十六話 セルシアの特訓(1)

 

 修練場で武器を構え相対する俺とセルシア。

 なぜこうなった。


 修練場に向かうと「剣を構えて。私と戦って貰います」といきなりこの状況になったのだ。説明の一つくらいあってしかるべきだろう。メインヒロインとは言え横暴が過ぎる。


「どうして君と戦う必要がある。理由を言え」

「一つは抱いた疑念を晴らす為です。もう一つは、この勝負が終わってからお話します。本気で行きます。油断しないように」


 ああ、納得した。前回のアーシュ戦で抱いた疑いをはっきりさせようってことか。

 フリをしているのか本当に雑魚モブなのか知りたいわけだ。公爵家の令嬢であり名家の娘である彼女にとって強さとは存在意義そのものであり、高く偽るならまだしも、逆に弱く見せようなんてのは理解できないのだろう。


 彼女は素直だ。一度気になってしまうと納得できるまでモヤモヤを抱え続けてしまう。抱えるくらいなら直接戦ってはっきりさせればいい。つまりそういうことだ。


「一度だけだぞ」

「感謝します。では参ります」


 始まりはセルシアから。打ち込みを剣で防ぎ、即座に距離を取る。


「やはり目は良いようですね」

「見えるのと動けるのでは全く違うがな」

「ではこれなら」

「っつ」


 速度が上がり、彼女は先ほどよりも強い斬撃を放つ。

 俺は剣で剣を受け止めつつ力の方向を変えて受け流した。


「あうっ!?」


 べたん、と盛大にセルシアは顔面から転ぶ。


 慌てるのは俺だ。

 まさか反応できなかったとは。


「お、驚きました。あまりに巧みに流されたので反応できませんでした」

「大丈夫か」

「ええ、怪我はありませんので」


 起き上がった彼女はどことなく恥ずかしそうにしていた。

 魔道具でダメージを無効化していても痛みはあるだろうに。


「ところで今のは?」

「俺の唯一の得意技だ。攻めるのは苦手だが受け流しだけは人よりも上手い」

「だからアーシュさんの刀剣奥義ブレイクアーツを防げたと?」

「偶然反応できただけで結局は力負けした。恥ずかしかったからわざわざ隠していたんだがな。君が妙なことを言い出すから生きた心地がしなかったよ」


 誤魔化しの方向を変える。

 あそこではかろうじて防御はしたけど無意味だった。ってことにする。彼女は俺が何かを隠しているんじゃないかと疑っているわけだ。だったら秘密を打ち明ければ良い。もちろん語る内容は全部嘘だ。


「そもそもただの学生の俺が刀剣奥義ブレイクアーツを技量のみで防げるはずがないだろ。というかそんなことできる人間がいるのか」

「います。私はそのような方を知っています。ですが、打ち明けてくれて嬉しかったです。疑念は晴れました。やはり私の目は間違っていなかった」

「うんうん」

「では、続けましょうか」

「うん?」


 再び剣と剣が交わる。

 打ち合う度に火花が散り金属音が反響した。


 やや打ち解けたこともあり、先ほどよりも彼女の動きはスムーズで速い。受け流しにも充分な警戒を払っているようで、大振りの攻撃はなくなり動きの小さな小技が増えた。


 おかしいな。疑念が晴れたなら戦う必要もなさそうだけど。

 もしかしてもう一つの理由が関係しているのか。


 完全に受けに回っていた俺は、ここでいくらかの攻めに出ることにした。


「っつ!? 反撃!?」

「俺も魔法使いだ。反撃くらいする」


 強めに彼女の剣に剣をぶつけた。

 優しく受け止められていたのが急に強く出てきたので動揺が隠しきれない様子。

 すると彼女は攻勢から後退に切り替え防御姿勢をとるようになった。


 やっぱりまだ解消できていないのか。


 みるみる彼女の顔は青くなり極端に攻撃の手が減る。

 小さなフェイントすら過剰に反応して大きく距離を取るようになった。


「あっ!?」


 彼女の手から聖剣が飛び出し床へ落ちる。

 先ほどまでの彼女ならあり得なかったことだ。武器を落とすほど押し負けるなど。


「あ、あああ、私はまだ、」

「・・・・・・」


 彼女の手は震えていた。

 明らかに普通の状態ではない。


 彼女の中で湧き出すのは恐怖。武器を持つ相手を恐れていた。


「初めて知ったんだろう。戦う恐怖を」

「なぜそれを!?」

「分かるさ。防御だけが取り柄の俺にはな」


 観念したように彼女はため息を吐いた。


「もう一つの理由とは、私が抱える悩みです。私には相談をできるほどの友人がいない。気軽に話せるほどの対等な相手もいない。そこで同じ名家の出のウィル君に相談に乗って貰おうと思い立ったのです。ですが私の悩みは言葉では説明しづらい。戦うのが怖いなんて笑われて終わるのがオチですからね。だからまずは見てもらおうと」

「笑わないさ。最初から素直に教えてくれれば良かったんだ」

「ごめんなさい」


 彼女の悩みはゲームでよく知っていた。

 セルシア・レインズは才色兼備の何でもそつなくこなす人物だ。その上で両親に愛されて蝶よ花よと育ってきたのだ。失敗を知らず。敗北を知らず。痛みを知らないままここに来てしまった。


 彼女は学院で初めて身内以外の者に攻撃を入れられた。

 その一撃は、たった一撃は、彼女の中に恐怖心を芽生えさせるに充分だった。


 レインズ家に主人の娘を本気で叩く奴なんかいないだろう。ましてや愛らしく素直で賢い子供を打ち据えるなど常識を持った大人にはできない。彼女の訓練はいかにして相手に美しく無駄がなく勝つかに絞られている。追い込まれて泥臭く逆転する訓練など積んでいない。


 恐怖が芽生えた者の足は鈍る。思考も、感情も。

 そして、戦いを放棄する。


「俺じゃなくテオに相談すれば良かったんじゃないのか」

「・・・・・・テオドール? なぜそこで彼の名がでるのですか?」

「あ、うん。それもそうだな」

「ウィル君って面白いのね」


 セルシアは吹き出してクスクス笑う。


 なんでってそりゃあ悩みを解消したのはテオだからだ。

 もちろんゲームの話だけど。


 どうするべきか。悩みを解消するだけなら可能だが、これを俺がしてしまうとテオとセルシアの距離が近づくのが遅くなってしまう。できれば二人には結ばれてほしい。俺の考えるベストカップルトップテンに入っている推しカプだからだ。


 だがしかし、ここでスルーすると悩みが解消されず取り返しの付かない状況になるかもしれない。彼女はメインヒロインと同時に主人公を支える重要な仲間だ。死亡イベのことも考えるとどうやっても離脱だけは避けたい。


「恐怖心を取り払う方法なら知っている」

「本当ですか!?」

「教える代わりに何があっても逃げ出すなよ」

「約束します。どうかその方法を」


 いい覚悟だ。


 特別にゲームのテオが行った方法を俺風にアレンジして伝授してやる。

 恐怖を克服するだけでなく、今以上に強くなれること間違いなし。



 ◇



「はい。これ」

「へ?」


 彼女に一本のナイフを渡す。

 目の前には全長五メートルのフレイムレッドベアが唸っている。


 ポニーテールに体操着姿の彼女は目を点にしていた。


「聖剣は預かる。魔法も最下級魔法に限定する。これから君はナイフとアクアボールだけでアレと対峙しなければならない。負ければ重傷、最悪死ぬ。食われたくなければ戦え」

「ひぃ、これだけで!? ウィル君これはあんまりです!」

「教官と呼べ! 返事はサー・イエス・サーだ!」

「いえす、さー?」


 恐怖は闘志で塗り替える。

 生ぬるい戦いに真の闘志は湧かない。生と死のぎりぎりで勝ち取るものだ。

 戦え。生を感じろ。お前ならできる。己に勝て。


 しかし、前世を思い出すな。


 俺の剣道の先生もこんな風に厳しかったもんな。

 しかし、なんで軍隊式だったのだろう。今さらに疑問だ。


「グルアアアアアア!」

「ひぃいいいいい!」


 こうしてセルシアは恐怖を克服すべく戦いを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る