十五話 最強の魔法使い

 

 テオドールは夜の森を走り続ける。

 明かりは手元で創り出した火だけであった。


 キャットと名乗る謎の女性に助けられた彼は、砦から抜け出しそのまま森へと逃げ込んでいた。


 彼の胸ににじむのは悔しさであった。


 オブシディアンの狙いさえ読めていればマーカスが人質に取られることはなかった。もっと言えば全ての敵を一瞬で倒せるだけの力があれば、捕まることも友達を危険にさらすこともなかった。自分の力不足が招いた結果、テオドールはそう考えていた。


 一方で敵の正体についても考え続けていた。


 混沌ノ知恵とはなんなのか。なぜ自分が狙われたのか。

 オブシディアンと名乗った男はなんだったのか。疑問は膨らむ。


「馬の足音?」


 彼は火を消し樹の陰に潜んだ。

 ほどなくして馬に乗った騎士らしき者達が駆け抜ける。


「む、全員止まれ!」


 先頭を走っていた男が停止命令を発した。

 五十人あまりの騎士達は速度を落としその場で止まる。


 テオドールは息を潜めながら銀霊剣の柄を握った。


「そこにいる者よ姿を現せ」

「・・・・・・・・・・・・」


 騎士達がざわつく。

 彼らは腰の剣へ手を伸ばした。


 だが、先頭の赤毛の男は「抜くな」と制止させた。


「我が名はレオン・アグニス。奉剣十二士の七席にして騎士団を預かる者である。無用な嫌疑をかけられたくなければ素直にそこから出てこい」

「出ます! 今すぐ出ます!」


 樹の陰から恐る恐る出てきたテオドールは両手を挙げ無抵抗を意思表示した。

 レオンは馬を彼の前へ移動させる。


「学院の生徒のようだな。なぜこのようなところにいる」

「僕にもよく分からなくて。突然公園で襲われて。目を覚ましたら牢屋で。とある人の協力で砦から逃げ出せたまではよかったのですが、その後道が分からなくて森を彷徨っていました」

「砦だと?」


 騎士達はざわつく。

 そこでテオドールはなぜここに彼らがいるのかと疑問を抱いた。


 レオン・アグニスは世間知らずである彼ですら知る高名な人物である。

 弱冠十八にして王国最強戦力である『奉剣十二士』の第七席に任じられ、そのままレティシア王国中央方面軍第一魔法騎士団の団長となった傑物である。そして、アグニス家の次期当主でもあり言わずもしれたアデリーナ・アグニスの兄でもあった。


「詳しく話を聞く必要があるな。しかし、我々は非常に急いでいる。誰か彼を――そうだ、名を訊いていなかったな」

「テオドールです。テオドール・ウィリアムズ。ウィンスタン魔法学院の一年生です」

「ウィリアムズ? 山奥に住むあのウィリアムズか?」

「父と二人で暮らしていましたがなぜ貴方がそれを」


 レオンは馬上から飛び降り彼へ駆け寄る。

 かと思えば両腕をがしっと掴んだ。


「確かに。あの赤子の顔だ」

「いや、あの」

「くは、はははははっ! そうかそうか、まさかこんなところで再会するとはな! 人生とは時として小説よりも奇なり! 誰か彼を丁重に学院まで送ってやれ」

「はっ」


 二人の騎士がテオドールの腕を両サイドから抱えるように掴む。

 テオドールは訳が分からず「え?え?」とずるずる引きずられた。


 ずんっ。


 突然地面が激しく揺れた。


「なんだ!?」

「地震?」


 ズガァアアアアアアアアアアアアアアッ。


 すさまじい衝撃音が響き森の向こう側で虹色の光が出現した。

 光は夜を照らし昼間のように染める。


 誰もが目を奪われた。


 テオドールも。レオンも。騎士達も。

 森に住まう魔物達ですら。


「なんて綺麗な光なんだ」


 ぽつりとテオドールは呟く。

 直後に荒れ狂う衝撃波が彼らを襲った。


「あばばばばばば!?」

「これは、魔力と生命力の波!? 刀剣奥義ブレイクアーツだというのか!?」


 騎士の数人が吹き飛ばされ、耐えるテオドールも顔の表面がブルブル震えていた。


 衝撃は突風のごとく過ぎ去り、騎士団の隊列は無残な状態となっていた。

 テオドールも未だその場から動けず冷や汗を流していた。


 空は元の夜空へ戻り、レオンはじっと立ち竦んでいた。


「もしあれが刀剣奥義ブレイクアーツだとしたら。奉剣を凌駕している。あり得るのか。SS級の聖剣を超える聖剣など」

「レオン様、負傷者が多数出ております」

「動ける者は救護にあたれ。整い次第砦へ向かう」

「僕も一緒に行っていいでしょうか。今のが気になって」

「・・・・・・護衛は付けてやるが、自分の身は自分で守れ」

「はい。ありがとうございます」


 幸い死者はいなかった。

 負傷した者も腕の骨を折る程度であった。






「なんだこれは」

「森が・・・・・・」


 二人が砦で目にした光景は想像絶するものであった。

 深くえぐれた大地にあったであろう木々がごっそり消え、それがどこまでも直線状に続いていた。


 遙か昔、一人の魔法使いが大地を割った。永い刻はその者の名を消し去り逸話だけが現代に残った。人々は名も知らぬその魔法使いを畏怖を込めてこう呼んだ――


「・・・・・・最凶の魔法使い」

「そう評しても問題ないだろうな。何者かは分からんが」


 地平線から朝日が昇り始める。

 もうじき夜が明けようとしていた。


 レオンはマントを翻し砦の方へ向かい始めた。


「アグニス様、教えていただけませんか」

「レオンでかまわない。で、何を訊きたい」

「ではレオンさん。混沌ノ知恵とは何なのでしょうか。なぜ僕は狙われたのですか。今夜ここで何が起きなぜ貴方方はここに向かっていたのか。僕に教えてください」

「残念だが教えられない」

「なぜ? 僕は被害者です。友人も巻き込まれました」


 テオドールの静かで激しい憤りにレオンは嘆息する。


「一つ言えることは、奴らは敵だ」

「敵? 敵とは?」

「知りたければ強くなれ。あっさり捕まるような奴には情報は与えられん」

「うぐっ」


 ぐさりと正論ナイフを心臓に刺されテオドールは真っ白になる。

 固まる彼をがっしりとした体格の騎士が軽々と抱え上げ馬へと運んだ。


 学院へと送られるテオドールを眺めながらレオンはふっと笑う。


「期待しているぞ若者よ」


 彼は騎士に「瓦礫を撤去せよ。どんな些細なものでも報告しろ」と命じる。



 ◇



 普段通り授業を受け終えた俺はペンと教科書を仕舞う。

 ふとテオが気になって目を向けると、彼は窓際の席で目の下にくまを作ってぼーっとしていた。


 聞いた話によると、彼は朝方になって学院寮に帰還したそうだ。


 あの深い森を抜け出すだけでも苦労しただろう。だが、彼の不幸はそこで終わらない。待ち構えていた寮長、担任、生徒会長に捕まり数時間にわたる説教が待っていた。正座させられ涙目になるくらいまで怒られたそうだ。

 さらに不幸は続く。登校すれば待ち構えていたマーカスが、テオの胸ぐらを掴みぶち切れるという一幕まであった。テオが彼の命を救うべく身を差しだしたのがよほど気に食わなかったらしい。美しき友情という奴だ。


 ただ、テオにすればとどめの一撃だったようだ。

 あれから数時間も経つというのに未だに放心状態だった。


「あ」


 なんだ、突然動き出した。

 窓の外に反応したみたいだけど。


「違うか。髪の色が似てる気がしたんだけど」


 はぁああああああ、と彼はため息をつく。

 髪の色? 何のことだろう?


「ウィル君!」

「え、ああ」


 呼ばれていたらしく声のした方に顔を向けた。


 いたのはセルシアだった。

 どことなく態度がよそよそしく表情も少し暗い気がした。


「少し付き合ってもらえないかしら」

「遅くならないのなら」

「ありがとう。それじゃあ修練場に来て」

「ああ」


 修練場・・・・・・?

 なんでまたそんなところに?


 疑問を抱きつつ席を立つ。





「貴方の実力見極めさせて貰うわ。さぁ構えなさい」


 俺とセルシアは武器を構え相対する。


 どうしてこうなった。



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