三十二話 運命の日・死亡イベント(2)
エルフの女性に案内され宿舎へ。
そこは広い敷地を有した建物であった。
建物自体は比較的新しく三階建ての高級ホテルのような外観をしていた。宿舎のサイドには運動場らしき整地された場所があり、宿舎を挟んだ反対側には体育館らしき箱形の建物も確認できる。
宿舎の入り口まで誘導されると女性の説明が始まった。
「ここが皆様が過ごされる宿舎になります。食事は三回、入浴は夕方から開始となります。お部屋に関してはこちらで指定した個室にお泊まりください。自己紹介が遅れましたがこのエルフの郷の管理責任者『エマ』と申します。以後お見知りおきを」
エマは王国式の挨拶で一礼。
男子生徒は「妾にできたら最高だな」と欲望丸出しで興奮していた。
ゲームにも登場していたから知っているが・・・・・・エマは八十歳のお婆さんだ。
エルフは二十を過ぎると年の取り方がひどく遅くなるそうだ。若いように見えて中身はねっとり熟女ってパターンはおおいにある。逆にそれがいいって奴もいるだろうが。実際肉体は若いから気持ちの問題だな。
「今年もよろしくお願いします」
「はい。精一杯おもてなしさせていただきます」
ナダルはエマと握手を交わしてから宿舎の中へ。
建物の内部は豪華すぎず質素すぎず落ち着いた格式高い内装であった。
「これから自室の番号を知らせる。指定した時刻までに訓練用の衣類に着替えロビーに集合しておくように。それと聖剣は不要だ。ハチミー先生、部屋番号を」
「は、はい!」
ポニーテールにぱっちりとした大きな目をした女性教師。
彼女は副担任のハチミー・ホースブランドである。教育期間を終え、今年から本校に配属となった新人教諭である。うっかりしていて度々をぽかをやらかすところもあるが、前向きで明るい性格と形の良いお尻から男女関係なく人気を集めている。
ちなみに常にジャージ姿だ。一人暮らしだそうだがちゃんと暮らせているのか少し心配である。
部屋番号を聞いた俺は荷物を抱え自室へと向かう。
◇
グラウンドに全員が整列する。
朝礼台の上に立つのは担任のナダルだ。
「これより課外授業を開始する。だが、その前にお前達にはこれを装着してもらう」
「ささ、皆さんどうぞ。受け取った方から身体に着けてくださいね」
エマが差し出すのは四つのベルトと剣である。
受け取るとベルトはずっしり重量を感じさせた。
さらに剣も重く鞘から引き抜くだけで労力を強いられる。
おかしい。ゲームでは普通の訓練だったはず。
控えていた生徒会長がばっとマントをはためかせて発言する。
「ただ同行するだけではつまらない。故に、私が、貴様達の為に、特別メニューを作成した。喜べ。今回のメニューは三年生が体験したよりハードだ。もちろん逃げたいのなら逃げれば良い。逃げ出せるのならだが」
引き締まった肉体のエルフの男性が至る所に弓を構えて潜んでいた。
それに気がついたクラスメイトはみるみる顔が青くなる。
特に気にした様子もなく平然とするのは、俺、テオドール、セルシアくらいだ。あのアーシュですら冷や汗を流していた。
「あと十周だ。頑張ろう」
「はい!」
先頭を走るのはなぜか参加しているアルベルトだ。その後方にはぴったりとテオがついて行っていた。その後ろでは二人に追いつこうとアーシュが走る。
「ファイトー! 頑張れ-!」
応援するのはハチミーである。
ナダルと生徒会長はエマが出したお茶をのんびり啜っていた。
「気楽なものだな。どうせなら俺もあっち側に行きたかった」
「教官と走れて私は楽しいですよ?」
「ん? まぁ運動は好きだから不満はないんだけど」
俺の隣でセルシアが眩しいくらいに笑顔であった。
あれ? 今、教官って呼ばなかったか?
ああ、特訓を思い出してついそう呼んでしまったんだな。
気をつけないとダメだぞセルシア。テオに変な誤解をされてしまう。
先の三人からやや遅れつつクラスメイトが追いかける。ほとんどがぜーはーぜーはーと息を切らしながらゾンビのように走っていた。俺達はその後ろをマイペースに走る。
まだ準備運動段階なのに・・・・・・あいつら生きて帰れるのか。
「ところでウィル君と生徒会長のご関係は?」
「関係か。よくよく考えてみるとなんなんだろうな。お気に入りの玩具?」
「恋人、というわけではないのですね」
「ないない。あのアグニス家のあの生徒会長なんだぞ」
「で、ですよね」
セルシアはなぜか安堵した様子であった。
「――次は基礎魔法の訓練だ。今さらと思うかもしれないが、これを実戦レベルで扱えて初めて一人前の魔法使いと呼べる。では二人一組のペアを作れ」
ナダルの指示に従い、クラスメイトは渋々動き出す。
俺も誰かいないかとキョロキョロすると、すぐ隣でセルシアがこっちを見ていた。
「一緒にやるか」
「そうですね」
「あの、もし良かったらだけど僕も入れてくれないかな」
申し訳なさそうに合流してくるのはテオだ。
彼は『あんな感じなんだ』と視線で俺達の視線を誘導する。
離れたところでペアであろうマーカスが真っ白になっていた。というかその隣でデンターも死んでいる。いや、まだかろうじて生きてる。
アルベルトは・・・・・・ああ、女子の集団に取られてしまったのか。
普段は美少年ともてはやされるテオだが、今日この時は手加減を知らない彼に近づく者はいない。その点、アルベルトはそういうところ心得てるからなぁ。ぺっ。ぺっ。
「では三人でローテーションをしましょうか」
「だな。言っとくけど俺は弱いからな。手加減しろよ」
「あはは、善処するよ」
基礎魔法とは魔法を覚える上での初歩だ。
属性魔法を扱う以前の、いわゆる子供向けの魔法だ。
具体的には『魔力弾』と『簡易障壁』を指す。
この二つは属性を使用しない純粋な魔力のみで行使され、魔力を有する者なら誰でも使用が可能である。発動させるだけなら難しい技術も詠唱も不要、発動も速く意外に使用する機会は多い。
特に簡易障壁は腕の良い魔法使いほど扱いが上手い。
魔法使いは基本的に盾を持たない。
盾を持てばその分足が遅くなりその場に留まってしまうからだ。
近・中・遠の役割を一人でこなすにはスムーズなポジション移動が重要だ。
しかし、攻撃は防ぐ必要がある。そこで使用されるのが簡易障壁だ。強度こそ期待できるほどではないが、一時的に凌ぐだけなら充分使用に足る。それに壊れたら即座に張り直せば良いだけ。つまり戦闘では簡易障壁を扱えない者から死ぬ。
「行くよ、ウィル」
「来い」
テオから魔力の塊が発射される。
すぐさま簡易障壁で弾いた。
次はセルシアが魔力弾を撃つ。それも弾く。
次第に数が増え、速度も速くなった。
「このくらいにしよう。もう限界だ」
「結構良かったよ。やっぱりウィルは守りは上手だね」
「大丈夫ですか?」
俺は息も絶え絶えでなんとか肩で息をする――演技をする。
これ以上できてしまうと違和感をもたれてしまう。ほどほどでいいんだ。モブだし。
「おい、俺も加えろ」
突然、アーシュが自身を入れろと提案してくる。
テオは首をかしげた。
「ハッチとポティーニの三人で組んでたよね?」
「二人がバテちまったんだよ」
親指で指し示した方向には、木陰で休む二人の姿があった。
先ほどのランニングが効いたらしい。
彼らと同様に動けなくなってる人達がいた。
テオは『いいかな』と俺とセルシアへアイコンタクトをする。
「どこも固まってやっているしな、四人でやっても怒られないだろう」
「私はかまいませんよ。アーシュさんは優れた魔法使いですし入っていただけると良い訓練になります」
「か、感謝する」
「「「!??」」」
アーシュが照れくさそうに礼を言ったのだ。
俺達はつい幻聴だったのではと顔を見合わせた。
「なんだよ、俺だって礼くらい言う! 文句あんのか!」
彼は顔を赤くして吠えた。
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