十三話 ハウライトの罠(3)

 

 冷たい石の床を走る鼠はテオの前で止まり鼻先を嗅ぐ。


「うっ、うう・・・・・・ひどい臭いだ」


 眠りから目を覚ました彼は悪臭に顔をゆがめる。

 起き上がろうとするも動けない。手足が縄で縛られているのに気がついたテオドールは、ほんの一瞬激しく動揺した。


(冷静になるんだ。とりあえず縄がほどけないか試してみよう)


 力任せに縄を引きちぎろうと試みる。

 だが、縄は非常に強くほどける様子はない。


 拘束を解くのは難しいと判断した彼は、視線を迷わせ改めて自身が置かれた状況を確認した。


(鉄格子。どこかの牢屋なのか?)


 なぜ捕まっているのか、眠る前の記憶を懸命に呼び起こす。

 そうだ、マーカスを人質に取られ武器を捨てたんだ。そのあと猛烈な眠気が襲ってきて・・・・・・ここはあの男の根城か何かか。テオドールはそんな風に思考を加速させながら、一方でマーカスの安否を心配していた。


 オブシディアンと名乗る男が、律儀に約束を守ってくれる保証はどこにもなかった。しかし、テオドールにはどうしてもマーカスを見捨てる選択ができなかった。


 ず、ずずん。


「揺れてる? 爆発?」


 ぱらぱらと天井から砂埃が落ちる。

 テオドールは耳を澄まし音に意識を集中させる。


 複数の足音。怒号や狼狽える声。

 鎧や武器のこすれる金属音が建物内に響いていた。


 声と足音はテオドールのいる牢屋に近づく。


「敵に侵入された! 戦える者は一階通路に集まれ!」


 牢の前を黒いサークルマントを羽織った連中が駆け抜ける。

 直後に爆発が起き、牢の中は一際強く揺れる。外の通路では白い煙が漂い先ほどの者達のものだろうか細いうめきがテオドールの耳に届く。


 かつかつ。硬質な足音が牢へと近づいていた。


「ああ、ここにいたのね。無事なようで安心したわ」


 牢の前にやってきたのは猫のかぶり物をした女性だった。

 襟の立った黒いロングコートに品のある白いシャツと短めのスカート。かぶり物からは艶のある白銀の髪が出ており、覗く紅の眼がテオドールを捉えていた。


 彼女は剣を抜くと刹那に鉄格子を切断する。


(すごい。なんて速く正確な剣なんだ)


 あっさりと牢の中へ侵入した彼女にテオドールは見とれていた。


「動かないで。縄を切るわ」

「ありがとう」


 手足が自由になるとテオドールは立ち上がって距離を取る。

 助けられたことには感謝をしつつ正体の分からない相手に警戒心が先立つ。


「受け取りなさい。貴方の聖剣でしょ」

「わ、わわわわっ」


 突然放り投げられた銀霊剣をテオドールはなんとかキャッチする。

 僕の剣を見つけてくれてたのか。誰だか知らないけど味方なのかもしれない、と考えながら警戒度を少しだけ引き下げた。


 ずずずず。再び建物内が揺れる。


「この様子だとドラゴンが入ってきたみたいね。崩壊まで長くなさそう。テオドールだったかしら? 聖剣を渡したのだから自力で王都まで戻れるわよね」

「待って。僕の友達は。マーカスは無事?」

「学院寮に戻っている頃じゃないかしら。私は用事があるから」

「名前を」

「キャットよ。さようなら」


 キャットはテオドールをその場に残して去った。

 聖剣を握りしめるテオドールは逃げ出すこともせずぼーっとしていた。


(カッコイイ・・・・・・)



 ◇



 砦の内部を奥に向かって突き進む。

 現れる敵は全てシープとウルフが片付けてくれていた。


「表の者より一段強いようですね。砦を守る精鋭といったところでしょうか」

「その分数は少ない。マスターのお手を煩わせるなよシープ」

「承知していますよ。ですがこれでは準備運動にすらなりませんね」

「ああ、弱い。所詮は末端だな」


 二人は会話を挟みながら流れるように切り捨てていた。

 シープはつかみ所のない動きですれ違いざまに急所のみを斬り、ウルフは直線的な高速移動で鋭く鎧ごと両断する。


 出番のない俺は暇すぎて窓の外を眺めていた。


 月と森しか見えないからどっちみちつまんないし暇なんだよな。

 しかし、砦とかいいよな。ウチも会議できたり寝泊まりできたりする建物が欲しい。いやまぁ近いのはもうあるんだけど砦じゃないからなぁ。砦がいいんだよなぁ。だって格好いいじゃん。童心をくすぐられるな。


「遅くなって申し訳ありません」

「解放はできたのか」

「はい。聖剣も渡したので自力で王都に戻れるでしょう」


 戻ってきたキャットはテオの脱出を俺に伝える。

 一応事前の打ち合わせで彼女以外にもテオの説明はしておいたので、砦を出るなり首が飛ぶってことはないだろう。


 シープとウルフの方もあらかた片付いたのか一息ついていた。

 ウルフはキャットを見つけるなり声をかける。


「キャット。地下牢に攫われた奴らはいたか?」

「捕まっていたのはテオドール・ウィリアムズだけだったわ」

「すでに運び出されたか。それともこの先で」


 最悪を想像しそれ以上言葉を出せないようであった。


 もちろん俺はこの先の展開を知っている。

 ボスのハウライトが持てる最大の力と戦力をそろえて待ち構えている。

 問題はその最大がどの程度なのか、であるが。


 想定よりも敵の数が多かったので、ボス戦もパワーアップされている可能性は十分にある。


 ずずずずずん。建物が激しく揺れる。

 これはたぶんドラゴンだな。また建物の中で暴れているようだ。一度火が付くと辺り構わず破壊するから困る。ちゃんと教育は施したんだけどな。どこで間違えたんだろ。


 とりあえず崩壊までのカウントダウンは開始されている。

 ボスを倒して脱出しないと生き埋めになるな。


 心なしかドラゴンの笑い声が聞こえた気がした。





「お前達がアニマル騎士団とやらか」


 広い一室でハウライトは俺達を待ち構えていた。

 当然一人だけではない。フードをかぶった手練れらしき男達がハウライトを守るようにして武器を構えている。


「なにゆえに我ら組織の邪魔をする。正義感か? 復讐心か? 問いに答えよ」


 口を開こうとしたキャットを手で制止させ、俺は三人の前に出る。


「俺の名は【アース】。アニマル騎士団の頂点に立つ者だ」

「アース、貴様が我らの・・・・・・」

「なぜと問うたな。ならば答えよう」


 ハウライトはごくりとつばを飲み込む。


「長生きしたいからだ」


 しんっと音がなくなる。

 質問を投げたハウライトは思考が停止したのか固まっていた。


 しまった。うっかり本当の目的を言ってしまった。

 訂正を。いや、軌道修正だ。


「現世界の破壊。それがお前達の最終到達地点だろう?」

「やはり知っていたか。混沌ノ知恵はこの世界を壊し、我らが理想とする世界を再創造する。その世界では貧困も格差も嫉妬も増悪も裏切りもない。争いはなく平等で人々は老いることも死ぬこともなく安寧を享受するのだ」

「その為にどれほどの犠牲を出してもかまわないと?」

「次の世界へ行けるのは選ばれた者だけだ。理想に共感し力と知恵を持つ優秀な者だけがその地へ行ける。無能なゴミなどに与えられるはずもない。むしろ感謝して貰いたい。我らの崇高な目的の為に、その命を使ってやっているのだ」


 あー、いっちゃってるな。理想に酔いしれて現実逃避してる典型例だわ。

 しかも自分を正義の側だと信じちゃってるから余計たちが悪い。


 そりゃあね、貧困とか格差とかなくなれば良いけどさ。こいつらの言う理想って感情すら奪おうって話だろ。不老不死だってなんだかなぁ。そもそもうまい話には裏があるものだ。聞こえの良い話ほど激やばリスクを含んでいたりする。


 実際、こいつらの理想はどうあがいても実現されない。


 なぜならだからだ。


 それを伝えたところで理解されないししようともしない。

 ガンギマリフェイスで崇拝しちゃってるもんな。


「お前達の掲げる理想とやらに興味はない。共感もしない。世界を壊すと言うのなら立ち塞がるだけだ。俺はこの世界を愛しているからな。これが答えだ」

「理解できぬとは。愚か。なんと愚か。所詮は貴様も俗物か。ならば思い知るがいい。抵抗など無意味だと。絶望の中で後悔しながら死ね!」


 天井から十体の異形が飛び降りてくる。

 いびつな人型であるそれらは身長が二メートル以上もあり異様な気配を纏っていた。


 俺はゆっくり静かに、銀河剣を抜いた。

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