番外編 マイホーム

 

 ――本編開始まで残り十年と数ヶ月


 レイアを拾った俺は、非常にお金に困っていた。


 なにせ社会的地位などほとんどない五歳の子供が、同じ歳ほどの子供を育てようとしているのだ。普通に考えれば無茶を通り越して不可能であった。


「やればできる。お前ならできる。さぁ書け。休むな」

「はぃいいい、がんばりますぅううう」


 俺は木の枝で魔法使いの尻をぺしぺし叩く。

 三つ編みに眼鏡をかけた女魔法使いは涙目で岩に魔法陣を刻んでいた。


 彼女が刻んでいるのは転移魔法陣である。

 それも新開発されたばかりのまだ誰も知らない超低コストを実現した転移魔法陣だ。


「マスターはその女に何をさせているのですか? あむ、むふー」


 俺のすぐ後ろにいるレイアは、パンを頬張って幸せそうな顔だ。

 前世を覚えている俺にしてみれば、がさがさで不味いパンでも彼女にとってはごちそうらしい。

 頭を撫でてやるとさらに嬉しそうににっこりとする。


 奴らが絡むと鬼のように怒気を放つが、もともとは温厚で穏やかな性格らしい。そんな彼女を不幸のどん底へ突き落とした混沌ノ知恵には怒り以上の怒りを抱く。未来の姿も死に様も知っているからこそ許せない。


「転移魔法陣を設置させているんだ。これを王国中に置いて運送会社を立ち上げるつもりだ。盗賊に狙われることもなく、破損の心配も消費期限の心配もせず、その日のうちに届けられる、安心安全で確実な荷物を運ぶ会社だ」

「盗賊に狙われないのはいいですね」

「そう、この世界ではまだそういうものがない。つまりブルーオーシャンだ」


 スターブレイブファンタジーには転移ポータル的なものがない。

 正確には物語の中盤以降から登場する『簡易式転移魔法陣』によって移動がスムーズになるのだが、それまでは徒歩か馬か魔導機関車でしか移動できない仕組みになっている。


 これに関してはかなりの不評であった。


 後々改善されるとは言え、無駄な移動時間はプレイヤーにとっては苦痛でしかない。

 その分、移動速度は速めに設定されていたようだが、素材集めやクラフト要素を盛り込んだ本作では、同じ場所を往復することも多くスタブレ三大欠点の一つとして数えられていた。


 逆に言えば中盤までこの世界には、気安く使用できる転移魔法陣が存在しないというわけだ。


 そこに目を付けた俺は、のちの簡易式転移魔法陣の開発者を見つけ出し、脅し――じゃなくて共同開発し、中盤に登場する魔法陣を手に入れたのだ。


 ある程度転移魔法陣を設置できれば商売ができる。

 儲けた金を手駒の生活費や教育費にあてれば俺でも人を養える。いけるいけるぞ。生存ルートが見えた気がする。


「マスターは私に仲間ができるとおっしゃっていましたがどのような方々なのですか」

「とりあえず候補は三人いる。年はそれほど離れていないはずだからすぐに仲良くなれるだろう。ただ、君はリーダーになるべき存在だ。必要以上になれなれしくするな。困ったら俺に相談しろ、いいな」

「・・・・・・お友達にはなれないのですか」


 俺は鞭打つ手を止めた。


 ああ、そうか。彼女は俺とは違い肉体も精神もまだまだ幼い。俺が知っている彼女は未来の姿であって今は普通の子供なんだ。


「訂正しよう。これから迎える三人は君の部下であり家族だ。同じ理想を掲げ、同じ復讐心を抱え、どんな時も見捨てることなく助け合う仲間だ。大切に扱ってやれ」

「はいっ!」

「私は、私は大切にしてくれないんですかぁぁあああ!?」

「お前はこれでちょうど良い。きりきり働け!」


 ぺしんと魔法使いの尻を枝で叩く。



 ◇



 ――本編開始まで残り九年と数ヶ月


 俺はがらがらと台車を引いて町にやってくる。

 兵士が護る門を通り抜けると、一緒についてきていたレイア、アルベルト、キキョウが台車からそれぞれ荷物を掴んで宛先へと届け始めた。


 町の人々は見慣れたものなのか俺達には特別関心を示さない。


「こんにちは。お荷物届けに来ました」

「・・・・・・なによ。子供じゃない。荷物って手紙じゃない、えええっ!? もう返事が届いたの!?」


 封筒を受け取った中年の女性は目が飛び出るかと思うほど驚いていた。

 恐らく通常の配達で手紙を送ったのだろう。返事が来る日数も経験からおおよそ予測していた。だから爆速で返事が届いてびびったのだ。


 本来は荷物の運送配送が主だが、それをするには信用がない。

 そこで俺は安価な郵便業務を行うことで信用を積み重ねることにしたのだ。


 そして現在、町の中に限定して行っていた仕事も、次第に隣町へ、その隣町へ、徐々に信用ができ、そこそこ大きな荷物も任せてもらえるようになってきた。


 開業届けについてはスターフィールド家の三男で強引に押し通した。

 商業ギルドは貴族の子供が始めたお遊びだと思ったようだが。馬鹿め、こっちは大金を稼ぐ気まんまんの全力投球なんだよ。今さら取り入ろうとしてももう遅い。貴族の上客もできてすでに社員を雇おうと探しているところだ。


「スターライト運送会社をよろしくお願いしますっ!」

「ふーん、早く届くのなら次は使おうかしら」


 扉が閉められレイアが笑顔で戻ってくる。


「ウィル様、次のお客さんができましたよ!」

「よくやった。どんどん会社の名を売ってくれ」

「えへへ」


 頭を撫でるとレイアはくすぐったそうにはにかむ。

 アルベルトとキキョウが「あー」「ずるいのじゃ」と配達を終えて戻ってくる。


「ウィル様、僕も褒めてください!」

「妾もじゃ! レイアだけ可愛がるとはなんと不公平! 異議ありじゃ!」


 うるさいなぁ。



 ◇



 ――本編開始まで残り八年と数ヶ月


 ウォルデフ領に初のスターライト運送会社の建物が建った。

 まだまだ小さな会社だが、俺達は感慨深くピカピカの黄色い看板を眺める。


「綺麗な建物ですね。ここが私達のスターライト運送です」

「ウィル様がお作りになった会社。美しい」

「物を運ぶだけで種族内の位が上がるとは。ヒューマンは不思議な種族じゃ」

「なんだっていいじゃない。あたし達のお家よ。お家」

「う゛うううっ、ひぐっ、僕、今度こそ絶対、この家と皆をまもるから。にげないから。仇をとるから」


 泣きじゃくるルークスに四人は涙ぐみ、頷いた。

 俺は彼の頭をくしゃっと撫でる。


「これからは美味いものを沢山食わせてやる。そして、強く賢くなれ。復讐に必要な物はそろえてやる。だが、幸せになる準備も怠るな」


 俺は扉を開けて彼らを中へ招く。



「来い。ここが君達の家だ」



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