二十七話 キアリスとの遭遇(3)
――王都から数キロ先にある工業区。
至る所で蒸気が噴出するこの地区は、かつて鍛冶師や細工師が集まるエリアであった。しかし、近年めざましく発展を遂げている魔導工学の影響により、工場が乱立し、それに伴い大量の労働者が工業区に流入した。
労働者が増えれば職にあぶれる者も出てくる。
職に就けなかった者達の一部は、工業区に住み着き薄暗い商売を始めた。
強盗、人さらい、密売、殺し、ありとあらゆる犯罪を一手に引き受ける犯罪ギルドの誕生である。犯罪ギルドの登場により王都の治安は悪化の一途を辿ることとなる。これを重く見た王国は掃討作戦を決行。しかし、逆に犯罪ギルドの結束を固め一つの巨大な犯罪ギルドを生み出す結果となってしまった。
ギルドの名は『タイラント』
構成員三千人を抱える王国最大の犯罪ギルドである。
「お疲れ様です。ボス」
「うるせぇ。黙って立ってろ」
入り口を抜けてリッツ・フリントは工業用倉庫の内部へ入る。
建物内部では四十代の男女と十四歳の少女が縄で拘束されていた。三人の周囲では頬に傷のある男達がカードゲームに興じていた。
「人質の様子はどうだ」
「ボスじゃないすか。ずいぶん早いお戻りで」
「質問されたことにだけ答えろ」
「手は出してませんよ。ご命令通り丁重に扱っております」
リッツはポケットに両手を入れたまま三人を見下ろす。
「予定が狂っちまった。アクセル・ウォードに騒ぎを起こさせ、それに乗じて俺がアデリーナ・アグニスをぶち犯してからぶち殺す計画だったのにな。いきなり黒幕である俺にたどり着くなんてどうなってんだ。アクセルには正体を伏せていたんだけどなぁ」
舌打ちをするリッツをアクセルの妹は怯えた表情で見つめていた。
彼女の名は『リリィ・ウォード』。来年、魔法学院への入学を控えたアクセルの最愛の妹である。
彼の立てた計画はこうだ。
部下を使って家族を人質に取りアクセル・ウォードに騒ぎを起こせる。騒ぎに乗じてアデリーナ・アグニスを背後から襲い殺害。その後は学院外に呼び出したアクセルを人質もろとも処分し証拠を隠滅。元の学生生活へ戻る算段であった。
リッツはハウライトを殺し得る者がいるとすれば、奉剣を除いてアデリーナしかいないと考えていた。
彼女の実力は学生の身でありながら、すでに奉剣十二士に並ぶと言われているほどだ。加えて人望も厚く正義感が強い。学内の実力のある有志を集め、独自の組織を設立していてもおかしくない人物であった。
そして、リッツはアデリーナをひどく嫌っていた。
ペリドットからの命令に快く従ったのは、始末するのに良い機会だと考えたからである。
「捜索の時点であの女を殺せるずだったんだ。なのにあのウィルとかいうガキがことごとく邪魔をしやがった」
がりっと親指の爪を噛む。
彼の脳裏に過るのは、まるでこちらの手の内を全て読んでいるかのようにアデリーナ・アグニスを誘導するウィル・スターフィールドの姿だった。
「まぁいいさ。時には失敗もある。ことある度に見下すあの女をぶち殺してやろうと考えていたが今は諦めるしかないな。あんた達には切り札になってもらうぜ。逃げるにも隠れるにも今しばらく王国の動きを封じないといけないからな。工業区で一番でけぇ工場を所有している金持ち貴族様なら命の価値もさぞ高いだろうなぁ」
彼こそ並み居る猛者共を下し頂点に立った現タイラントのボス。工業区の裏元締め。その実力を買われ、混沌ノ知恵の幹部にスカウトされたマイカであった。
リッツが笑うと男達もゲラゲラと笑い始めた。
恐怖に震えながらリリィは脳裏で兄に助けを求めていた。
ずん、ずずん。どぉおおん。
爆発音と悲鳴が響く。
倉庫の床がグラグラ揺れた。
倉庫のドアが開かれ血まみれの構成員が飛び込んできた。
「ほ、報告します! 侵入者です!」
「まだウチにたてつく奴らがいたのか。で、どこのギルドだ」
「それが、たった三人で」
「はぁ?」
ズギャァン。倉庫のドアがひしゃげ宙を飛ぶ。
差し込む目映い光を背にするのは一人の男だった。
黒いロングコートをたなびかせながら歩む男の顔には、般若の面が着けられていた。
「何者だ!」
「アース。アニマル騎士団の団長だ」
「アニマル。貴様が、」
「人質は返してもらう」
リリィは確かに見た。
目がくらむほどの輝きを帯びたその男を。
「殺せ! 敵だ!」
リッツの指示によって男どもがアースへ殺到した。
だが、刹那。紅の細剣を握った白銀髪の女性が、アースの横を駆け抜け全てを切り伏せた。
「遅くなって申し訳ありません。外のゴミを排除するのに手間取ってしまいました」
「むしろベストタイミングだった。あー、それからドラゴンにはほどほどにと注意しておけ」
「御意」
その場から消えたキャットは、次の瞬間には三人の人質を掴み、積み重ねられた木箱の上に立っていた。
「彼らを安全な場所へ移動させます」
「頼んだ」
こくりと頷いたキャットは、倉庫の天井の一部を剣で切断。
三人を抱えて姿を消した。
「貴様、俺の切り札を!」
「人質を使って国外に逃亡するつもりだったのだろう。残念だったな」
「殺してやる、アァアアアアアアス!!」
聖剣を抜いたリッツは
発生した火は八匹の大蛇となり身をくねらせながら猛スピードでアースへ突進した。
対するアースはバックステップで炎の大蛇を躱す。
(聖剣
全ての攻撃を躱したアースは、身体を横回転させながら鞘から銀河剣を引き抜いた。目にもとまらぬ速さでリッツに肉薄すると、その首めがけて一閃する。
「なんて速さ――」
剣を収めるとリッツの頭部が床でバウンドした。
◇
倉庫を出た俺は、散乱している死体を避けつつ工業用倉庫の敷地を抜ける。
今もなお悲鳴が響き破砕音や爆発が起きていた。
(ここのところ暴れさせてやれてなかったからなぁ。ストレス発散にはちょうど良かった)
もちろん暴れているのはドラゴンだ。
得たばかりの聖剣をこれでもかと試しているに違いない。
混沌ノ知恵の下部組織と化していた一番デカい犯罪ギルドも潰れたし、これで工業区を根城にしている他の犯罪ギルドもしばらくは大人しくなるだろう。
俺がリッツを放置していたのには訳がある。
一つ目はアクセル・ウォードに恩を売る為。
彼は非常に優れた魔法使いだ。いずれは国家の中枢で働く重要な役割を担うことになるだろう。そして、この先でテオドールを手助けする大切なポジションにもいる。俺の死亡イベ回避には直接関係はしないが、間接的でも縁を結んでおくべきだと考えた。
二つ目は彼の妹リリィをテオに近づけさせない為だ。
リリィ・ウォードはスターブレイブファンタジーにおけるヒロインの一人だ。妹キャラを使い姑息にもテオとセルシアの仲に割って入ろうとする邪魔な人物。まぁ、主人公が誰と結ばれるのかは自由なのだが、この世界では俺はウィル・スターフィールドだし? 推しカプを応援したいわけだし? 俺に選択権がないのならそう導いてやるしかない。
工業用倉庫エリアの出口へ向かうと、解放された人質とキャットが待っていた。
「無事に片付いたようですね。こちらは人質になっていた方々です」
「助けてくださり感謝します。私は陛下より伯爵の位を賜っているメイビン・ウォードと申します。ウォード商会の社長と言えば多少はご理解いただけるかと」
「アニマル騎士団の団長アースだ。よろしく」
メイビンと握手を交わす。
精悍なアクセルとは違いメイビンはこう、ぽっちゃりとしていた。
「こちらのキャット様よりお話を伺ったのですが、皆様は例の組織に対抗すべく結成されたとかで」
「知っているのか」
「ええ、噂にですが。なにぶんこのような場所で工場を営んでいる身ですので。危険な裏話も耳に入りまして。こう見えてもわたくし、この国の将来を憂う者の一人でございます。もしよければウォード商会でご支援させていただけないでしょうか」
え。支援?
ウォード商会ってこの国で五本の指に入る大企業だけど。
困ったな。いきなりすぎてすぐには返事ができそうにない。
パトロン募集とかしてなかったし。金に関しては実はそこまで困ってないんだよな。でも大企業のバックアップは捨てがたい。
「ウォード商会は部品製造だけでなく鉄道会社もやっておりまして」
「今後ともよろしく」
再び握手をする。
「アース様、助けていただき感謝いたします」
「ん、ああ」
リリィがキラキラとした眼で俺を見上げていた。
身長はセルシアより少し低いくらい。薄緑色の髪をポニーテールにしており快活な印象を与える。セルシアとは違う魅力を秘めた美少女だ。
俺は彼女の両肩に手を置く。
「テオドールという男には決して近づくな。いいな」
「その方はどのような方なのでしょうか」
「君とは決して結ばれない相手だ」
「結ばれない・・・・・・では、アース様は?」
「俺は問題ない」
「承知いたしました。その人には決して近づきません」
うんうん。これでいい。
ところでなんで俺の名が出たんだ?
どどどどど。複数の馬の足音が近づいていた。
「あれはレオン卿ではないか。騒ぎを聞きつけ駆けつけられたようだ」
レオン・アグニスが騎士を引き連れ馬で駆けていた。
俺とキャットは倉庫の方へ向かい、暴れているドラゴンを抱えると急ぎ離脱した。
「嫌じゃ、まだ帰らぬぞ! 妾はまだ暴れ足りぬ!」
うるさい。
暴れるなって。
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