二十一話 ハロルド・キース
ロウソクの灯が灯る部屋の中で男達が顔をそろえる。
前回の会議とは異なり空席が二つとなっていた。
「マラカイトに続きハウライトまでもが敵に殺されてしまった。本部上層部は今回の件でお怒りだ。我々で解決できないと判断されれば解任からの降格もあり得る」
「降格だと!? 組織の援助があったからこそ私は上級騎士という現在の地位に昇ることができたのだ! なくなれば私や家族はどうなる!? どうにかできないのか!」
ペリドットの言葉に反応したのは、上級騎士のアラゴナイトだった。
「黙れよアラゴナイト。殺処分されないだけましだろ。構成員五百人を投入、十体の
「貴様こそ黙れ! そもそもなぜつい最近までおしめを着けていたようなガキがこの席にいるのだ! 本部は何を考えている!」
「そりゃあ俺が強いからだろ。混沌ノ知恵は実力主義。ガキだろうが年寄りだろうが強ければ上に立てる。そういえばあんたとはやり合ったことがないが、その分だと案外弱そうだな」
「図に乗るな!!」
剣を抜くアラゴナイト。
対するマイカも跳躍してテーブルの上に載ると腰の剣を抜いた。
オブシディアンは、緊張した面持ちで沈黙していた。
「ハウライトは無駄死にではない。少なくとも彼は我々に敵を教えてくれた」
「敵の正体が判明したのか!?」
「まじか」
「少しは頭が冷えたかね?」
二人は席に戻り腰を下ろした。
頃合いを見計らってペリドットが話を再開した。
「これはオブシディアンと僅かな生き残りから得た情報だ。敵は自らを【アニマル騎士団】と称しているらしい」
「奉剣では、ない? 以前よりやり方が奉剣とは違いすぎると話が出ていたが、事前の予測通り敵はこれまでとは違う未知の組織。どこから現れた。何者なのだ」
「詳細はその一人と戦ったオブシディアンに訊くとしよう」
四人の視線がオブシディアンに集まる。
オブシディアンは背筋を伸ばした状態で玉のような汗を流していた。
「戦っていない。正直、逃げるので精一杯だった。邪魔をしたのは猫のかぶり物をした黒いロングコートの女だった。あの女の魔力は底知れない。言葉通り底が見えないんだ。気がつけば戦う前に俺の心は折られていた」
彼の手は震えていた。
長年、王都の上位冒険者として活躍し続けてきた彼が、心の底から恐怖したのだ。
時間の経過と共にその恐れはじわじわと彼をむしばんでいた。とんでもない相手と敵対してしまったのではないか。あれが複数いるとしたら。自分達は何か大きな勘違いをしているのでは。そんな思いが彼を苦しめていた。
彼の様子にマイカは薄ら笑いを浮かべた。
「なんだよびびってんのか。冒険者ってのも案外たいしたことねぇな。つーかアニマル騎士団って何だよ。クソダサくねぇか。名前を付けた奴センスねーな」
「名前を馬鹿にするな!」
ばんっ、オブシディアンはテーブルに両手を突いて立ち上がった。
突然の彼の急変に一同は黙った。
「あ、いや、すまない」
「お、おう・・・・・・」
彼は再び腰を下ろす。
「詳細と言うことだが、テオドールという少年を拠点に運んだ後はハウライトの指示があるまで遠くで待機していた。実際にどんな戦闘が行われたのかは確認していない。ただ、俺は確かに見た。虹色の光を」
彼の脳裏に蘇るのは夜空を照らす虹色の閃光であった。
巨大な魔力の余波が押し寄せ彼は震え上がった。
”あそこに出会ってはいけない化け物がいる”
彼の長年培われた危険察知能力がMAXで警報を鳴らしたのだ。
そして、全てが終わった後に彼はアレを目撃した。
地平線まで続くえぐれた大地。
決して人の所業ではない。人を超えた何かの爪痕。
「我々は勝てない。あれは人を超えた獣どもだ」
両手で顔を隠すようにオブシディアンは吐露した。
三名は顔を見合わせ苦笑する。
「君は少しの間休みたまえ。実は例の戦いの生き残りを一名呼んでいる。負傷していたところをオブシディアンに拾われ一命を取り留めた者だ。彼ならより敵の詳細を語れるだろう。入れ」
「失礼いたします」
入室したのは頭部に包帯を巻いた男であった。
そのほかにも至る所に負傷した痕が残っていた。
男はペリドットのテーブルを挟んだ前に立ち、全員に一礼した。
「アニマル騎士団について教えたまえ」
「はっ、拠点に現れた敵は六人。それぞれ正体を隠すためかかぶり物をしておりました。名称もキャット、シープ、ウルフ、ドラゴン、バニーと仮称で隠しているようでした」
「六人目の名は?」
「妙な仮面を付けているところまでは把握できたのですが、それ以上はいずれの口からも発せられることがなく。申し訳ありません」
「許そう。で、君は敵をどのように感じた?」
ここにきて男は押し黙る。
その目はひどく泳ぎ誰の目からも彼の恐れを感じとった。
「率直に申し上げますと、人外です。五百人がたった二人になぶり殺されました」
「君は生きている。四百九十九人ではないかね?」
「ご冗談を。以前の自分はあの瞬間あの場で死にました。ここにいるのは亡霊のようなものです。オブシディアン様に助けていただかなければこの場にはおりませんでした」
男はオブシディアンに感謝の意を込めて礼をする。
謝意を受けたオブシディアンは「それくらいしかできなかったからな」と不安と悲しさを吐き出すようにため息を吐いた。
ペリドットは男に「下がれ」と指示を出し三名との会話に戻る。
「以上だ。敵であるアニマル騎士団はたった六人で今なお我々を脅かしている」
「六人だと? ばかな。本当の話なのか? 虚偽ではなく?」
「実は奉剣でしたってオチはないのか。どうなんだペリドット」
「そんな報告は受けていないな。
部屋に沈黙が広がる。
彼が奉剣十二士であることはこの場にいる者なら知っていて当然であった。その彼が敵は奉剣ではないと断言した以上アニマル騎士団は未知の敵と認めるしかなかった。そして、彼らは次の対応に迫られていた。
「アニマル騎士団の排除は急務だ。しかし、正体が分からなければ対処のしようがない。そこで君達にはそれぞれの所属先で怪しい者達をあぶり出して貰いたい。もしくは彼らに繋がりそうな者をだ。学院、軍、ギルド、王国にいるのなら必ずどこかに足跡を残しているはずだ」
「ペリドット殿はどのように動かれるおつもりで?」
「私は王宮と奉剣に探りを入れてみるとしよう。それからもう間もなく王都に帰還する予定だ。派手なパレードが執り行われるらしいのですぐに分かるだろう。私が戻れば状況は変わる。諸君らには苦労をかけるがもうしばらく耐えて貰いたい」
三人は姿勢を正しペリドットに一礼する。
小さく頷いた彼の姿は僅かにブレその場から消え失せた。
◆
通信装置のスイッチを切ったハロルド・キースは、テーブルに置いていたグラスを手に取り琥珀色の酒を一口含む。
「なんとも悩ましいな。重要な作戦を前にこうも戦力を削られてしまうとは。まさかとは思うが奴ら知っているのか。これから行う計画を。しかし、事前に教えたのはハウライトだけだ。なんとも不可解。何者なのだアニマル騎士団とは」
「キース様、ご報告があります」
テントの入り口に一人の兵が訪れ中のキースへ声をかけた。
キースは「入れ」とのみ応えグラスを横に置く。
「失礼いたします。指示通り大部分の掃討が完了いたしました」
「そうか。では行こう」
腰を上げた彼は兵士を連れてテントを出る。
その先に広がっていたのは大量の死体と血の海であった。
「ぎゃあああああ!?」
「あなた、あなたぁああああああっ!」
兵士が平民の男を斬り殺す。
夫を目の前で殺された妻は悲鳴をあげた。
夜の満ちる村では死体が散乱し、逃げ惑う子供や女を兵士が追いかけては捕まえていた。
キースは感情のない瞳でその光景を眺める。
「住人のほぼ八割を片付けました」
「残り二割はなにゆえ生かしている。私は全員を殺せと命じたはずだ」
「それについてはもう少しだけ猶予をいただきたく」
「・・・・・・そういうことか。終わった後はきちんと処分しろ」
「承知いたしました」
王国領土内で敵対する蛮族討伐を命令されたキースは1000の軍を率いて北上する。
到着した彼らはただちにこれを排除。同時に命令されていた魔物の討伐もすでに完了しており間もなく彼らは王都へ帰還する予定であった。
「どうか、どうかお助けを! せめてこの子だけでも!」
「ママァァアア! 嫌だよ! 怖いよ!」
包囲網を突破し子供を抱えた女性がキースにすがりついた。
薄汚れた服に土がこびりつき荒れた手の痩せ細った女性、抱える少女も穴の空いた服を着ており裕福な生活でないのは一目瞭然であった。
キースはほんの一瞬、顔を歪ませた。
「弱者が汚い手で触れるな」
抜かれた聖剣によって女性の頭部がとんだ。
鮮血が飛び散り、少女は狂気的に泣き叫んだ。
彼の剣は容赦なく少女も貫く。
「死体は回収していつものところに運んでおけ」
「はっ」
マントを翻しきびすを返したキースの顔は愉悦に歪んでいた。
彼にとって殺しこそが最高の娯楽。混沌ノ知恵に入ったのもたいした理由はない。ただ殺せるから。彼は組織が掲げる世界の再創造――に到達するまでの過程が目的であった。
北の大地に蛮族などいない。
いるのは平凡な民だけである。
北に敵対する蛮族がいると噂を流したのは彼であった。
噂を耳にした王は王命を持って、奉剣十二士であり将軍であるハロルド・キースにこれを排除するよう命じた。キースは快く承諾し、欲していた血と悲鳴と絶望の殺戮を称賛と共に得たのである。
「アニマル騎士団。お前達に未来はない。せいぜい今を楽しんでおけ」
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