十八話 生徒会長の依頼その1(1)
修練場を使った戦技の授業。
特訓を終えた翌日からセルシアは見違えるように強くなった。
「でぇい!」
「遅い。もっと鍛えなさい」
女子生徒の唐竹割りを当たる寸前で躱し一撃を入れる。
以前とはキレも速さも違う。攻撃に即対応し、機微を読み取り出鼻をくじく。タイミングを読めずもたついていた彼女はどこにもいない。
誰もが評価を覆した。
「すごいな。全然動きが違う。この一週間になにがあったんだろう」
「セルシアちゃん可愛いよな。スタイルも良いし。公爵令嬢じゃなければ婚姻の申し込みをしたんだけどさ」
「そうだな」
壁際でテオとデンターと俺の三人で試合の様子を眺めていた。
というか男子組は揃ってセルシアに見とれていた。
俺はどっちかっていうと成果を確認しているだけだが。
勝利したセルシアはこちらに気がつきにっこり微笑む。
さらに小さく手を振ってきた。
するとデンターが鼻息荒く興奮し始めた。
「見たかテオ! 俺に手を振ってきたぞ!」
「興奮しすぎだって。男子全員にしたかもしれないじゃないか」
「いいや。俺だね。目が合ったから間違いない」
アホか。それだけ目立っていれば目くらい合うだろう。
彼女はテオに振ったんだよ。俺の予想だとこの時点で彼女の中にはテオへの好意が芽生えているはずだ。公式は明言しなかったけど俺だけは気づいていた。
え? 俺?
ないない。平凡フェイスに口だけの弱い男だぞ。
散々魔物の前に放り出した最低な野郎だ。彼女は優しいから表面上はいつも通り応じているけどその実、胸の内では嫌悪感が渦巻いているに違いない。
「次、テオドール」
「はい」
銀霊剣を持ったテオが舞台に上がる。
対戦相手はアーシュだった。
「ボコボコにしてやるよ。平民」
「僕もこの一週間は己を鍛える日々だったよ。ある人のおかげでより強くなれた。だがまだ足りない。僕はもっと強くなりたい。君には悪いけど付き合って貰うよ」
「強くなるのは俺だ。てめぇは食われて肥やしになるんだよ」
担当教諭によって開始が告げられる。
聖剣がぶつかり金属音と火花が散る。
アーシュは火の攻撃魔法を派手に撃ちつつ直接攻撃も織り交ぜる。舞台を覆う結界がなければこちらに被害が出ていただろう。
「やっとあの日の決着をつけられそうだぜ。邪魔さえ入らなければ勝つのは俺だ」
「本当にそうかな?」
テオはアーシュの剣を捌くと、瞬時に後ろ回し蹴りを繰り出し鳩尾にめり込ませる。
蹴り飛ばされたアーシュはそのまま修練場の壁へと背中から激突した。
「くそっ、てめ」
「僕は半分も力を出していない。それでもまだやるかい?」
舞台上から見下ろすテオドール。
アーシュは気圧され「俺の、負けだ」と敗北を認めた。
雰囲気が変わったな。以前にはなかった凄みがある。
剣技も洗練されて剣圧が上がったように思う。
思い当たるのは・・・・・・レオンか。
「なんだよ今の! 平民にしておくには惜しすぎる男だぜ!」
「テンションが上がってガラにもないことを口走ってしまった。できればさっきの試合での発言は訊かなかったことにしてもらえると嬉しいかな」
「これだから天才は!」
「またそれ? そんなことないから」
戻ってきたテオはデンターとマーカスに大絶賛されていた。
他の男子生徒も駆け寄り彼を囲んでいた。
遠巻きに見学していた女子は彼の活躍に胸をときめかせているようであった。
うんうん、さすが主人公だ。
この調子でどんどん強くなって貰いたい。
親友にはなれないけど、ずっと陰ながら応援しているからな!
「次、スターフィールド」
「はい」
呼ばれたので舞台へと上がる。
対戦相手は見覚えのある奴だった。
「ウィル・スターフィールド。今度こそちゃんと戦って貰うぞ」
「先生、今日は調子が良くないようです。持病の貧血がひどくて」
「う、うむ。そうか。対戦は次回にして休んでいろ」
「ええっ!?」
今回はやる気が出ないのでスルーすることにした。
闘志をむき出しにした相手とやるのは面倒だ。第一戦って勝っても何の得もない。あ、ぼこぼこにされて負けるのはありだったか。テオからの印象もさらに悪くなるだろうし。
「やっぱりやります」
「うわぁぁあああああああああん!」
「あ」
少し遅かった。
すでに対戦相手は泣きながら走り去っていた。
◇
俺は不安を抱えながら廊下を歩いていた。
先ほど生徒会長から呼び出しがあったのである。
しかも校内放送で「ウィル・スターフィールド、すぐに生徒会室へ来い!」などと鼓膜が破れそうな、ばかでかボリュームでの呼び出しと来た。クラスメイトからは一体何をしたんだと奇異の目を向けるしテオは哀れむような目で俺を見るし。
本当にバレたくない相手にバレてしまったと心底後悔している。
扉の前に到着すると、息を整えノックする。
「入れ」
「失礼いたします」
生徒会室へ入るとチェアーに座ってニマニマするアデリーナ・アグニスがいた。
「よく来た。だが、二分遅刻だぞ」
「時間制限があるとは訊いておりませんでした。アデリーナ様の不手際ですね」
「馬鹿者が。私が来いと言ったら五分以内だろう。常識だ」
「本当かどうかレオン・アグニス様にお会いしたら訊いてみましょうか」
「ばかやめろ」
小競り合い的な応酬は止めて本題へと入る。
「用事は何でしょうか」
「以前、私の頼みを聞いて貰うと言ったな?」
「ええまぁ。一度きりのお話しですよね」
「
この女、あれをネタにこき使うつもりか。
ちょっとすごい美人だからって調子に乗るなよ。
相手が生徒会長だろうと都合良くこの俺を使えると思うな。
「凄腕の魔具師に興味はないか?」
「詳しく」
『魔具師』とは魔道具を作成する職人のことだ。
近年急速に数を増やした『魔導エンジニア』とは違い、今なお古いやり方で道具を作り続けるプロフェッショナルである。魔具師が生み出す商品は多岐に亘る。ちょっとしたランタンから魔物除けのお守りや結界石など。ファンタジー的ないかにもな物を扱う職業だ。
その上で凄腕の魔具師と知り合える機会は非常に少ない。
一応ゲーム知識として何人か居場所は知っているけど、ここから遠いし、出会えるタイミングもずっと先だ。
ちなみに普通の魔具師なら王都には割といる。
俺が欲しているのは凄腕だ。
「私の知人なのだが、最近になって貴様くらいの歳の実験動物が欲しいと言い出してな。条件も健康体の男で腕が立って最悪死んでもいい者、となかなか高く困っていた」
「腕も立たないし殺されるのも遠慮したいのですが」
「案ずるな。あの女はその辺りきちんとしている。報酬もちゃんと出るぞ」
「断るのは」
「断りたければそれでかまわん。その代わり私は恐ろしく口が軽くなるだろうな。放送室でマイクを握りしめながら何かを暴露するかもしれないな」
どこか品行方正だ。
平気で後輩を脅すクソ女じゃないか。
とはいえ提示された報酬はでかい。凄腕魔具師との縁は後々に響く。
「一つお尋ねしますが、依頼を受けるのは俺だけですか?」
「テオドール・ウィリアムズとセルシア・レインズも同行する。言っておくが二人には別条件で依頼を行っている。貴様とは扱いが違うからな」
「貧乏くじってことですか」
「さてな。もしかしたら当たりかもしれないぞ」
にやりとする生徒会長に俺は怪訝な顔を作る。
当たりってなんだ。
そんなに良い報酬なのか?
「場所はここだ。二人を連れて本日にでも行け」
「分かりました」
店名らしき名が記載されたメモを受け取る。
一礼して俺は退室した。
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