三十話 国王と奉剣

 

「蛮族討伐の任務ご苦労であった」

「はっ」


 王宮の執務室。

 ハロルドは胸に手を当て一礼する。


 正面には、将軍に宰相、そして国王がいた。


 中央方面軍大将【アイザック・アグニス】

 宰相【サリウス・レインズ】


 アイザックは男らしくも粗野な印象を与える燃えるような赤毛の偉丈夫である。奉剣十二士・第一席として腰に奉剣『聖炎皇・朱雀』を帯びていた。


 サリウスは細身の涼やかな表情の男性であった。強い水属性を表す青い髪は女性の髪のように美しく、奉剣十二士・第二席として腰に奉剣『白刃・氷龍』を備えている。


 二名は口を開かず沈黙していた。


「して北の蛮族とはいかような者達であった?」


 国王は最低限の装飾に落ち着いた色合いの服装で執務席から発言する。その顔は痩せこけ周囲の人間と比べると強く疲れを感じさせた。


「事前の調査通り我が王国に異を唱える野蛮な連中でございました。交渉の席を設けさせましたが、連中はこれに一切応じず、それどころか一方的に攻撃を仕掛けてきたのです。私の指揮する軍はやむを得ずこれを壊滅させました」

「そうであったか。そなたに一任したのは正解であったな」

「もったいなきお言葉」


 国王は続ける。


「奴らではなかったのだな?」

「はっ、至って普通の蛮族でございました」

「そうか。ならよい、下がれ」

「御意」


 王の言葉にアイザックとサリウスは僅かだが顔を険しくした。

 ハロルドが退室したのち、先に発言をしたのはサリウスであった。


「陛下、奴らへの対処は我々が行います。どうか政務にのみ集中されお体をお休めください。ここのところ無理をされすぎです」

「そうはいっていられん。こうしている間も奴らはこの王国に根を広げているのだぞ。民だけのことではない。妻と息子も殺されたのだ。報いを受けさせねばならん」

「陛下、どうかご冷静に」


 今より三年前。王妃キャサリンが港沖で遺体としてあがった。調査の結果、刃物による他殺と判明。さらに調べて行く内に、背後に『混沌ノ知恵』なる裏の巨大組織が関与していることが判明した。

 国王は国内の組織壊滅に乗り出した。しかし、軍による壊滅作戦は難航する。兵士の不審死。担当高官の自殺。魔物による襲撃。ついには警告として第一王子のトリスタンまでもが宮殿内にて殺害された。


 奉剣十二士による捜索も開始され早三年。

 国王は復讐にとりつかれ徐々に正気を失い始めていた。


「本当に良かったのかね。たいした調査もなくハロルドに任せた今回の件。どうにもあいつは信用できないんだが。いや、何か証拠があるのかって言われてもないけどな」


 将軍であるアイザックが己の直感で疑問を呈する。

 同様にサリウスも砕けた口調で王へ進言する。


「グウェイン。ここ最近の君は見ていられないくらいひどい有様だ。まともな判断ができなくなっている。個人である前に王である、これは君の父君の言葉だが、今の君はまるで逆だ」

「たとえそうであっても結果的には民の益となる。アイザックよ、ハロルドは忠義溢れる優れた人物だ。そなたも彼がどれほど王国の治安維持に尽力してきたか知らぬ訳ではないだろう?」

「悪い。憶測で発言するべきじゃなかったな。忘れてくれ」


 国王グウェイン・マエル・レティシア。

 宰相サリウス・レインズ。

 将軍アイザック・アグニス。


 三名はかつて共に魔法学院で過ごした仲であった。卒業後も腹心として近くに置き、時折こうして友人らしい関係で話し合いを行っていた。


 グウェインの話題は先日拿捕したタイラントの構成員に切り替わった。


「奴らの正体と目的は判明したか」

「継続して拷問は行っているが恐ろしく口が堅くてな。ただ、二点判明したことがある。一つはペリドットって奴が組織のトップらしい。もう一つはアニマル騎士団と呼ばれる抵抗勢力の存在だ」


「ペリドット・・・・・・」とグウェインは脳に刻みつけるように呟く。


「そのものが妻と息子を殺したのか」

「どうだろうな。だが、そいつが命令して実行犯にやらせた可能性は高い」

「抵抗勢力についてはどうだ」

「それなんだが。奴らと同様に詳細が不明なんだ。しかし聞く限りではなかなか面白そうな連中みたいだぞ。あの混沌ノ知恵が対処に手こずっているみたいだからな」

「アイザック。口が過ぎるぞ」

「あ、失礼いたしました」


 アイザックはサリウスに指摘され謝罪する。

 グウェインは気にしていないと手で応じた。


「謎の抵抗勢力・・・・・・ふむ」


 三年ぶりに彼は、晴れやかな感覚を得ていた。

 アイザックのもたらした報告は同じ敵と戦う同志を見つけたような気分にさせたのだ。


 しかし、宰相モードに切り替えたサリウスが苦言を呈する。


「恐れ多くも申し上げます。彼の者達への対処は我々奉剣十二士が行います。身元も分からぬような者達に頼らぬようどうかご自制を」

「言われなくともそのくらい理解している。余は王だ。そして、余が信頼するのは奉剣を貸し与えた十二の魔法使いだ。期待しているぞ」

「「御意」」


 突然、ドアがノックされる。

 向こう側から「入ってもよろしいでしょうか、父上」と声があった。


「許可する」

「失礼いたします」


 入室したのは二人の男女であった。

 片方は齢十五になろう少年と、もう片方は十四の少女であった。

 どちらもピンクブロンドの髪色に優れた容姿をしていた。


 第二王子ガウェイン・マエル・レティシアと第一王女リーディア・マエル・レティシアである。


「父上、またお痩せになられたのでは?」

「お父様・・・・・・お労しい」

「余のことはいい。話があってここへ来たのであろう?」


 ガウェインは「就学について参りました」とこわばった顔つきで一歩前に出た。


「どうか魔法学院への就学を認めていただきたい」

「その件か。前にも伝えたが王宮の外は危険だ。学習ならここですればよい」

「ですが父上!」

「くどいぞ。ガウェイン」

「っつ!」


 断られたガウェインはうつむき拳を握る。

 妹のリーディアは兄の背後に隠れ怯えた表情をしていた。


 そこへ助け船を出したのはサリウスであった。


「学院での生活は未来の臣下と出会い忠義を育てる場所でもあります。我々がこうして陛下に全身全霊をもってお支えできるのも、かつての学び舎の経験があったからこそ。ガウェイン様の将来を想うのなら決断すべきではないでしょうか。もちろん我々が全力をもってお守りする所存です」

「父上。母上と兄上がなくなったのはとても辛いことです。ですがここで臆しては敵の思うつぼです。王族として民に威厳を見せなければなりません。どうかご再考を」


 グウェインはしばし沈黙した。


 第一王子であるトリスタンは優れた人物であった。主席で魔法学院を卒業し、学業、武術、魔法とあらゆる面で秀でた才を発揮し、王族にふさわしい足跡を残した。人格面でも優れ人々に愛されていた。

 逆に第二王子のガウェインは優れた才を持ちながらも今ひとつ兄に及ばない人物であった。それはかつての自分を思い起こさせた。劣等感から救ってくれたのはここにいる二人の友であった。

 グウェインは考える。このまま王宮に閉じ込めて外を知らぬ孤独な王にしてよいのかと。息子を己の復讐に付き合わせて本当に後悔しないのか。


 怒りに沈みつつある理性を拾い上げ彼は決断をする。


「そなた達の気持ちは理解した。ガウェインよ、魔法学院への入学を許可する」

「感謝しますお父上。必ずや素晴らしい臣下を見つけて参ります」


 二人は恭しく頭を垂れてから退室する。

 すかさずグウェインはアイザックへ視線を向けた。


「そなたの娘は生徒会長であったな。くれぐれも頼むぞ」

「じゃじゃ馬に伝えておくよ。そういえばサリウスの娘も一年生になったんだったか」

「ええ、素直で良い子ですよ。世界で最も美しく可愛い娘です」

「「そ、そうか」」

「・・・・・・おかしなことを言いましたか?」


 きょとんとする宰相に、国王と将軍は『婿選びは大変だろうな』と内心で考えていた。



 ◆



 王宮を出たハロルド・キースは自宅には戻らず、そのまま軍の自室へと赴き、茶色の薄汚いマントを羽織り顔を隠すようにフードを深く下ろす。


 軍が管理する建物を出ると単身で駅へ行き魔導列車に乗り込む。

 魔導機関車に揺られて一時間ほど、何もない荒野の無人駅に到着すると彼はおもむろに立ち上がって列車を降りた。


 駅で十五分ほど待っていると新たな魔導列車がやってくる。


 その列車は全てが黒く塗られ一切の窓がなかった。

 彼は驚く様子もなく車両に乗り込む。

 魔導ランプによって照らされる通路を進みドアを開いた。


「待たせたな諸君」


 フードを下ろしたハロルドはドアを閉めた。


 そこは長机と六つの椅子が置かれた部屋であった。

 壁には組織のシンボルである蛇とフラスコのタペストリーが提げられている。


 彼を待つのは二人の男。

 アラゴナイトとオブシディアンである。


 ハロルドはマイカの席をほんの一瞬だけ確認し、己が座るべき椅子へと腰を下ろした。


 オブシディアンが話を切り出す。


「マイカがやられた」

「耳にしている。相手はアニマルだそうだね」

「負傷した者も駆けつけたレオンに捕縛され拷問中だ」

「その点は心配ない。タイラントは下部組織だがそのほとんどは何も知らないただのごろつきだ。捕まったところで吐くネタがない」


 ハロルドは特に気にする様子もなく微笑む。

 報告を行ったオブシディアンは「だろうな」と短く応じる。


 次にアラゴナイトが発言した。


「王国の動きが活発化している乗っ取りを急ぐべきではないのか」

「焦りは禁物だ。王国には手強い奉剣十二士がいる。いや、十一士か。それに上から適性の高い素材を送れとせっつかれているんだ。あと、新しく作った強化体のデータ取りもしなくてはならない」

「新しい強化体? 何も訊いていないぞ」

「私もつい先日知らされたからね」


 荒野を走行していた列車は通常のルートから外れ、鉄道会社も知らないレールへと入る。列車はそのまま岩山へと近づき速度を落とす。列車がとある地点を通過すると景色が揺らめいた。

 景色は一変しあるはずのない要塞が現れた。

 レールは要塞の前で途切れており、列車は停止する。


「到着したようだ。新しい強化体を見せよう」


 ハロルドが立ち上がり二人も腰を上げた。





「ほう、これはなかなか」


 木箱が並ぶ巨大倉庫に鉄の檻が置かれていた。

 三人は檻の中にいる人型の生物に強い関心を示していた。


 赤黒い肉体に二対の腕。

 身の丈は五メートル近くあり見下ろす目は肉食獣のようだ。


 アラゴナイトはあからさまに喜ぶ。


「素晴らしい。これならアニマルだけでなく奉剣も始末できる」

「命令は聞くのか?」

「もちろんだとも。失敗作とはいえ強力な兵器だ。使えなくては意味がない。しかし、まだ運用テストは済んでいないそうだ。これを使って素材を確保する」


 檻の中の獣はあふれ出る凶暴性を抑えきれず激しく檻を叩く。

 ハロルドは満足そうに微笑む。


「暴れたくてしかたがないようだ。子供のようだな。いや、元は子供だったのだな。君は実に幸運だ。我々に捕まり素晴らしい存在に生まれ変われたのだからな」


 微笑みは歪み邪悪な笑みへと変化した。

 二人は彼の表情にぞわっと悪寒を感じた。


 自分達と目の前の彼は根本的に違う生き物。二人は改めて逆らってはいけない存在であると再認識する。


「アラゴナイト。君に今回の任務を一任する。これを使って学生を大量に狩ってきたまえ」

「学生? 魔法学院の?」

「今年度は特に良い素材が入った。頃合いかと思ってね。それからセルシア・レインズ。彼女は決して殺すな。人質にして奉剣どもへの牽制とする」

「なるほど。宰相の娘を捕まえて捜索を中断させると」

「今はアニマルで手が一杯だ。奉剣まで相手にする余裕はない」


 上級騎士のアラゴナイトは内心で歓喜していた。

 ようやく自分に出世のチャンスが回ってきたのだと。

 地位が上がれば、組織からの強力な支援が期待できる。それはつまり上級騎士からの出世であった。自分はこんなところで終わる器ではない。彼は将軍になった自身を想像し涎を垂らす。


 一方、オブシディアンはいつ組織を抜けるか考え続けていた。

 一度所属すれば死ぬまで抜けられない。ゆえに彼はどう姿をくらますかで頭を悩ませる。心が折れた彼にもはや戦う意思はなかった。


「では、私は帰還する。遅くなると妻と娘が不審がるからね」


 マントを翻しハロルドは背を向けた。

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