二十三話 六人目の配下
レティシア王国王都から北東に【大星殿】と呼ばれる遺跡がある。
ここは元々EXダンジョンであった。
とは言っても出てくるのはたった一匹の魔物のみ。
いわゆるやりこみ要素として配置されたダンジョン。
倒すとご褒美に豪華な宮殿がもらえるというマイホーム作成的なクエストだ。
まぁそんなことは今はどうでもいい。
いつ見てもこの宮殿は素晴らしい。
「ふふ、ふふふ」
「マスターが笑っていらっしゃる――そんなにも期待されていると?」
広大で複雑な構造に豪華な装飾や調度品の数々。
だが、そんなものはこの謁見の間に比べると鼻くそだ。まるで本当の星々の海に浮いているかのような感覚。
星空を映し出した床に壁に天井。
唯一教えるのは玉座へと続く路のみ。
路には真っ赤な絨毯が敷かれ、ギリシャ風の柱が向かい合うように等間隔で置かれている。そして、頂点に立つ者だけが座れる古めかしくも威厳のある石の玉座。まるでファラオが座る玉座のようだ。見たことないけど。
ここを入手したのは『オムリス砦』を攻略した後だ。
どうしても会議のできる本拠点が欲しかった俺は、ここを思い出し急ぎ入手したのである。
ようやく憧れの拠点兼マイホームが手に入れられたというわけだ。
ちなみにボスは『アマルカヌン』というアンデッド系の魔物だった。コイツに関しては詳しい資料がなく、唯一設定資料に記載されていたのは種族名ではなく個人名である、とだけ。
星魔法を使ってくるので、もしかすると俺と同じように生前は星属性を手に入れた人物だったのかもしれない。
「マスター、全員揃ったようです」
「そうか」
眼前では配下の四人が横に一列に並んでいた。
俺の傍に控えるキャットが指示を求めて恭しく頭を垂れる。
「我らが抵抗組織に入りたいという人物がいるそうだな。誰の推薦だ」
「あたしです。マスター」
一歩前に出るのはバニーであった。
アニマル騎士団への加入は団員の推薦によって決まる。推薦された者は直接俺と面会し加入にふさわしいかどうか最終決定が下される。誰を推薦するのかは配下の自由だ。しかし、仲間と認めるかどうかは俺が決める。
なにせこっちは命がかかっているのだ。うっかり足手まといを入れてしまいその結果、死亡イベを回避できませんでしたなんてのはあってはいけない。モブに徹しているのも全て死なないためだ。
何のために苦労してモブになったと――。
あれ・・・・・・今の俺ってモブなのか?
思い返してみるとここのところ少し近づきすぎていやしないか。
三人でカフェとか仲の良いお友達ぽくないか。まさか世界の運命力(?)が俺を元の位置に戻そうとしているのか? 思い返してみればそうだ。アデリーナのお願いに二人が含まれているなんておかしいと思ったんだよ。
くそっ、油断していた。あまりに居心地がいいから違和感に気づけなかった。
これが終わったら早急にテオに失望されなければ。元のモブに戻らないと死ぬ。
「マスター?」
「あ、ああ、すまない。で、推薦理由は?」
「凄腕の魔具師なのと、あいつらに強い恨みを抱いているからかしら。ただ、後方支援じゃなくできれば前線で戦いたいって希望みたい」
「直接奴らとやり合いたいと・・・・・・そのものを連れてこい」
「はーい」
バニーは列から外れ、入り口の方へと走って行く。
しばらくして彼女は小さな少女を連れてきた。
「お目通り感謝いたします。あたしはリン・ハリア。王都の商業区で魔道具店を営んでいる魔具師でございます」
「俺の名は【アース】だ。単刀直入に訊こう。魔具師ごときが前線でどう戦う」
「ごときと仰いましたね。ならばこれをご覧あれ!」
リンは懐から
「装着!」
甲冑の背中の部分が開きリンはいそいそと乗り込む。
背部の蓋が閉じると甲冑は動き出し分厚く重そうな大剣を抜いた。
おおおおおっ! なんだそれ!
カッコイイいいい!!
「この鎧があれば魔具師でも前線で戦えます。決して足手まといにはなりません。いざとなったら自害の覚悟もございます。どうかあたしに復讐の機会をお与えください」
甲冑から出てきたリンは両膝を床に突き頭を垂れた。
「ごときと言ったのを訂正しよう。もう一つ訊かせてもらいたい。お前の復讐とは何だ」
「はい。まずはこれを」
リンは前髪に隠れた異形と化した右目を見せた。
さらに左腕の袖もめくり挙げる。
左腕は赤黒く変色し小さな触手がうねうねと腕から出ていた。
「あたしは奴らに攫われ人体実験を受けました」
「・・・・・・」
「運良く自我を失わず人の姿を残せたものの右目と左腕は不完全なまま。たいした力もなく処分されそうだったあたしを、同じ失敗作だった友達が助けてくれました」
リンの目から涙がこぼれる。
「あたしの故郷は奴らに滅ぼされもうありません。家も家族も友人も失いました。いつか復讐を果たす。その一念だけで今日まで生きてきました。けれどあたし一人では届かない。叶わない。望むなら全てを捧げてもいい。このリン・ハリアにお力をお貸しください! 貴方があたしの救いであり希望なんです!」
俺は玉座から立ち上がった。
階段を降り、リンの前で片膝を突く。
「腕を出せ」
「え、あの」
うん。これならまだ戻せる。
さすがに侵食度が五十パーセントを超えたら難しかっただろうけど。
「輝石よ」
コートの内側から無数の輝く石が飛び出す。
輝石はリンの周囲に集まり一列の輪となった。
「バニー」
「光魔法ね」
バニーから浄化の光が発せられる。
光は輝石によって強化され、増幅され、昇華される。
星属性の特性を利用した超浄化魔法だ。
赤黒かった腕は色が戻り形も元の細く白い腕へと変わった。
右目も元通りだ。
「うそ、どうやって? どんな光魔法でも戻らなかったのに」
「全てを捧げても良いと言ったな。ならば捧げて貰う。奴らをこの世界から根こそぎ消し去るために、お前の力を使わせて貰う」
俺は仮面を外す。
その下の素顔を晒してやるとリンは目を大きく見開いた。
「ああああああああああああああああ!!」
「また会ったな。魔道具屋の店主」
「ななな、なんで。シフォン様!? これは一体!?」
バニーがかぶり物を外し素顔を晒す。
その下からは魔法工学教諭のシフォン先生が現れた。
「ごめんなさいね。あたしも店に来られるなんて把握してなかったのよ。だけどちょうど良かったじゃない。お互いに顔見せもできたし」
「シフォン。推薦した本当の理由は?」
「彼女、あたしを護ってくれていた騎士の妹なのよ。腕を見込んで誘ったのは本当よ。リンちゃんなら上手くやっていける気がしたから」
バニー――もといシフォン・アルビーはかつて王女であった。
エルフの国の第三王女。だが、その国はすでにない。
「騎士団への加入を許可しよう。リン・ハリア。六人目の配下としての席を与えよう」
「か、感謝いたします。アース様」
さて、仮称はどうするべきかな。
今までは配下が勝手に選んでかぶってたかぶり物から適当に付けてただけなんだけど。こうなると俺が決めなくちゃいけないのだろうか。
小柄だし鼠とか?
「リンちゃん、これ用意しておいたから」
「ひゃい!?」
突然声をかけられリンはビクッと飛び上がる。
シフォンから受け取ったのは鳥の・・・・・・正確には鶏のかぶり物だった。
チキン。いや、バードかな。
「あなたはこれから『バード』って名乗るのよ。身バレ防止の為だから」
「承知しました。シフォン様は当然ながら、これからはアース様にも深い忠誠を誓います」
鶏のかぶり物をかぶったバードはふんっ、と決意を固める。
凄腕魔具師との縁だけでなく彼女そのものを得られたのは僥倖だ。これで組織の装備面も充実するだろう。もちろん表の顔でも。
そうそう、忘れるところだった。
俺は星属性で拳大の輝石を創り出す。
それをリンの手の上にのせた。
「ええっ!? あの謎の鉱石!?」
「鎧が完成したら教えてくれ。稼働しているところを見たいんだ。それからあの魔道具屋は閉じない方が良い。ウチは最強の抵抗組織だが給与は出していないんだ」
彼女の肩をポンと叩くとにっこり微笑む。
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