二十八話 もう一人の俺
例の一件が終わりを迎え学院に平和な時間が訪れていた。
ただ、未だ事件の実行犯は捕まっておらず、表向きには収束したものの学院上層ではなおも捜索が密かに行われていた。
「大盛りカレー一つ」
「あいよ」
食堂のおばちゃんから大盛りカレーを受け取る。
ここのカレーは絶品だ。食堂自体あまり利用しない俺だが週に一度のカレーが出る日だけは訪れていた。
さて、どこで食べようかな。
テーブルを探して食堂をうろつく。
カレー人気は貴族の間でもすさまじくどの席も人で一杯だ。
「こっちだ」
「兄上」
キアリスもちょうど食事に来たのだろう、まだ席が複数空いている場所で手を振っていた。
彼の隣に座ると正面と斜め前には、アルベルトとアクセルの姿があった。
「お邪魔します」
「たまには兄弟揃って食事も悪くないだろ」
「たまにはっていうか、五年ぶりですけどね」
ぎろっと睨まれ黙る。
スターフィールド家では長男と次男は優遇され、出来損ないの俺は一人きりで質素な飯を食わされていた。俺は前世から一人飯が普通だったので全く気にしていなかったのだが、兄上はそうではなかったらしく父上に何度も抗議していたそうだ。説教が長くなく厳しくなければ良い兄なのだが。
一足早く食事を終えたアルベルトが、カレーを食べるアクセルに声をかけた。
「ご家族が無事で何よりだったね。騒動の後は大変だっただろう」
「ああ、心配をかけたな。家族を救ってくれたアニマル騎士団が何者かは分からないが、少なからず感謝をしているところだ」
「ところで例の現場にはリッツ・トンプソンの遺体があったそうだね。先ほどの事件の指示役と言われていたが。なぜそんなところにいたのだろう」
「・・・・・・何が言いたい」
低く唸るようにアクセルは返事をした。
キアリスのアクセルを見つめる眼が細まる。
なるほど、俺を呼んだのは説得の意味も含めてか。兄上は人が悪い。
「アクセル様、左の袖から包帯が見えていますよ」
「!?」
アクセルは慌てて包帯を隠す。
光魔法で回復すればどうやっても人に傷口を見られる。
それは遅かれ早かれ確実に生徒会長の耳に入る。そうなれば彼には容疑がかかり、ほぼ確実に犯人と断定されるだろう。
在学中の汚名は将来に亘って残る。
エリート街道を歩むつもりなら真っ白な経歴が望ましいのは言うまでもないだろう。ましてや彼は将来を有望視された才能ある人物。隠したくなる気持ちはここにいる全員が理解している。
キアリスが食事の手を止める。
「事情は状況からおおよそ把握している。だが、あの方は待っているのだ。自ら堂々と名乗り出るのを。僕はこう思うのだ。どんなに惨めで無様でも堂々と己の信じた道を進むのが真の貴族なのだと。こうしろとは言わない。だが、自分が信じた正しさは曲げるな」
「キアリス・・・・・・そうだな。全く何してんだか、俺は」
アクセルは皿を掴みカレーを口の中へかき込んだ。
皿を置くと袖で涙を拭う。
「目を覚まさせてくれて感謝する友よ。妙な場面に付き合わせて申し訳なかったな弟君」
「いえ」
「生徒会長のもとへ行ってくる」
覚悟は決まったようだ。
アクセル・ウォードは立ち上がって食堂を出て行く。
「兄上は素晴らしい心構えをお持ちなのですね」
「何を言っている。全て貴様から得たものだ」
「俺?」
「子鹿のように足を震わせていようが、気にする素振りもなく堂々としている姿は、我が幼心に貴族とはこうあるべきだと刻みつけたのだ。変な弟だが実に面白い弟でもある」
兄上・・・・・・口の横に米粒が付いてますよ。
◇
翌日、学院内にとんでもないニュースが駆け巡った。
例の事件の実行犯がアクセル・ウォードであると判明したのだ。
学内新聞の記事では『自ら名乗り出た』と書かれていた。
学院上層は協議の結果、彼を三ヶ月の停学とした。
加えて復学の条件として、卒業まで聖剣の使用を禁じ、使用する魔法も最下級に限定されるとのこと。これを破れば即退学、だそうだ。彼の才能を惜しんだ末に下された決断だと言える。
学内の評価はおおむね二分している。
女子生徒を中心とした同情派と非モテ男子を中心とした反発派だ。
ただ、同情派が圧倒的多数なのでアクセルの復学は問題ないと言えるだろう。
「そっちのレバーを引いてくれるかしら」
「これだな」
「魔力を注入してください」
「了解」
俺はせわしなく室内を走る。
レバーを下ろし、バルブを緩め、昼食はまだかと時計を確認、今度はレバーを上げ、計器の針を調べ、バルブを閉める。専門家ではないのでやっていることの意味は俺には分からない。とにかく指示されたことだけをこなしていた。
台の上には無数のケーブルに繋がれたもう一人の俺がいる。
ケーブルはぱっかりと空いた胸の穴の奥にある、輝石の塊に接続されていた。
その周囲では、シフォンとリンが俺と似たような作業を繰り返していた。
そして、リンが「仕上げです」と赤いレバーを下ろす。
ケーブルを伝いボンベから魔力が一気に注がれる。
台の上の俺がぱちっと目を開いた。
「この景色、そうか、ついに成功したのか」
「め、目覚めの気分はどうですか」
「まだ変な感じだ。なんだ俺もいるのか」
「手伝いだ。しかし・・・・・・」
「「同じ人間が二人いると気持ち悪いな」」
俺と複製人格の声が重なる。
台の上で起き上がったコピー人形は、リンの指示に従いケーブルを抜いて行き、最終的に胸の穴をぴったりと閉じて完成した。
この数日間、リン、シフォン、俺は、通り魔事件の裏でコピー人形を作るべく徹夜を繰り返していた。
発端はハウライト戦で見た土人形である。
俺にそっくりな人形があれば現在の表と裏を頻繁に行き来する生活も落ち着くのではないかと考えたのだ。で、俺は自身の属性で人形を作ってはみたのだが、これがどうにも上手く行かず、ついには困り果てていた。
そこで最近加入した凄腕魔具師であるリンに相談したところ、『可能かもしれない』とのお返事をいただいたわけだ。
二人で始めたコピー人形作りだが、早々に暗礁に乗り上げることとなる。
魔具師だけでは知識も技術も機材も足りなかったのである。
急遽、プロジェクトに参加して貰ったのが同じく凄腕魔導工師のシフォンであった。彼女の参加によってプロジェクトは一気に進んだ。二人は持ちうる知識を総動員して骨格から外皮と可能な限り強化しながら俺そっくりの人形を作り出したのである。
たった数日でできたのは、過去に同様の試みをした魔法使い達の資料が、学院の図書館に所蔵されていたってのもある。人間そっくりなゴーレムの開発は魔法使いや錬金術師にとっての命題だからな。通ってて良かった学院図書館。
とにもかくにも俺達は歴史的発明を成し遂げたのである。
「出力はそこそこありそうだな。なぁ本体。俺はいつまで稼働してられる」
「今はセーフティーとして一週間分の魔力しか込めていないが、おいおいボディの改良や蓄魔力の増加とかしていく予定だ。俺の魔力が込められているから土魔法は使えると思うけど無駄遣いするなよ」
「星魔法は?」
「・・・・・・必要か?」
コピーは首を横に振る。
彼の役目は俺の代わりに学院に通うことだ。
ただ、経過観察も必要だし不調があれば改良も必要だ。
迫る死亡イベには間に合わないだろう。
つまり彼を身代わりにはできない。
もちろん間に合おうとそんなことをするつもりはさらさらないが。
彼は俺であり俺は彼だ。気持ちが理解できるからこそ押しつけることなんてできない。もし俺が死んでしまった時は俺の分まで生きて貰うつもりである。死ぬつもりなんて微塵もないけど。
「ねぇねぇリンちゃん、
「ひゃい!? それは、その」
「どうなのよ。あたしに言えないの?」
「ばれたら困るので、マスターに、作ってもらいました」
「へぇ、そうなんだ~。やっぱりオッキしちゃうのかしら?」
「おぎっ!? そ、そんなのしりません!」
顔を真っ赤にしたリンが研究室から飛び出す。
ニマニマするシフォンは完全にセクハラ親父だ。
「パンツ一枚だと寒いだろう。服だ」
「ありがとう。ただ、熱感は鈍いかな。触感はやや鈍い。視界は以前よりも良好。頭脳に輝石を使用しているおかげか反応は依然と同程度だ。出力に関してはこれから確認するつもりだ」
袖に腕を通しながらコピーは淡々と報告する。
が、ぷつんと電源が落ちたようにいきなり倒れた。
あれ? あれれ?
胸を開いたシフォンががさごそ内部のケーブルをかき分ける。
「ケーブルの一部が切れてる。接着が甘かったのかしら」
「まだまだかかりそうだな・・・・・・」
時刻はすでに夕方。
そろそろ寮に戻らないと寮長に怒られてしまう。
「俺は帰るから後は頼む」
「はーい、お疲れ様」
シフォンに挨拶をして部屋を出る。
煌々と明かりが灯った廊下、部屋の前には『開発室A』と記載された札が貼り付けられていた。
俺は廊下を真っ直ぐ進みいくつもの部屋の前を通り過ぎる。
部屋の中では黄色い制服を着た作業員が、転移魔法陣に現れる荷物を次から次へ台車へと移していた。
扉を開いて外に出ると、設置されたスピーカーから女性の声が垂れ流されていた。
『黄色の馬車が目印、スターライト、スターライト、貴方のお荷物どこまでも。運送配送お任せください。運送はやっぱりスターライト運送会社』
出てきた大きな建物の看板にはスターライト運送会社と書かれている。
さらに銀髪美少女が描かれたポスターが貼られ『あなたのハートをお運びします』と赤文字で書かれていた。
「スターライト運送たまんないね!」
「レイア様の曲買ったか同志よ」
「買った買った。聴く用と観賞用と予備とその予備を買ったでごわす」
はちまきを締めた三人組の横を通りながら俺は帰路についた。
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