二十五話 キアリスとの遭遇(1)

 

「おい、なんだよそいつ、どうして剣を」

「怪我はないかデンター! ウィル、なんなんだそいつ!?」

「わからない。斬りかかるのが見えて無我夢中で剣を抜いたんだ。とにかく二人とも下がれ」


 デンターとマーカスを下がらせ、俺は敵とにらみ合う。


 敵は黒いサークルマントにフードを深くかぶっていて顔を確認することはできなかった。握る剣も聖剣ではなくどこにでもある鋼の剣だ。


「何者だ」

「・・・・・・・・・・・・」


 返事はない。

 あるはずもないか。


 声を発すればそれだけ正体がばれる確率が上がる。


 わざわざ危険を冒す必要はない。

 沈黙を保っていればいいだけなのだから。


 ギィィン。押し返すと敵は跳躍して下がる。


「セルシアさん攻撃魔法を! エアストーム!」

「わかったわ。アクアランス!」


 テオは渦を巻く暴風を。セルシアは水の槍を放った。

 二人の魔法は合わさり『混合魔法アクアストーム』へと変化する。


 敵は避けきれないと判断したのか、風の防御魔法で二人の攻撃魔法を防いだ。


「テオ、セルシア、ありがとう」

「!?」


 三人の魔法が消える瞬間を狙って一閃する。

 俺の剣は敵の左腕を僅かに切った。


「っつ!」


 声にならない声が敵の口から漏れた。

 そこからの判断は速かった。自身に速度上昇の補助魔法をかけると逃走を始める。俺達も逃すまいと背中を追いかけたが引き離され見失ってしまった。


「はぁはぁ、訓練の後だから、体力が残ってない、」

「そうでしたね、突然のことですっかり、忘れてました」


 テオとセルシアは玉のような汗を流し、ぜーはーぜーはーと肩で呼吸をする。

 タイミングも悪かった。激しく消耗した後で襲われるとは。


 俺は疲れたフリをしながら、先ほどの敵について思考を巡らせる。


「おーい」

「だいじょうぶかー」


 デンターとマーカスが追いかけてきた。

 しかし、無事で良かった。


 あそこで俺が割って入らなければ、デンターは利き腕を怪我して一ヶ月はまもとに剣を握れなくなるところだった。ゲームでデンターが泣いてる姿を知ってるから、つい反射的に動いてしまった。


「サンキューな。ウィル。お前が助けてくれなきゃ死んでたよ俺」

「今日は本調子じゃないと思っていたのだが。友人のためなら普段どころか、それ以上の力を発揮するんだな君は」


 ん? なんだって?

 聞き捨てならない発言に俺はマーカスへ尋ねる。


「俺がなんだって?」

「誤魔化すな。本当は体調が優れなかったんだろう? 君は日によってムラがあるからな。極端に力を発揮できない日もあれば、今みたいに普段以上の力を発揮するときもある。君を観察して出した評価なんだけどあながち外れてないだろ?」

「確かにウィルってよく体調崩すよな。安定してりゃあそこそこやれるんだろうけど波があるからなぁ。ま、だけどそういうのも含めてウィルだと思うぜ」


 そんな風に思われたのか・・・・・・。


 でも、これはこれでありじゃないか。むしろ好都合。

 今後はその方向で雑魚モブムーブを展開できるし。


 テオもセルシアも納得したように頷いていた。

 

 俺の話は終わり、話題は先ほどの敵へと戻る。


「何者だったのだろう。デンターを狙ったように見えたけど」

「思い出すと背筋に寒気が。マジ助かった」

「ふむ、現時点で無差別かデンターを狙った犯行かは不明だ。ただ一つ言えるのは、恐らくこれは内部の犯行だということだ」

「なぜそう言い切れるの?」


 マーカスの探偵めいた発言にセルシアが反応する。


「ウィンスタン魔法学院には常時『識別結界』が張られている。部外者が立ち入れば即座に管理室へ報告される仕組みになっているんだ。誰も駆けつけてこないということは内部の人間の可能性が高い」

「だとしても一刻も早くナダル先生に報告するべきじゃないかしら。もし無差別に学生を襲っているのだとしたら。こうしている間も誰かが狙われているかもしれない」

「そうだね。皆、職員室へ行こう」


 走り出したテオに俺達はついて行く。


 今日はもう動かないと思うけどな。

 犯人が俺の知る奴なら。



 ◇



「はい。お釣りね」

「ありがとう」


 売店のおばさんからお釣りを受け取る。

 三限目が終わったところで小腹が空いた為、おやつとしてパンを購入したのだ。


 購入したのは干したスライムを油で揚げて味付けしたスライムパン。

 味は薄いとんかつに似ていてそこそこ美味い。


「悪くはないけど、やっぱり本物のとんかつの方がいいかな。あむっ」


 食べながら教室へと戻る。


 デンターを襲った例の犯人だが、未だにそれらしい人物は捕まっていない。

 一応だが報告を受けた学院は、放課後はできる限り一人での行動は控えるよう全学年へ周知した。さらに再発防止として校内を巡回する教師と警備員の数を増やしたそうだ。


 学院の見解としては外部の犯行としているが、マーカスの言ったとおり高い確率で内部の犯行だろう。実際あそこは人気がなく襲撃にうってつけの場所だった。内部の人間でなければ分からなかったはずだ。


 ふと、進行方向から見知った顔が近づいているのに意識が向いた。


「あ」

「あ」


 廊下でキアリスとばったり出会ってしまった。


 慌ててパンを後ろに隠し一礼する。


「冬休み以来ですねキアリス兄上」

「とってつけたように挨拶をするな。ところで名家の子息らしからぬ行いをしていたように見えたのだが、我が弟にあってそんなことはないよな?」


 汗が止まらない。


 まずい。一番見られたくないところを見られてしまった。

 兄上は行儀作法に厳しいんだ。


「まさか。幻覚でも見られたのではないのですか。ご友人に無属性の幻覚魔法をかけられたとか。あは、あははは」

「僕の友人に幻覚魔法を使える者はいない」

「デスヨネー」


 キアリスの眉間に一つ皺ができる。


 兄上は三つ皺ができると本格的に怒り始める。

 三つ皺ができなくても突然怒る。


「しかし、聖剣を即時覚醒させたのは褒めておく。噂だがお前の名を耳にした」

「兄上にお褒めいただけるなんて天にも昇る気持ちです」

「まぁ、お前なら何かやるだろうとは思っていたが。父上もお喜びになっている。引き続き気を引き締め名家の息子としての自覚を持って学生生活を送れ」

「肝に銘じておきます。それでは――」


 くるんと背を向け逃げようとすると、首裏の襟をがっと掴まれた。


「まだ話は終わっていない」

「な、ななな、なんでしょうか」

「決闘の件だ。闘技場でクラスメイトと暴れたらしいではないか」

「ひぃ」


 バレてるー!!

 た、たすけて、数時間お説教される!!


「きゃあああああああああああっ!!?」


 校舎に女子生徒らしき悲鳴が響く。


「中庭のようです。我々も見に行きましょう。それがいいです!」

「しかたがない。説教は後日としよう」


 ひぇ、諦めてない。


 俺達は野次馬が集まる中庭へと赴く。

 そこでは女子生徒が肩から血を流して石畳で座り込んでいた。


「退いてくれ。生徒会だ。大丈夫か、君」

「傷は浅いので――ひぎぃっ!?」

「じっとしていろ。これで出血を抑えるんだ」


 キアリスはポケットからハンカチを取り出し女子生徒の肩へ押し当てた。

 彼女にハンカチを握らせると、すっと姫君のように抱き上げる。


 おお、さすが兄上。

 かっこいい。


「なにごとだ!」

「会長、来てくださったんですね」


 騒ぎを聞きつけ生徒会長のアデリーナが駆けつける。

 キアリスは軽く一礼した。


 女子生徒は抱きかかえられながら状況を説明する。


「突然、黒いマントをつけた人に襲われて。たぶん男性だったと思います。顔はフードをかぶっててよく見えませんでしたが」

「ふむ、例の襲撃者か。まさか白昼堂々と襲ってくるとはな。状況は理解した。キアリス、その子を医務室へ運んでやれ。傷が残ってはいかんからな」

「承知しました」


 俺は会話を聞きつつ、野次馬から静かに離れる人物を見逃さなかった。


「例の襲撃者がまだ近くにいる可能性は高い。全員ただちに教室へ戻り教師へ報告せよ。生徒会と風紀委員のメンバーは私のところに来るように。これから行うのは――犯人狩りだ!」


 生徒会長が堂々と言い放つ。

 巻き起こる会長コール。高笑いするアデリーナ。


 この人、この状況を楽しんでないか?


「おっと、貴様も犯人捜しに参加して貰うぞ」

「俺ですか?」

「我々は襲撃者の姿を知らない。先日の目撃者の一人である貴様が参加するのは当然だと思わないか? ん?」

「全く思いませんね。第一、俺は弱いので足手まといになりますよ」

「キアリス、貴様の弟を借りるぞ」

「どうぞ。使えない弟ですが」


 あにうえー!!

 なんでー!?


 俺はアデリーナに捕まってしまった。

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