十二話 ハウライトの罠(2)

 

 ひょっとこのお面を付けてロングコートをたなびかせる。

 歩き続ける背後にはいつしか配下である四名が付き従っていた。


 向かうのは敵拠点の一つである『オムリス砦』でである。


 森に囲まれた村も町もないこの場所は戦うにはうってつけだ。

 もちろん奴らもそう思うからこそここに拠点を構えたのだろう。人目を気にせず大いに悪事ができるのだからな。


 奴らを狩る俺達は正義ではない。同じく悪だ。


 目的のためなら何だってやる。殺しも盗みもいとわない。

 ただ一点。奴らと違うのは悪を断ずる悪だからである。


 称賛も地位も名誉も不要。求めるのは最初に掲げた結果のみ。


「遅くなって申し訳ありません」

「問題ない。予定通りだ」


 キャットが合流し集団に加わる。

 俺は一度足を止め全員の顔を確認した。


 うん。キャット、シープ、ドラゴン、ウルフ、バニー、ちゃんと揃っているな。


「犠牲者は出たか?」

「マーカスという少年が人質に取られておりましたが、私が介入したことで無事に逃がせております。公園が一部焼失した為、王都では今頃は大騒ぎになっているかと」

「なんで!? あ、いや、なぜそんなことになった」

「捕まる予定であった少年が刀剣奥義ブレイクアーツを放ったからです」


 なるほどね。焼失ってことはフレアブレイドかな。

 あの刀剣奥義ブレイクアーツはアグニス家の奥義にも迫る高火力。発動時に込める魔力の度合いにもよるけどこの様子だと盛大にぶち込んだみたいだな。


 ちなみに当初の予定ではマーカスは同行していない前提としていた。

 テオだけが攫われそのまま俺達は敵拠点へ強襲という流れであったのだ。


 ゲームでもテオとマーカスは仲が良い印象だったけど、タイミング的にはもう少し後だったはず。俺が親友ポジから逃げたことで、役割が彼にシフトしつつあるのだろうか。そうなら嬉しいけど。


「おおっ、もしやそれがマスターの聖剣かの?」

「そうだ。名は【砂塵剣】という。土属性の刀剣奥義ブレイクアーツを秘めた聖剣だ」

「いいのぉいいのぉ! うらやまなのじゃ!」


 剣を抜いて見せてやるとドラゴンは目を輝かせる。

 同じく聖剣を眺めていたウルフが第一印象を漏らす。


「少し地味ですね。聖剣といえばこう派手なイメージでしたが」

「あ?」

「はぁ?」


 即座に反応したのはキャットとシープだった。


 尋常ならない殺気でウルフをにらみつける。この俺を忠誠を超えて崇拝している二人には地雷だったようだ。まぁ実際地味だし俺自身そう思うからなぁ。


「すみませんでしたぁぁあああああマスター!!」


 ウルフは土下座する。


「地味なのは事実だ。だが、この聖剣にはもう一つ貌がある」


 砂塵剣に星の魔力を流し込む。

 一瞬で外見が変わり漆黒の聖剣が出現した。


 刀身は星が輝く夜空のように黒く、鍔も柄も別物のように意匠が変化していた。発する空気はまるで冬の夜空のように澄んでいて、神聖でもなく邪悪でもなく、夜を凝縮し剣にしたような不思議な聖剣であった。


「名付けるなら【銀河剣】といったところか。以後裏の活動ではこの剣を使用するつもりだ。砂塵剣はすでに俺の持ち物と知られているからな」

「さすがマスターです。聖剣にはその者の本質が現れると訊きます。あらゆるものを塗りつぶす星空の刀身は紛れもなき全てを超越した頂点にして最上の証です」


 キャットは大げさだな。確かに強い聖剣なのは間違いないと思うけどそこまでじゃない。ゲームみたいにステータスを見られないから詳細は読めないけど銀霊剣と同等くらいじゃないかな。


 そういえば星属性で聖剣を創ったのは初めてだったな。


 テオの聖剣は固定だから結局最後まで登場しなかったんだよな。

 だから銀河剣がどの程度の性能なのか未知数だ。


「作戦はどのように?」

「事前に決めたとおり正面突破だ」

「承知いたしました。それからあの少年はいかがいたしますか?」

「見つけ次第解放してやれ」

「ではそのように」


 走り出した俺を追って五人も森の中を疾駆する。

 程なくして締め切られた門が視界に入った。


「妾に任せい」

「行け」

「おう、なのじゃ」


 ドラゴンが併走した後、俺を追い抜き門へと突貫する。

 刹那、爆発が発生し門は跡形もなく吹き飛んだ。


 ドラゴンはかっかっかっと大笑いする。


「脆いのぉ。藁のようじゃ」

「敵のお出ましだ。ドラゴン、ウルフ、バニー、相手してやれ」

「任されたのじゃ」

「御意」

「はーい」


 五百を超える敵の構成員がどこからともなく現れる。


 いずれも黒いサークルマントにフードを深くかぶり、組織の証である蛇とフラスコの紋章が刺繍された手袋をはめていた。ここからでは確認することはできないが、構成員は手袋だけでなく身体にも紋章が焼き印されている。


 予定よりも敵の数が多い。罠だったか? まぁ罠なんだろうな。散々拠点を潰し回った俺達を警戒していないはずもない。飛んで火に入るなんとやらだ。だが、残念だったな。俺達は火を押しつぶすほど巨大な虫だ。燃えないし死にもしない。


「侵入者だ! 殺せ!」

「我らに逆らう愚か共に破滅と死を!」

「ひゃっはー、獲物だぁ!」


 一斉に敵が襲いかかってくる。

 圧巻の光景だ。数の暴力とはこういうのを指すのだな。


 どどどどどどどっ、どぉおおおんん!


 連続して爆発が発生し敵が吹き飛ぶ。

 地面には無数のえぐれた穴ができており腕や脚を失った者がうめいていた。


「的が多くて気持ちが良いのぉ。どこに撃っても当たりそうじゃ」


 火の攻撃魔法を放ったのはドラゴンだ。


 可愛らしい声と反し言葉の端々から獰猛さが舌を出している。彼女にとってこの程度の敵は玩具に過ぎない。敵とすら認識していないだろう。

 加えて今日はハイテンションだった。いつもなら気圧されて逃げ出す敵が、大人数だからと気が大きくなり、真正面から勇猛果敢に突っ込んでくるのだ。バトル大好きな彼女にしてみれば待ちに待ったボーナスタイムである。


「魔法攻撃に切り替えろ! ここから先は進ませるな!」


 指揮官らしき男が全体へ指示を出す。

 一斉に魔力が放出され各属性の攻撃魔法が俺達へ集中する。


「シールドプリズン」


 シープによって張られた防御魔法がドーム状に俺達を覆う。

 攻撃魔法はたやすく壁に阻まれてしまう。


 集中砲火はしばらく続き、魔力切れによって派手な花火は終わりを迎えた。


「そろそろあたしの番ね。たーくさん逝かせて、あ・げ・る(ハート)」


 巨斧を担ぐバニーが地面を蹴りつけ飛び出す。

 肉薄した彼女は片手で巨斧を振る。たったひと薙ぎで十数人の上半身が斬り飛ばされ臓物と大量の血液が舞い散った。


 驚異的な脚力は一切の敵を逃がさない。

 残像を残すほどの超高速移動はまるで分身しているかのようであった。


「たすけ、たすけてぇ! 死にたくない!」

「可愛い。貴方達の怯える表情ゾクゾクしちゃう」

「ぶぎゃ!?」


 敵の大半が戦意喪失し逃げ出していた。

 慌てるのはドラゴンだ。バニーは単身で全滅させそうな勢いであった。


「ずるいぞ! 妾にも戦わせろ!」


 刀を抜いたドラゴンが敵の背中を追いかけ始めた。

 ウルフは崩壊する敵の防衛を眺める。


「行かなくて良いのか?」

「せっかくご命令いただいたのですが、戦力過多です。むしろ強引に参加して、後であの二人に何を言われるか恐ろしい。自分はあそこまでの戦闘狂にはなれません」

「では一緒に内部の敵を片付けて貰うとしよう」

「喜んで」


 響き渡る敵の悲鳴。


 うーん、一方的すぎて敵が可哀想になってきた。

 人数減らしてくるべきだったかな。

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