九話 二年生

 

 学院には修練場と呼ばれる施設が置かれている。

 規則によって禁じられている生徒同士の戦闘行為も、修練場内に限っては刀剣奥義ブレイクアーツを使用しないことを条件に許可されていた。


「くそっ、全然あたらねぇ!」

「君の打ち込みは素直すぎる。次の手を読まれないよう上手く隠さないと今みたいに躱されてしまうよ。フェイントとか使ってもいいんじゃないかな」

「なるほど! よし、今から右に動くからな!? いいか、右だぞ!」

「じゃあ左かな」

「心を読んだのか!?」


 デンターの攻撃はあっさり見破られテオから反撃を受ける。

 斬られても損傷を受けないのは、修練場に設置されている一定のダメージを肩代わりしてなかったことにしてくれる魔道具のおかげだ。


 テオが戦っている横ではセルシアが女子生徒と戦っており、どちらも細身の剣で激しく打ち合っている。


「まただわ。どうしても攻めきれない。私には何が足りないの?」


 彼女は苦悶の表情だ。格下相手に手こずっている原因は踏み込みのタイミングだ。セルシアは腕も立ち回りも悪くない。攻め時さえ読み違えなければ楽に勝てる相手だった。

 再び攻めるべきタイミングで迷いが生じ足が止まる。

 理由は分かっているが、指摘せず今はあえてスルーすることにした。


 ちなみに俺は現在クラスメイトの男子と試合中だ。

 適当に捌きつつのらりくらりとフィールド内を逃げ続けていた。


「ちくしょう、もうやめだ! お前に挑むのは諦めた!」

「まだ一本も入れられてないぞ」

「よそ見しながら相手されてるのに、勝つどころか負けることもできないんだぜ。今日はもう帰る。探さないでくれ。うわーん!」


 俺の相手は涙目で施設を飛び出した。


 しまった。周りに夢中で放置しすぎてしまった。

 あいつ意外に繊細だったんだな。名前は知らないけど。


 突然施設内に歓声があがる。


 騒ぎの中心にいるのは二人の男子生徒だ。

 胸元に二年のバッジを付けていることから先輩であるのは一目で分かった。


「今日はいつにも増して騒がしいね」

「素剣を貰った一年が早速修練をしているんだろう。今年は逸材揃いと訊いた。どれ、俺達でその逸材とやらと腕試しをしないか」

「また悪い癖が出てるね。アクセル、君は僕と違ってお貴族様だろ?」

「貴族らしく優雅たれとでも説教するつもりかアルベルト。そんなのはくそ食らえだ」

「そんなつもりはないけどね。あと口の悪さは気をつけた方が良い」


 彼らは有名な二年生だ。


 黒い短髪にキリッとした顔立ちの男前がアクセル・ウォード。

 ブロンドの長髪を紐でまとめ肩から流している美男子がアルベルト・ハートマンだ。


 二人が有名なのはその外見以上にどちらも凄腕の魔法使いだからだ。


 魔法だけに留まらずどちらも成績優秀にして品行方正。

 人当たりも良く上級生にも下級生にも慕われている無敵のペアだ。そんな二人が一年が集まる場所へふらりとやってくれば騒ぎにもなる。


 まぁ一方はよく知っているのだけれど。


「個人訓練をするつもりだったんだが気が変わった。お前達の修練に付き合ってやるよ。我こそはと思う者は出てこい。俺とアルベルトが相手してやる」

「お相手よろしいでしょうか」


 呼びかけに応じたのはアーシュだった。

 真剣な面持ちにいつもと違って言葉を選んでいるようであった。


「ダリスの弟か。よし、相手してやる」

「ありがとうございます!」


 へぇ、あいつあんな顔もするんだ。

 あの日以来言葉を交わすこともなかったからずっと仏頂面のイメージだったけど、なんだかんだいってもまだ子供なんだな。憧れの先輩を前にはしゃいでて可愛いじゃないか。


 アクセルとアーシュが剣を構える。

 どちらも成剣だがルールとして刀剣奥義ブレイクアーツは使用不可だ。


 試合が開始され果敢にアーシェが攻める。

 だが、全ての攻撃はいなされていた。


「積極的に魔法を組み込め。俺達は剣士であると同時に剣士ではない。魔法使いだ。剣は魔法を効率よく使用する道具にすぎない。本質を見誤るな」

「はい!」


 アクセルは風使いのようだ。

 至近距離から放たれるアーシュの火の魔力をたやすく吹き飛ばし、一撃も入れられることなく最後には首筋に刃を当てた。


「さすがアクセル先輩です。手も足も出ませんでした」

「良い太刀筋だったぜ。また相手してやるから頑張れよ」


 二人が下がると今度はアルベルトが出てくる。


「僕は彼を指名する」

「へ?」


 アルベルトが指名したのはテオだった。

 爽やかな微笑みを浮かべアルベルトは理由を説明する。


「テオ君はクワッドマジシャンだそうだね。剣の腕も相当だと噂になっているよ。であれば真偽を確かめたくなるのが人の心さ。手加減無用でお願いしたい」

「分かりました。本気でいきます」


 アルベルトはちらりと俺の方を見る。

 許可を求めてのことだろうけどあえて無視した。


 試合が開始され剣と剣が交差した。


 テオは火と風を織り交ぜながら果敢に攻撃を続け、アルベルトは水を使って防御からのカウンターを狙う。ややテオが優勢。しかし、アルベルトは堅い守りでテオがそれ以上踏み出すのを防いでいた。


 アルベルトの奴、遊んでやがる。あいつの腕なら開始直後に勝負は付いてたはずだ。

 テオも薄々手を抜かれているのに気がついているだろう。


 一瞬の隙を狙いアルベルトの剣はテオの肩を軽く叩いた。


「僕の負けです」

「君の強さには驚かされたよ。今回は先輩としての意地を通させて貰ったけど次はどうだろうね。ぜひ同じ平民として今後も仲良くさせて貰いたい。かまわないかな?」

「もちろんです。お時間ができた時でかまいませんので、学院や二年生について色々とお話を聞かせてください。お茶くらいならおごれますから」

「そのくらい僕が出すよ。よろしく」


 互いに剣を鞘に収め握手をする。

 美少年のテオと美青年のアルベルトが並ぶとキラキラ輝き花びらが舞い散る。女子生徒は興奮が抑えきれないのか息が荒かった。


 乙女ゲーならあの二人は間違いなく攻略対象だっただろうな。



 ◇



 本が並ぶ静謐な空間。響くのはページをめくる音だけだ。

 ここは数多くの蔵書を収めた学院図書館である。長い歴史を誇る我が校にはジャンルを問わず膨大な知識が集められている。やってくる人間も少なく調べ物や暇つぶしには最適の場所となっていた。


 ここ最近のお気に入りは魔物生態学だ。少し前は歴史について調べていた。


 どうしてもゲームや設定資料集では語りきれなかった細部というのが存在する。大部分が似ているだけで目をこらせば違っていたってのも大いにあり得るだろう。転生して10年。未だにこの世界は謎が多い。


 事実、こうして調べていると新たな発見の連続だ。


 ゲームで出現していた魔物は全体のほんの一部でしかなかった。

 世界には未知の魔物に未知の人種族が存在している。

 今だ未開の土地が広がり人の踏み入ることのできない領域が存在する。


 調べれば調べるほど知らない言葉が出てきてページをめくる手が止まらない。

 無事生き残り学院を卒業したら世界を回ってみるのもいいかもな。前世では海外旅行とかできなかったけど今世ではぜひやってみたい。


 本棚の前で本を探していると隣に男子生徒がやってくる。


「今夜にでも動くようです」

「当然だろうな。奴らにあれだけの超優良を放置するなどできるはずもない。しかし、動き出すのが少々遅かったな。拠点を潰したことで指揮系統に混乱でも生じているのか」

「いかがいたしますか?」

「直接指揮をとる。キャットにそう伝えておいてくれ」

「承知いたしました」


 アルベルトは足音もなく静かに去った。


 今回のイベは俺が待ち望んでいたものだ。無事にこなせば大幅な戦力増強が見込める。しかも敵の戦力も大きく削げるというおまけ付きなのである。いつ始まるのかとそわそわしすぎてここ最近は夜しか眠れていない。


 俺は借りたい本を棚から抜き取り受付へと向かう。

 受付では眼鏡をかけた女子生徒が熱に浮かされたようにぼーっとしていた。


「アルベルト様。なんて素敵な方なのかしら」

「あの、貸し出しを」

「はぁぁああああ」


 ぺっ、これだから無駄にモテる美青年は。

 しばらくシープには冷たくあたろう。

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