんな中でがつがつと食事を行う集団がいた。


「しっかり運動した後の食事は美味しいね」

「食べられたら何でも良いけど」

「このサラダすごく新鮮」

「おかずが足んねぇぞ。おい、ポティーニ。それ寄越せ」


 テオ、俺、セルシア、アーシュの四人が集まる席だ。

 周囲にはマーカスにデンターやハッチにポティーニと見知った顔もある。が、俺達ほど食欲がないのか食事をいくつかつつく程度だ。


 生徒会長とアルベルトは教師が座る席で食事を取っていて、貴族らしく優雅に肉汁滴るジューシーな肉を口に入れている。


「もういやだ。こんなの耐えられない・・・・・・」

「明日は死ぬ。絶対死ぬ。ウチに帰りたい」

「あの女、私達を殺す気よ」

「あそこの奴らよく食べられるな」


 ぼそぼそささやき声が耳に届く。

 この様子だと今夜あたり脱走者が出るかもな。

 逃げるなら体力がある内にってところだ。


 もちろん生徒会長も教師陣もそのくらい想定済みだ。対策は施されているし十中八九穴なんてない。大人しく部屋に戻って寝るが正解だ。



 ◇



 煌々と魔導ライトが照らす室内。

 俺は就寝前に読書をしていた。

 読んでいるのは『巨乳が及ぼす魔力操作への影響』である。この著者は体内を巡る魔力の流れは胸にも及んでいるとし、巨乳であるほど魔法の威力が増大するのではないかと考察している。ただ、後半になるほど著者の性癖語りが苛烈になっており、尻派がどうとか文句が書かれていた。

 俺はどちらかと言えば尻派なのでこの著者は敵だ。


「すでに準備はできております。あとは敵の動き次第ですが」

「こっちも万端よ。姫様権限でしっかり備えさせたから」


 アルベルトとシフォンが出入り口付近に立って報告をしてくれる。

 両隣の部屋は空き部屋になっているので壁越しで会話を聞かれる心配はない。


「他のエルフ達には正体は明かしていないだろうな」

「大丈夫よ。ここで暮らしてる人達は知り合いだから事情を話すだけであっさり信用してくれたわ。それ以前に人狩りを警戒していたってのもあるけど」


 窓の外を覗くと遠くに無数の明かりが見える。

 この宿泊施設を管理するエルフ達の集落だ。緊急時には学生をあちらに避難させる取り決めが学院となされている。


「分かっているだろうが誰も死なせるな。誰も奪わせるな。守り抜け」

「「御身の導くままに」」


 いっそのこと誰かに話して助けを求められたらどれほど楽だろうか。

 だが、言ったところで誰が信じる。異世界から転生した? ゲームとそっくりな異世界?この先の未来を知っている? あまりに馬鹿馬鹿しくて聞いた奴は間違いなく頭がおかしくなったのを疑うだろう。


 だから俺は、俺が信じる仲間だけで戦う。


「んん?」 


 窓の外で動く人影があった。

 それは一人や二人ではなく複数いた。

 八人、くらいだろうか。


 耳を澄ませると声が届く。


「本当に上手くいくのか」

「任せろって。昼間エルフがいない場所を確認しておいたんだよ」

「どうして貴族の私がこんな夜逃げみたいなことを」

「あんなの付き合ってたらお嫁に行けない身体にされるわ。さっさと抜け出して屋敷でお茶を飲みながらケーキをいただきましょ」


 脱走者なようだ。先頭を行くのはデンターである。

 バカの後ろをぞろぞろついて行くのはどいつも普段からやる気のない連中だった。マーカスの姿はない。さすがにプライドがあるのかついて行かなかったようだ。


 ちなみにエルフはめちゃくちゃ耳が良い。


 がさささ、と遠くの木々が揺れた。

 しばらくして闇夜に悲鳴が木霊する。


「もういいだろう。明日に備えて寝ろ」

「承知しました。僕も今日は少し疲れましたので」


 平常モードに切り替えたアルベルトが返事をする。

 シフォンはなぜか『YES』と刺繍された枕を抱えていた。


「マスターには私との特別個人レッスンがありますよ(ハート)」

「なんのことだ?」


 言っている意味がよく分からなくて首をかしげる。

 だが、すぐさまアルベルトが呆れた様子で注意した。


「馬鹿を言っていないで自室に戻ってください。貴女は今、教師なんですよ。女性教師が男子生徒の部屋に泊まるなんてできるわけないでしょう」

「ぐぬぬぬ、そこをなんとか」

「冗談抜きでレイアに殺されますよ」

「くっ、殺されるのは嫌だわ」


 二人は退室する。


 ・・・・・・何だったのだろう?



 ◇



 宿泊学習三日目。

 運動場に集合すると案の定非常に目立つ奴らがいた。


 首から『私は脱走者です』と書かれたプレートをぶら下げる八人。羞恥心で顔を赤くする者もいれば悪びれた様子もなくそっぽを向く者もいる。デンターは仲間に殴られたのか顔がボコボコに腫れていた。


 朝礼台にハチミー先生が上がる。


「今日は訓練はお休みにしていただきました。せっかくの宿泊学習ですし楽しい思い出も作りたいですよね。てことで宿泊学習といえば調理、皆さんには四人一組のチームを組んでいただき、現地の食材を使って昼食を作っていただきます」


 クラスメイトから拍手喝采が巻き起こる。

 もちろん調理を喜んだのではなく訓練がなくなったことに対しての歓喜である。

 なぜかハチミーコールが始まり朝礼台の彼女は「いやいやそんなたいしたことは」と照れくさそうにしていた。


 さて、誰と組もうかな。

 正直料理はあまり得意ではないのでできそうな人間を仲間に引き入れたい。


「あ、ウィルくん――」

「セルシア様、私達と一緒にどうですか?」

「貴女達がかまわないのならぜひ」


 セルシアは二人の女子に誘われ離れて行く。

 テオもアルベルトも男子と女子の混合のチームに誘われ選択から消える。アーシュはハッチとポティーニと。マーカスとデンターもそれぞれ別のチームに誘われていた。


 あれ? ぼっち?

 入れそうなチームないけど?


「なんだ貴様があぶれたのか」

「ふふ、逆に幸運じゃないかしら」

「よろしくね、スターフィールド君」

「あ、はい」


 生徒会長、シフォン、ハチミーの三人が俺を取り囲んだ。

 なるほど。これはこれで正解か。


 男子から憎しみの籠もった歯ぎしりが聞こえてくる。


「これが集落で採れた食材です」


 エマが食材の入ったざるを長机に置く。

 瑞々しい野菜とほんのり桜色の薄切りにされた豚肉。材料的にやはりカレーだろう。


「どれもすっごく太くて固いわね。美味しそう」

「誰だ! この教師を参加させたのは!!」


 野菜を握ってうっとりとするシフォンにアデリーナが叫んだ。

 確かにエロすぎる。そういった方面に疎そうなハチミー先生も顔を真っ赤にして野菜を凝視していた。


 料理はカレーと決まり早速調理を始める。

 俺と会長とハチミーで野菜の皮むきを行う。


 だん、だん、だんっ。

 アデリーナは包丁でニンジンを皮も剥かずそのまま輪切りにする。


 しょり、しょり、しょり。

 ハチミーはジャガイモを五センチサイズになるまで皮(?)を切っていた。


 とん、とん、とん。

 俺はタマネギの皮を剥き身を包丁でみじん切りにする。


「お米洗ってきたわよ。どこまでできたのかしら――なにをしているの!?」


 戻ってきたシフォンが悲鳴をあげた。


「何って料理に決まっている。貴様さては料理をしたことがないな?」

「十年ぶりに包丁を握りましたけど、こういうのって身体が覚えているものなんですね」

「タマネギはみじん切りだった気がするんだ」

「ひぇええええええええ!?」


 彼女は俺達から包丁を取り上げ見学しているよう指示を出した。


 おかしいな。

 以前カレーを作った際はレイアは上手だと喜んでいたんだけど。


「これだから貴族は!」


 文句を言いながら調理をするシフォン。


 いや、お前も王族だろ。

 それから俺は間違ってないからな。前世で調理動画を観たんだ。


 その後、ウチ以外の全てのチームで嘔吐祭りが開催された。

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