十話 宝石の名を冠する者達
ロウソクの灯が灯る部屋の中で男がテーブルを叩いた。
その顔には隠すこともせず憤怒の表情がありありと浮かんでいる。
「我々が管理する拠点のおよそ七割が失われた。明らかな失態、それも大失態だ」
「確かにゆゆしき事態だ。良い状況とは呼べないな」
テーブルを囲むのは五名の男達である。
ペリドット
ハウライト
マイカ
アラゴナイト
オブシディアン
宝石の名を冠する彼らはペリドットをトップとする【混沌ノ知恵・王都支部】の幹部達である。いずれも並々ならぬ力を持ち、表の顔を使ってレティシア王国で高い地位に就く者達だ。
平静を保つペリドットとは違い、焦りと怒りをあらわにするのは、大柄で鍛え抜かれた肉体を有する上位騎士のアラゴナイトであった。
「私とて手をこまねいているわけではない。ただ、想定以上の速さで各地の拠点が潰されているのだ。比較的重要度の低い拠点のみに絞られているのは大きな疑問だが」
「敵の正体は?」
「現在調査中だ。直属の者に調べさせている。しかし、私が動くにしても今はまだ手が離せない状況だ。なにぶん必要以上に頼られる身なのでな」
ペリゾットの姿が僅かにぶれる。
椅子の上には円盤状の魔道具が置かれており、あたかもそこにいるかのようにこの場にいる者達へ印象づけていた。
興奮を抑えきれないアラゴナイトは続ける。
「一刻も早く手を打たねば。先日のマラカイトの件もそうだ。すでに幹部の一人が殺されている。これ以上被害を出せば敵を倒す前に我々が処罰されてしまう」
「君の意見はもっともだ。ハウライト何か良い案はないか?」
ペリドットの眼はアラゴナイトから、すぐ斜め前に座るハウライトへと移った。
高官らしくローブを身に纏った初老の人物は、数秒ほど沈黙した後、手元の書類をペリドットの方へとスライドさせた。
「これは、学院の聖剣所有者のリストか。一年生のようだが?」
「名をテオドール・ウィリアムズと言います。この者は希有な才能を有し、素剣授与の際にはA級以上であろう聖剣を覚醒させました。詳しいランク付けは後ほどとなりますが恐らくS級もしくはSS級の聖剣かと」
「貴殿はこの少年を次代の奉剣候補と判断したのだな」
「いかにも。これほどの逸材は百年先まで現れますまい。素材としては最上級。もし高い適性を有しているならば、あの方々は大変お喜びになるでしょう」
ペリドットは「それほどか」と強い関心を示した。
書類にはテオドールの個人情報が記載されており、聖剣の欄には【銀霊剣】と名称もはっきりと書かれていた。
気の短いアラゴナイトは早くも結論を求めて声を荒げる。
「前置きはいい。対抗策はあるのかないのか」
「落ち着きたまえ。ハウライトの話を最後まで聞こうではないか」
話は再開される。
「この少年の確保は元々確定事項でございました。そこに一つ妙案を加えることといたします。まず重要度の低い全ての拠点へこの少年の情報を流し周知させるのです。確保を行う日時と場所もつけて」
「情報で敵を釣る、というわけか」
「どこに来るのかさえ察知できれば罠にはめるのはたやすい。こちらは戦力を固め向かい撃つだけで良いのです。あとは生き残った者を拷問し正体を吐かせれば、さらに妙手を打つことも可能かと」
話し合いの途中で手が挙げられる。
【混沌ノ知恵】における名称はマイカ。
ウィンストン魔法学院の制服を着た少年は、テーブルに頬杖を突いてだらしない姿勢でハウライトへと疑問を呈する。
「本当に乗ってくるのか。目的すら分かってないんだぜ」
「正体不明の敵は我らの真の目的を知っている可能性がある。であるらなば阻止しないわけにはいかない。仮に来なくとも大いに結構。少年が手に入り新たな情報が手に入る。敵の目的は別にあると言う情報がな」
「納得した。いいぜ、その作戦に賛同する」
異論はないかとペリドットは四人にそれぞれ目を向ける。
反対が出なかったことから案は採用となった。
「ハウライトよ。遂行にあたり必要な人材と戦力を出せ」
「オブシディアンが適役かと存じます。頭数は五百余りで良いでしょうな。襲撃を行う範囲の広さと目撃情報のなさを鑑みるに敵の数は五十未満。少数精鋭で来るのならこちらは量で押しつぶすまで」
「分かった。オブシディアンは協力してやってくれ」
オブシディアンは「了解した」と短く返事をする。
引き締まった肉体と使い込まれた装備。冒険者然とした無精髭の生えた男はテーブルに両足を載せたまま手元でコインを弄んでいた。
「今回の件、全てハウライトに一任する」
「承知いたしました」
ハウライトを含めた四人が一礼する。
直後にペリドットの姿は電源を落としたTV画面のように消えた。
◇
図書館帰りにベンチで読書に没頭する。
ほとんどの者は授業が終わると自己鍛錬か友人を伴い町に遊びに行くそうだ。が、俺は友人らしい友人もなく暇を持て余していた。
こういう時はもっぱら外で読書をすることにしている。
現在読んでいるのは『人はなぜ異性の裸を見ると魔力が乱れるのか』である。
非常に興味深い内容になっていて、著者が覗きの罪で衛兵に捕まった辺りから面白さが爆発する。ちなみに著者は今も服役中だそうだ。
本を読み始めて一時間ほどすると、お洒落な格好をした白銀の髪の女性が隣に座った。
彼女は紙袋を抱えており何度も横目でこちらを確認する。
「珍しいな表の君が会いに来るなんて」
「たまには二人っきりで落ち着いてお話ししたかったので。学生生活はどうですか?」
「訊いても面白くないぞ。普通に授業を受けて、普通に食事をして、普通に寝る。毎日同じことの繰り返しだ。平和そのものだな」
「なんだか憧れちゃいますね」
俺は本を閉じて、彼女の紅の眼をのぞき込む。
こちらに気がついた彼女ははっとした様子であった。
「申し訳ありません。ついどうでもいいことを。今の生活は楽しいですしとても満足しています。憧れると言ったのはウィル様と長くいられるという意味で。あああああっ、それこそどうでもいいことですね!」
「遠慮なんかせずいつでも会いに来ていいんだぞ」
「はわ、はわわわ!?」
なんとなく頭を撫でてみた。
最近はめっきり少なくなったけど昔はこうしてよく撫でてやったな。
「にゃぅうううう」
顔を真っ赤にする彼女は、どういった感情かよく分からない表情でなすがままになっていた。
頭から手を離そうとすると途端に悲しげな顔になる。仕方なくもう少しだけ撫でることにした。
「と、ところでお昼はもうとられましたか?」
「いや、読み終えたら適当に食べるつもりだったけど」
「でしたらこれをどうぞ。お口に合うかは分かりませんがお弁当を作ってきました」
「いいのか?」
「はい」
紙袋の中にはパンに野菜とベーコンを挟んだものが数個収められていた。
適当に手に取り囓ると想像していたよりも美味い。
「美味しくなかったでしょうか・・・・・・?」
「逆だ。美味しすぎて驚いた」
「本当ですか!? 良かったぁぁあドラゴンとウルフがまずいっていうものだからお渡しすべきかすごく迷いました。やはりあの人達の味覚がおかしかったんですね」
「普通に好きだけどなこの味。何がいけないんだろうな」
「さぁ。本当にどうしてでしょうね」
うん、美味いな本当に。
しびれるような苦さと酸っぱさが実に良い。
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