二十九話 スターライト運送会社

 

 この世界には『記録水晶』なる魔道具が存在する。

 映像や音などを記録し再生するいわばDVDやCDのようなものだ。


「レイアちゃんかわいすぎんだろ! つぁあああああ、求婚してぇぇ!」

「実に恐るべき戦略だ。優れた美貌と歌唱力を備えた女性に会社の宣伝をさせる。今までになかった発想だ。これでは嫌でも会社の名を覚えてしまう。なっ、そこでターンだとっ!? よく分かっている、スターライト運送!」


 前の席でデンターとマーカスが記録水晶を眺めながらキャッキャしている。

 水晶に映し出されるのは、綺麗かつ可愛い衣装で歌って踊る白銀髪の美少女であった。


 聞こえるのはっとするような透明な歌声。

 そして、キャッチーな歌詞。


『黄色の馬車に手を振って、貴方のお荷物お届けします。運送配送素敵なスマイル。あなたのハートにスターライト運送会社』


 スターライト運送会社とは設立十周年を迎えた新進気鋭の中小企業だ。

 主な業務は運送及び配送。安心安全素早く確実に荷物を届けるをモットーとした王国発の企業である。すでに支店も王国全土にあり本店のある王都内なら即日お届け。


 なにより一番の目玉は広告塔を務めるアイドル。


 彼女の登場は王国にとって衝撃だった。


 可愛く美しい少女が、記録水晶の向こう側にいる我々へ語りかけてくるのだ。初めての経験。男だけでなく多くの老若男女がハートを鷲掴みにされた。ときめきめきが大きすぎて心臓発作でぽっくり逝ってしまったじいさんもいるくらいだ。


 瞬く間に彼女は国民的アイドルの地位を築き上げた。


「二人とも何を見てるの?」

「おお、アイドルのレイアちゃんだよ。もしかして知らねぇの?」

「あははは。田舎育ちだからね。へー、これがレイアちゃんか――」

「テオ?」


 記録水晶をのぞき込んだテオがピクリとも動かなくなった。その目は水晶に固定されており、死んだのではないかと思えるほど長く固まっていた。


「か、」

「「か?」」

「可愛い!!」


 珍しくテオが取り乱していた。

 普段の冷静な態度はどこに行ったのか、マーカスの横に座り勢いよく質問する。


「この子は!? レイアちゃんって!?」

「落ち着きたまえよテオドール君」

「ご、ごめん」

「彼女はスターライト運送という会社の社長にして広告塔。そして、歌って踊って人々に元気を与えるアイドル――僕らの女神様さ」


 マーカスとデンターはおもむろにブレザーの内側を見せる。

 そこにはレイアちゃんの顔が描かれたバッジをびっしり付けていた。



「仲間になれば詳しく教えてあげるよ」

「この沼は最高だぜ。お前も来いよ。あったけえぞ」



 端から見ると気持ち悪い。しかし、人の趣味はそれぞれだ。

 誰にも迷惑をかけていないのなら尊重されるべき多様性である。


 ちなみにあのバッジは全て職人の手作りだ。この世界では色の付いた絵の印刷はまだ難しい。ただ、模写をするファンが増えたおかげでレイア専門職人は増加傾向にある。


「欲しい! どこで手に入れたんだい!?」

「こいつは非公式のグッズだ。簡単には入手ルートは教えられないな。だが、僕らと君との仲だ。特別に教えてあげよう」

「ありがとう! マーカス、デンター!」

「へへ、こういうのが友情っていうんだな」


 照れくさそうにするマーカスとデンター。

 俺は黙って一部始終を眺めていた。


 ふーん、非公式グッズね。取り締まりを強化しないといけないかな。



 ◇



 学院を出るとその足で大通りを行く。

 時折、黄色い馬車とすれ違った。


「こんにちは。スターライト運送です」

「あら、もう届けてくれたの。早くて助かるわぁ」


 社員から荷物を受け取った飲食店を経営するマダムはご機嫌だ。

 黄色い制服の彼は去り際に爽やかに挨拶する。マダムは頬を赤らめ「また使わなくちゃ」と呟いていた。


 とある店のショーウィンドウには記録水晶が置かれ、広告塔のレイアが華麗なステップで踊っている。少年少女はそれをじっと見つめて「アイドルすげぇ」と人目も気にせず興味津々だ。


 すれ違った老紳士は「世が乱れておる。けしからん」とご不満の様子。


 俺は一際目を引く大きな建物。

 黄色い看板を掲げる『スターライト運送会社』へと入る。


「おはようございます。スターフィールド会長」


 受付にいる二人の女性社員に挨拶をされ手で応じた。

 最初はいちいち驚いていたが慣れるとなんとも思わなくなるものだ。


 スタッフ専用の階段を昇り、無数に並ぶドアの中から『会長室』を選び中へと入る。


「おお、今日も顔を出しに来たのか。お主ら地下の開発室で何をしておるのじゃ?」

「ちょっとな。それよりここは君の部屋じゃないぞ」

「妾がどこにいようが勝手であろう。ここはマスターの匂いもあって落ち着くんじゃ」

「あ、そう」


 ソファで寝転がるのは黒髪の和風美人。

 頭部からは二本の角が生えており身に纏う衣は和装である。


 彼女は希少種族『鬼人族』である。

 名は【キキョウ・タチバナ】。


 悪鬼羅刹と称される鬼人族の中でも異端の者だ。


 こんこん。ドアがノックされ返事をする。

 入室したのは社長のレイアだった。


「失礼いたします」

「わざわざ挨拶に来なくてもいいぞ」

「そうはまいりません。ウィル様は会長なのですから」


 俺は革張りのチェアーに腰を下ろしつつ、デスクの上でうとうとする猫を掴んで膝の上に下ろした。


 うーん、癒やされる。

 ここに何しに来てるって、そんなの決まっている。この子を撫でに来てるのだ。コピー開発も重要だけど日々のストレス緩和はもっと重要だからな。


「ところでレイアはもうアイドルはしないのか?」

「ウィル様が望まれるなら活動も再開いたしますが、現状のままでも十二分に収益は上がっておりますしグッズ販売もまだまだ伸びておりますので」

「まぁとは違ってライバルもいないしな。もうしばらくこのままでも問題はなさそうだけど・・・・・・次の準備はしておくべきだろう」

「かしこまりました」


 他の会社が真似しないとも限らないからな。

 むしろそう想定しておくのが妥当だ。


 スターライト運送を真似ることはできなくとも学びを得ることはできる。広告の重要性を理解した商人達がこのまま黙って同じ商売を続けるとは思えない。


「レイア。グッズ販売の方についてなんだが、どうも最近、非公式品が出回っているらしい。宣伝広報部で取り締まってくれないか」

「そちらについては私も把握しています。一部のファンが闇取引をしているらしく高額で売買しているとか。すでに取り引き場所は割り出せておりますので間もなく拿捕されるでしょう」


 非正規のグッズ生産を認めてしまうと旨味がなくなる。いずれ広まるとしても今はまだそれを許すときではない。公式であることは価値だ。一部の愚かな輩は排除する。


「それから一つお伝えしたいことが」


 レイアが書類をデスクに置いた。


「ウォード商会との業務提携がまとまりそうなのでご確認ください」

「初耳だな。まさか正体をばらしたのか?」

「いえ、以前より提携のお話はさせていただいていたのですが、前回の訪問でウチもパトロンだとお伝えしたところ、態度を変えられ快く応じてくださりました」

「間違ってはいないな」


 書類を受け取りながら会話をする。

 まぁ確認したところで経営判断は彼女がする。俺は相談役のようなものだ。こうしてたまに顔を出して猫を撫でながらうんうんと頷いているだけでいい。


 ソファで寝転がっていたキキョウがうーんうーん唸っている。


「のお、マスター。いつになれば大イベントとやらは起きるのじゃ。妾は暇でしかたがない。血がたぎるような刺激に飢えておるぞ」

「もう間もなくだ。暇ならお前も荷物を運べ」

「嫌なのじゃ。妾は戦いたいのじゃ」

「子供か」


 お前、社員に陰でなんて言われているか知っているか。

 無駄飯ぐらいの大きな猫だぞ? 一部では幸運を呼び込むと言われていて招き猫扱いされているんだからな? キキョウ、恥ずかしいよ俺は。


「失礼します。おや、ウィル様。来られていたのですね」


 入室してきたのは副社長のルークスであった。

 彼は恭しく頭を下げる。


「魔法陣の設置は順調のようだな」

「ええ、これでほぼ全域を網羅したといってもいいでしょう。我が社はもはや王国を手に入れたも同然です」


 眼鏡をかけた知性溢れる青年。

 希少種族『人狼族』の【ルークス・クローマン】である。


 そして、アニマル騎士団のウルフ。


 王国を手に入れたなんて大げさだな。

 確かに○川やク○ネコみたいに大企業になれるくらいのポテンシャルは秘めているけど。


 ボォン。ボン。ボン。

 花火の音が王都に響く。


 俺は窓際に立ち、大通りを覗く。


「蛮族の討伐に出ていた奉剣十二士のハロルド・キースが戻ったようですね」

「凱旋ってわけか」


 人々が詰めかける大通りを白馬に乗って行く美形の男がいた。

 その後方には巨大な台車に乗せられたワイバーンの死体が見世物のように運ばれている。


 王都に暮らす国民は憧れの英雄に歓声を投げていた。


 奴が帰還したとなればいよいよだ。

 俺の死亡イベ――運命の日が目の前に。


 この10年準備は怠らなかった。


 力を得て、仲間を得て、主人公とも距離を置いてきた。

 生存ルートはあるはず。回避するんだ。回避できなくとも切り抜ける。俺は主人公を庇わない。身代わりにならない。生き残るんだ。じじいになるまで生きるんだ。


「王都支部を壊滅させる。覚悟は良いな?」

「御身の導きのままに」


 俺の背後で配下が片膝を突いて頭を垂れた。

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