二十二話 生徒会長の依頼その1(4)

 

 店の裏側にあるスクラップ置き場。

 そこで俺は鉄でできた人形と対峙していた。


「貴方の仕事は人形に倒されないことです。できるかぎり引き延ばして沢山のデータを収集してください。アデリーナさんからは腕が立つと訊いています。あたしに期待はずれだったなどと言われないようせいぜい頑張ってください」

「その前に。あの二人は?」

「テオドールさんは王都の外周を馬で走って貰っています。セルシアさんはあたしの代わりに店番をして貰っています」


 店番って。公爵令嬢になんてことを頼んでいるんだ。

 彼女も彼女だ。依頼は達成したんだからわざわざ残って仕事を引き受ける必要なんてないのに。物好きというか。人が良いというか。


 だがしかし、だからこそ彼女はテオの隣にふさわしいのだ。


 不意に視線を感じて周囲をキョロキョロする。

 すぐにまとわりつく違和感はなくなり首をかしげた。


 うーん、気のせいか。

 最近人の眼を気にしすぎているのかもな。


「準備はいいですか。世紀の美少女エルフが作りだした傑作。その身でとくと味わうがいい。死ねぇええええ!」


 鉄の人形は地面をえぐれるほどの踏み込みで飛び出す。

 無骨な見た目とは裏腹に、制動性能はかなりの良いのか肉薄するとほぼ同時に右手に握る剣で切り下ろす。


 殺してどうする。実験データをとらなきゃいけないんだろ。

 それはそうと存外に動きが速い。これが蓄魔石から輝石に交換した影響か。単純に出力が上がっているだけでなく操作性も向上しているように思える。もしかして頭脳的な処理も胸の石で行っていたとかか?


 振り下ろされた剣をいなし、バックステップで距離をとる。

 だが、瞬時に距離を詰められ再び切り結んだ。


「剣を扱った経験はあるみたいだな。エルフは普通、魔法と弓を得意とするものだろ」

「ひぃ、さりげなく個人情報を得ようとしてませんか? キモいです」

「・・・・・・帰ってもいいのだが?」

「幼い頃に姉から剣を教わった、それだけです」


 何合重ねたかすでに判然としない。


 確かに速いし剣圧も強いがそれだけだ。端々に素人臭さがあって攻め時を読み切れていないようであった。それに単調だ。リズムはできているけどそれを自ら崩せない。せっかく有り余るほどパワーがあるんだから、武器破壊できるほどの重く太い剣を使えば良いのに。もったいない。


「ふふん、あたしの人形に手も足も出ないようですね」

「え、攻撃していいの?」

「できるものなら――」


 人形の剣をはじき返し、操作をするリンの元へ駆ける。

 彼女があたあたしている間に背後に回り込み首へ刃を当てた。


「操作中の無防備はどうにかした方がいいな」

「ひ、ひひひ、卑怯ですよ。ずるい。地味な顔して」


 彼女から離れると剣を鞘に収める。


「充分データはとれただろう。あと地味は褒め言葉だからな」

「このヒューマン頭おかしい」

「依頼は果たした。報酬を貰ったら帰らせて貰う」


 店の方へ戻ると、店内の方が騒がしいのに気がつく。

 作業場を抜けセルシアがいるだろう表に出ると、狭い店内は人でごった返していた。


「なんだこれ」

「あ、ウィル君。悪いのだけれど手伝ってくれる? 会計の手が足りなくて」

「分かった。とりあえずさばいていけばいいんだな」


 よくよく見ると客のほとんどは男であった。

 しかも近くの店の店員や店主のようで、鼻の下を伸ばしてセルシアに見とれてた。


 さすが公爵令嬢、恐るべき人寄せオーラ!





「お疲れ様。あんなに来るなんて驚いたわ」

「初めての割に様になっていたよ」


 商品のほとんどが売れ、リンは表のプレートをクローズに変えて戻ってきた。

 気味が悪いくらいニコニコしており笑いが止まらないと言った様子だ。俺達が帰った後は気持ちよくお金を数えるのだろう。


「セルシアさんは追加で報酬を出しますね。本当に助かりました」

「私はたいしたことは。リンさんの作った魔道具が素晴らしかっただけです。ですけど上乗せしていただけるならぜひお言葉に甘えさせていただきます」


 リンはセルシアに報酬として靴と銀貨数枚を渡した。

 可愛らしいデザインの靴にセルシアはきょとんとした。


「これは?」

「浮遊靴です」

「ですけど大きさが」

「ああ」


 そうだ。セルシアが履いていた浮遊靴はバスケシューズ並みに大きくて重い。

 なのに出された靴はずいぶんと小さく薄い。


 リンは「あれは試作品です。こっちが完成品」と俺には絶対見せない笑顔でセルシアに靴を受け取らせた。


「そうだったんですね。ありがとうございます。実はこの数日で浮遊靴の便利さに慣れすぎてしまって別れを寂しく感じていたんです」

「そう言ってもらえると魔具師冥利に尽きます。えへへ」


 カラン、とドアが開けられテオが戻ってくる。

 彼は疲れた足取りでやってきてカウンターに突っ伏した。


 ただ外周を走るだけとはいえ王都は相当に広い。

 おまけに何時間も馬に乗り続ければお尻も痛くなるし騎乗だって体力は使う。彼の仕事は実は俺よりハードだったかもしれない。ご愁傷様。


 リンはテオに報酬として馬をあげることにしたようだ。

 やはりこちらも試作品だったらしくすでに完成のめどはついているとのこと。


 餌と水を不要とし、蓄魔力が保つ限り走り続けることができる金属の馬は、主人公である彼にとって最高の移動手段であった。


「ウィル・スターフィールド。貴方にはこれ」

「ん? なんだこれ?」


 渡されたのは小さな袋だった。


 非常に軽く何かが入っている感じはしない。

 口を開いて覗いてみると真っ暗で底が見えなかった。

 

 もしかしてこれ。魔法袋マジックストレージか?


 腕の良い魔具師にしか作れないアイテム。いわゆるマジックボックス。

 サイズからして容量は小さいと思われる。だが、重量は気にしなくていいしリュック二、三個分の大きさの荷物が入るならかなり便利だ。変装の衣装を入れておくには最適。


「本当にこんな貴重な品を貰っていいのか」

「アデリーナさんからは働きに応じて報酬を払ってほしいと言われていました。あたしはそれを『使えない人』と受け取りましたがどうやら違っていたみたいですね。顔も何もかもぱっとしなくて地味ですけど優秀な実験動物でした。もう会うことはないかもしれませんがいつかまたどこかで会えるといいですね」


 セルシアが「どこかに行かれるのですか?」と質問をした。


「長らく果たせなかった夢を果たせそうなんです。せっかく知り合えた三人やアデリーナさんには悪いのですが近く店をたたむつもりです」

「そうなんだ・・・・・・でも、夢なら仕方ないね。叶うといいね。応援してるよ」

「ありがとうございます。またどこかで」


 俺達はリンに別れを告げ店を後にした。



 ◇



 学院への帰り道。

 三人で大通りを歩いていると視界に見知った顔があった。


 俺は足を止めるとテオとセルシアの背中へ声をかけた。


「先に戻っててもらえるか。用事を思い出したんだ」

「それはかまわないけど一人で大丈夫?」

「手伝えることがあるなら私達で協力しますよ」

「いやいや、君達に来て貰うほどたいした用事じゃないんだ。本当に。後で必ず馬の置き場所や靴の使い方について相談に乗るから。夕方までには戻るから。じゃ」


 二人を置いて素早く離脱。

 人混みに紛れながら路地へと入った。


 薄暗い路地では一人の少女が待っていた。


「ご足労申し訳ありません。マスター」

「今はウィルでいい。それで用は何だ?」


 白銀の髪に紅の瞳。透き通るような白い肌とよく似合う黒のワンピース。

 音すら凍り付くような人外の美しさを有した少女が、暗闇からすっと姿を現した。


 なんかむすっとしてないか?


「一つお聞きしたいのですが、ウィル様とあの娘とはどのようなご関係で?」

「関係? 関係か。訊く必要あるか?」

「ございます。非常に、ひじょーに重要なことです」

「そうか。強いて言うなら弟子かな」

「弟子、ですか?」


 友人とは違うんだよな。やっぱり弟子かな。

 それに推しだ。俺は常日頃テオと彼女が結ばれるよう祈っているのだ。


 機嫌が直ったのかレイアの表情は柔らかくなる。


「承知しました。それでなのですが・・・・・・騎士団に入りたいと希望する者がおりまして。その者と面会をしていただけることは可能でしょうか」


 ――入団希望者?

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