十一話 ハウライトの罠(1)
魔導街灯が暖色の明かりをともす夕刻。
テオドールはクラスメイトのマーカス・カルマンと帰路についていた。
二人が友人になったのは三日前。アルバイトを探していたテオドールへ、冒険者ギルドに登録しパーティーを組まないかとマーカスから誘ったのがきっかけであった。二人はすぐに意気投合し好きな小説を貸し合うほどの仲に。
趣味が合う二人の会話は尽きることがなく、いつしかテオドールはマーカスに強い親近感を覚えていた。一方のマーカスも気さくで接しやすい彼に、身分を超えた友情のようなものを感じていた。
そんな二人は今日が初冒険であった。
狩ったのは十五匹のゴブリンのみ。
山で育ち魔物との戦いが日常であったテオドールと違い、貴族であるマーカスにとっては全てが初体験であった。マーカスは興奮冷めやらぬといった様子で本日の小さな冒険について振り返る。
「あそこで後ろに下がったのは悔しかったな。テオくらいやれたら自信もついたのだろうけど」
「マーカスは十分戦えてたよ。誰だって最初は理想通りにはいかないものさ」
「じゃあ訊くけど、テオは初めての戦闘でゴブリンを何匹倒したんだよ」
「えーっと、ゴブリンじゃなく熊だったかな・・・・・・」
「これだから天才は!」
「そんなことないよ。あの時は偶然が重なってたまたま命拾いしただけで。我ながら無謀だったなって後悔しているんだ」
街灯が点々と灯る人気のない公園を二人は進む。
この道を使うのが学院への近道だったからだ。生い茂る木々によって公園は町中にあるにもかかわらず外界から隔絶された空間と化していた。
「剣を抜けマーカス」
「テオドール? どうしたんだ突然?」
足を止めたテオドールは銀霊剣を抜き全身に魔力を巡らせた。
周囲に意識を向けたマーカスも遅れて聖剣を抜く。
暗闇の奥で輝く獣の目。低い唸り声と足音は一つや二つではない。
「囲まれた。こんなに接近されるまで気がつかなかったなんて」
「魔物!? どうして王都に!?」
暗闇からのそりと姿を現したのは、二つの頭部を有した黒い狼であった。
尻尾を含めた全長は三メートル余り。狼でありながら虎のような大型の肉食獣をイメージさせるような姿であった。
「ブラックウルフだって? しかも特殊個体」
「テオ後ろだ。背後にも通常個体のブラックウルフが!」
次々にブラックウルフが顔を出す。
群れのボスであろう二つの頭部を有する個体とは違い、通常個体は一つの頭部にサイズも大型犬ほどでしかなかった。だが、頭数は二十と多くテオドールでも相手をするのは至難の業であった。
さらに人の足音が聞こえ二人は道の先に意識を向けた。
「子供相手に大人げなかったかな。とはいえ魔法使いを捕獲するのには骨が折れる。特に聖剣を持つような相手は。即時覚醒させるような生徒ともなればこのくらいの用心はあってしかるべきだろう」
「何者だ」
「【混沌ノ知恵】王都支部幹部『猟犬のオブシディアン』だ。自己紹介はこのくらいにしておくとしよう。お前達はこれ以上知る必要はない」
黒いサークルマントを身に纏った男は、右手に使い込まれた剣を握っていた。
フードを深くかぶっていることから容姿をはっきり見ることはできないものの、渋みのある低い声音とかろうじて覘く口元の無精髭から、彼が二十代以上であることが窺えた。
テオドールは冷静に相手がどういった類いの人種なのかを知るべく、視界に入る情報を一つ一つ確認していた。
「この魔物の群れは貴方が?」
「その通り。そして、目的はお前だ」
「僕だと?」
「テオドール・ウィリアムズを捕縛せよとの命を受けた。大人しく従うのならそこの男子生徒は生きて返してやろう。しかし、抵抗するならば殺す」
テオドールは冷や汗を流す。
一人だけなら男の言葉など平然と突っぱね抵抗の意思を示したであろう。だが、隣にはようやくまともな戦闘を経験したマーカスがいる。ハンデを背負って勝てるのか、テオドールはこれまでに経験したことのない不安を抱いた。
弱気を察したマーカスはテオドールの腹を殴る。
「おぐっ!? なんで!?」
「怪しい男の言葉なんか聞く必要ないだろ。俺だって聖剣を所有する魔法使い。実戦経験こそ及ばないが足手まといにならないくらいの力はもっているつもりだ。余計な気遣いなんてするなよ」
「ありがとう。だけどなんで殴ったの?」
「前々からテオのモテっぷりには腹を立ててからな。男子を代表してお仕置きした」
マーカスは垂れ目の温厚そうな顔には似合わない笑みを浮かべる。
腹をさすりながらテオドールは理不尽だと内心で叫んだ。
「返事はノーだ。混沌ノ知恵がなんなのかは分からないけど従うつもりも捕まるつもりもない。それに言っておくが僕には
「そうだそうだ。ウィンスタン学院の生徒を舐めるなよ」
「子供風情が大人しく従っていればいいものを。我が
狼達は男の声に従い一斉に動き出した。
群れのボスである二つの頭の狼は様子を窺うようにその場から動かず、通常個体のみが二人へ襲いかかる。
最初の三匹をテオドールとマーカスは苦もなく斬る。
「マーカス、範囲攻撃だ。君の風魔法なら一気に数を減らせる」
「分かった! 望むは緑風の一陣なり大気は敵を吹き飛ばす鎚とならん、ウィンドストーム!」
二人を中心に激しい風が巻き起こり狼を天高く吹き上げる。
ほぼ全てが姿を消し、無事だった個体も高所からの落下によってダメージを負っていた。
一気に魔力を消費したマーカスは肩で息をする。
「大丈夫かい。ごめん無理をさせて」
「問題ない。あと一、二回くらいなら大きいのを撃てる。だけど全ての魔力を使ったとしてもあいつを場外にするのは難しそうだ」
「グルルル」
のそりと群れのボスが動き出した。
マーカスの範囲魔法にも微動だにせず平然と耐えた個体に二人の警戒心は強くなる。
同時にテオドールはオブシディアンにも注意を向けていた。
ただ獣をけしかけるだけの男とは思えなかったからだ。何してくるか分からない不気味さがその男にはあった。
「悪いけど防御魔法か簡易障壁で身を守ってもらえないか。余波で巻き込んでしまうかもしれない」
「もしかして
「一撃であれを倒して離脱する」
「わかった」
青いエフェクトがテオドールを包む。
背後にいるマーカスは無属性の簡易障壁を張り衝撃に備えた。
低い姿勢から跳躍した魔物は、マーカスではなくテオドールへと狙いを定める。彼から発せられる魔力の波から、一刻も早く無力化すべきだと判断したようだった。
テオドールの銀霊剣に火の魔力が集中する。
「フレアブレイド!!」
振り下ろすと同時に赤き一閃が放たれる。
熱と衝撃は魔物を消し飛ばすに留まらず、地面を削り公園の一部をも消し去った。
余波はすさまじく彼の背後にいたマーカスも、障壁を張りながらなんとかその場で耐えなければならないほどであった。
嵐のような時間が過ぎ去り、テオドールは静かに剣を下ろす。
「これほどとはな。あのハウライトが絶賛するわけだ」
「マーカス!?」
攻撃後の一瞬の油断。
オブシディアンの接近に気がつかずマーカスは捕まっていた。
喉元に添えられたナイフにテオドールは動けない。
「最初からマーカスを人質に取るつもりだったんだな」
「事前情報でお前が相当できるのは知っていた。無傷で捕縛せよとのご命令だったのでな。確実な方法をとらせてもらうことにしたんだ。しかし、すさまじい力だ。素直に驚愕したよ。その歳ですでに奉剣十二士並みとはな」
「ごめんテオ。逃げ切れなかった」
悲痛な表情でマーカスは深く詫びる。
だが、テオドールは首を横に振り安心させるように笑顔を浮かべた。
「大丈夫。殺させやしない。僕が必ず無事に帰すから」
「剣を捨てろ。大人しく従えばこいつを無傷で解放してやる」
「従うよ。だから絶対に彼を傷つけるな」
銀霊剣を投げ捨てたテオドールは両手を挙げる。
オブシディアンは彼に抵抗の意思がないのを確認すると眠りの魔法を発動させた。
強烈な眠気に抗えずテオドールは地面に倒れる。
「経験の浅いガキが本気で大人に勝てると思ったか」
「テオ、テオ!」
銀霊剣を拾い上げたオブシディアンは、テオドールにすがりつくマーカスに冷たい視線を向けていた。
「さて、用なしには死んで貰うとするか」
「テオと約束したはずだ! 俺を解放する代わりに従うと!」
「受けた命令はテオドールの捕獲だけだ。騙されたお前たちが悪い。報告されても面倒だからな。死人に口なし、ここで口封じさせてもらう。良かったな友達の剣で死ねるぞ」
「ひぃ」
振り上げられる銀霊剣をマーカスは恐怖に染まった眼で見上げていた。
足はすくみ逃げ出すこともできない。
絶体絶命かと思われたその時、オブシディアンはその場から素早く飛び退き、何者かの斬撃をギリギリで躱した。
「避けるのね。存外に勘が鋭い」
そこにいたのは猫のかぶり物をした女性であった。
黒い襟が立ったロングコートを着込み、右手には一振りの剣が握られていた。
「何者だ」
「貴方達を滅ぼす最強の抵抗組織『アニマル騎士団』よ」
「なんだって?」
「アニマル騎士団」
「・・・・・・ふざけているのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女はウィルが付けてくれた組織名をとても気に入っていた。故に彼の反応は彼女をひどく怒らせた。
直後に強烈な魔力の嵐が彼を襲った。
と、同時に身も凍らせるほどの殺気が彼女から発せられる。
(信じられない、なんて膨大で濃密な魔力と殺気だ。相手をすれば確実に殺される。格が違いすぎる。こんなのが相手なんて訊いていないぞハウライト!!!!)
オブシディアンは即座に勝てる相手ではないと悟った。外見こそふざけた女だが、その中身は人の形をした怪物。このようなところでうっかり出会っていい相手ではない。彼の手足は恐怖で震えていた。
だからこそここは逃げの一手に尽きる。
彼はテオドールを拾い上げると脇に抱え水魔法を使用した。
「勝ち目のない戦いはしない主義だ。そいつはくれてやる」
彼は霧を発生させ周辺を覆い隠した。
剣の一振りで霧を吹き飛ばせばいたはずの男は消えていた。
「逃げても無駄よ。行き先は分かっているわ」
キャットは座り込むマーカスを一瞥する。
「彼は私達が助け出す。貴方は帰りなさい」とだけ伝えその場から消えた。
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