二十六話 キアリスとの遭遇(2)
生徒会室で整列する二年生と三年生。
正面には腰に手を当てて、大きな胸を突き出すアデリーナ・アグニスがいた。
「愚かな襲撃者はこともあろうに我が学院の生徒に傷を付けた。あるまじきことだ。許しがたい愚行である。このまま見逃せば再び傷つく者が現れるやもしれん。故に我々の手で犯人を捕縛することとした」
「会長、一つよろしいでしょうか」
「副会長か。なんだ」
挙手をしたのはキアリスだった。
最後尾で様子を見ていた俺は内心で驚く。
あのキアリスが副会長だって?
ゲームでは取り巻きを引き連れて学内を荒らしていたのに。
俺が嫌われないよう必死こいてご機嫌を取り続けた影響だろうか。だが、キアリスが闘技場の件を知っていた理由も説明が付く。会長の側近なら把握していて当然だ。
うわぁ、会長に会いに行くと自然とキアリスと出会う確率が高くなるのか・・・・・・うわぁ。
今すぐ帰りたい気持ちが膨らむ。
「犯人はすでに学院を出ているのでは」
「それはない。実はこんなこともあろうかと判別結界の感知強度を最大まで引き上げておいたのだ。関係者どころか人が出入りするだけで反応する状態だ。騒ぎが起きてから一度も人の出入りがない、となれば犯人はまだ学院にいる」
「そうでしたか。浅慮な我が身をお許しください」
「かまわん。では指示通り包囲網を敷け」
三十五名の生徒会と風紀委員は会長に敬礼する。
全員がその場で反転すると生徒会室を飛び出した。
その中にはアルベルト・ハートマンとアクセル・ウォードの姿もあった。
二人は生徒会の書記と会計だ。
生徒会への在籍は後々の進路にも大きく響く。
この学院の生徒にとって生徒会は憧れであり喉から手が出るほど入りたい組織なのである。ちなみに俺は嫌っているし絶対入りたくない。
残された俺も部屋を出ようとマイペースに出口へと向かう。
「ウィル・スターフィールド」
「なんでしょうか」
会長に呼び止められ振り返った。
「貴様はどうする」
「とりあえず犯人のいそうな場所を探すつもりです。生徒会長はどうされるので?」
「貴様について行く」
「は?」
「貴様について行く」
なぜ二回言った。
「貴様はトラブルに見舞われる体質のようだからな。ついて行けば何かありそうだ」
「気のせいだと思いますよ。俺はごく平凡な学生ですから」
「普通の学生は通り魔に即反撃などしないものだが――」
「一緒に行かせてください。お願いします」
俺は生徒会長と共に出発した。
◇
捜索を三十分ほど行ったところで噴水のある広場に到着する。
花壇の横を通りながら俺はひたすら生徒会長の話を聞いていた。
「そういえば貴様にリンとの出会いを語らねばならんな。あれはファッションの沼に溺れ散財もやむを得ないと覚悟を決めていた日であった。買い物を終えたところでうっかり服を引っかけて破ってしまってな。狼狽えていたところに彼女が現れその場で繕ってくれたのだ」
「なるほど」
「それ以来リンとは度々顔を合わせ親交を深めていったのだ。なにせエルフの友人は初めてだったからな。あの小動物のような可愛さにときめきを覚えずにはいられなかった」
「へー」
「貴様、ちゃんと話を聞いているのか!」
いきなり胸ぐらを掴まれ怒鳴られる。
やべ、八割スルーで訊いていたのがバレた。
何の話をしてたんだっけ。
ん? あれは?
「生徒会長、あそこに何か」
「なんだと?」
花壇の後ろに黒い何かが落ちている。
二人で近づいて掴むと、それは黒いマントと剣であった。
「アデリーナ様、こちらにおられましたか」
正面からキアリスが現れる。
俺達の前で立ち止まると彼は驚いたような表情をした。
「弟と一緒でしたか。それは?」
「犯人のもののようだな。ウィル、貴様が目撃したものと相違ないか」
「ええ、間違いないです。ここに俺が付けた切り傷があります」
ちょうど左腕の辺りに斬られた痕があった。
今日の朝にここを通ったがこんな物は落ちていなかった。だとすると犯人が捨てた可能性が高い。
俺達の背後から男子生徒が一人やってくる。
「はぁはぁ、探しましたよ。会長」
「リッツか。それらしい人物は見つけたか?」
「だめですね」
人の良さそうな細目の男子生徒。
二年生で風紀委員のリッツ・フリントである。
あの野次馬の中にいた人物。
さらに遅れてアルベルトとアクセルが合流する。
「アルベルト。この間の人の出入りはあったか」
「確認した限りではありません」
「だとするとやはり内部の人間か・・・・・・キアリス。全員に今日は解散だと伝えろ。出直しだ」
「承知しました」
この日の捜索は中止となった。
◇
捜索メンバーが解散した後、俺とキアリスと会長は部屋に残っていた。
いや、俺は帰ろうとしたのだが会長が残れというのでしかたなく。一体俺に何を期待しているのやら。平凡な一年生なのだが。
「内部の人間の犯行とみて間違いないだろう。ならば次にやるべきは確実な捕縛だ。この者の動機がなんであれ看過し難い許されざる行いだ。次の犯行が行われる前に捕まえる必要がある」
「ですが防ぐにしても手がかりがなくては」
「マントと剣だけではどうにもならないか。おい、ウィル・スターフィールドよ。何か案はないのか。何のために貴様を呼んだと思っている」
「俺は探偵じゃありませんよ」
まぁ、すでにイベは発生しているから、この辺りで片付けても良いのかもしれないな。これ以上罪を重ねるとゲームと同じ道筋を辿ることになるし。面倒なことはさっさと終わらせて平穏な学生生活を満喫したい。
俺はデスクに置かれた学院の地図のとある場所を指さす。
「たぶん次の犯行場所はここです」
「なんだと!?」
「理由は? 根拠があって言っているのだろう?」
「これまで起きた事件はいずれも人気のない時間と場所を狙い撃ちしています。そして、そういった箇所を把握できるのは校内を巡回している風紀委員。これまで起きた二件のルートを巡回しているのは誰ですか?」
「キアリス!」
命令されたキアリスは棚を漁り書類を持ってきた。
風紀委員の巡回ルートが載っている資料なのだろう。アデリーナはぱぱらぱらと書類をめくり手を止めた。
「風紀委員リッツ・フリント。しかし、奴は報告にあった風使いではない」
「実行役と指示役、二人いたとしたら?」
「つまりリッツは指示役・・・・・・ここにリッツを呼べ。話が聞きたい」
「いいのですか。まだ犯人と決まったわけでは」
「話を聞くだけだ。どちらにしろ現状では手がかりがない。それにな、私もコイツはクロのように感じるのだ。時々私を舐めるように見ていたうさんくさい輩だからな」
それってただ単にむかついてるから締め上げたいだけじゃ。
相変わらず生徒会長は理不尽すぎる。なんでキアリスはこんな横暴の塊に従っているのだろうか。不思議だ。
「僕が何か?」
呼び出されたリッツは自身が疑われているとも知らず首をかしげている。
彼の前には、デスクの前で腕を組むアデリーナと秘書のように傍に立つキアリスがいた。
俺はというと後方の部屋の隅で傍観者とかしている。
基本的に部外者だしモブだから目立たずを心がけているのだ。
「単刀直入に訊こう。貴様が今回の件の指示役だな」
「!?」
「発生した二件の事件は貴様の巡回するルートに重なる。それからこれが一番不可解なのだが、貴様はなぜあの時”私の後方から来た”のだ?」
「それは」
そうそう、それもあったな。
リッツの捜索場所はキアリスの近くだった。だとするとキアリスと並んで来なくてはいけなかったのだ。なのに逆から来た。理由は明白だ。
アデリーナを狙っていたからだ。
「くそっ! こんなところでバレるなんて!」
「貴様!」
リッツは懐から丸い物体を取り出しその場で床にたたきつけた。
次の瞬間、室内で大量の煙幕が発生。
アデリーナもキアリスも視界が遮られ動けずにいた。
煙幕が消えると、リッツの姿はどこにもなかった。
「ただちにリッツ・フリントを発見した者は生徒会と風紀委員に報告せよと伝えろ!」
「はっ」
しばらくして緊急校内放送が流れた。
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