八話 素剣授与
入学してから数週間が経過し授業にも慣れた頃。
遂にその日が訪れた。
教壇に立つ担任のナダルが一振りの剣を注視させる。
「これは素剣といって聖剣の元になる原形だ。これからお前達は三年間片時も離さずこれを唯一無二の聖剣として完成させなければならない」
そうだ、とうとうやってきたのだ。
聖剣の所持イベントが。
聖剣は魔法使いにとって非常に重要な武具だ。己が才覚を明らかにするだけでなく、副次的に魔法の精度や威力を高める効果もあり、いわば剣の形をした杖なのである。加えて聖剣は身分証明書でもあり、素剣から成剣に成した者は自由に王都の外へ出ることが許可されている。
「素剣から成剣になるまでには個人差があり、一般的には早ければ早いほど才覚が高いと言われている。実際にそのような者達が多いのは事実だ。だが勘違いはするな。遅かろうが早かろうがそんなのは問題ではない。真面目に鍛練を積んだ者だけが一流になれるのだ。才能に踊らされるな。ありのままを受け入れ勉学に励め」
扉が開かれローブを着た大人達が続々と入室する。
彼らは一人一人に素剣を配り、終えると壁際へと控えた。
強力な聖剣は国家防衛の要だ。つまりあの大人達は有望な生徒を探せと王宮より送り込まれた調査役だ。
まぁ今はそんなのどうだっていい。
待ちに待った聖剣を手に入れる瞬間が来たのだ。
目の前にある素剣は白くシンプルなデザインをしている。
素剣を聖剣もとい成剣にするには魔力を流し込む必要がある。正確には生命力もだが。魔力と違い意識しなくとも勝手に吸収をしてくれるので、その辺りは考える必要はない。
「ちょーすげー聖剣を出すから期待してろよ! だっははは!」
お調子者のデンターが毎度のごとく大見得を張る。
ああ見えて一応貴族の家柄だ。属性も光と底抜けに明るい性格をよく表している。
ちなみに光属性は回復や浄化などに非常に優れたヒーラーである。
就職先もだいたい病院や軍の医療班、あとは冒険者ギルドが多いそうだ。
「僕も聖剣を・・・・・・」
テオも素剣を前にして緊張しているようだ。
柄を握れば嫌でも己の才能を知ることになるのだ。
ある意味、最も残酷な行いではないだろうか。
「ふぅ、緊張してしまいますね」
深呼吸を繰り返すセルシアも緊張の色が出ていた。
名家の娘としてのプレッシャーがのしかかっているのだろう。
俺も彼女と同様に名家の子供ではあるのだが、すでに見放されているので気負う気持ちは一切ない。
むしろわくわくが止まらない。これから世界に一つだけの俺だけの武器が生まれるんだ。最高の相棒との出会いと思えばときめきすら覚える。
「時間だ。全員柄を握って素剣に魔力を込めなさい」
素剣を握った俺は鞘から引き抜き魔力を注ぎ込んだ。
どうせなら土も星もどちらも使える聖剣にしたい。俺の膨大な魔力を活用できる最高の武器がほしい。来い、俺の剣。
素剣が虹色の光を放つ。
大人達の驚きの声が教室に響いた。
次の瞬間、一振りの剣を握りしめていた。
形状は両刃。片手剣ほどの長さに美しく磨き上げられた鉄色の刀身が光を鋭く反射していた。柄はシンプルなデザインだが使いやすそうで好感を抱いた。
「先ほどの虹色の光は何だったのだ。記録にない色だったぞ」
「しかし、なんとも地味な聖剣ではないか」
「他にも形成期間を経ず聖剣にした者達が数名いる。おおおお、あの者の剣は聖剣と呼ぶにふさわしいではないか」
大人達の興味は俺からすぐにテオへと移った。
なぜなら彼の生み出した聖剣は、純白の刀身をしており意匠も神々しく神聖な空気を纏っていた。
「これが、僕の聖剣」
テオは未だ現実味がないのか握る剣をただただ眺めていた。
その聖剣を俺はよく知っている。名は【銀霊剣】。四つの
ポテンシャルの高さはアーシュの炎牙剣の比ではない。
「次の奉剣十二士候補になるやもしれん」
「剣聖の再来か」
「平民なのが気に食わないな」
ざわつきは教室内の全てに波及する。
あれこれ予想や思惑を話し始める大人達へナダルが冷静になるよう促した。
「生徒の前です。場にそぐわぬお言葉はお控えを」
「失礼した。どうぞ続けて」
頷いたナダルはセルシアへと視線を向ける。
彼女もまた成剣へと至った者であった。
「セルシア・レインズ。君らしい実に良い剣だな」
「己の才に溺れぬよう努めるつもりです」
水属性を想起させる蒼く美しい細剣。
意匠も女性らしく繊細でありながら品があった。
同時に武器としての高いポテンシャルも備えているようであった。ただの細剣とは到底思えない妙な圧を放っていた。
またしても大人達はざわつき出す。
「レインズ様のご息女か。評判通りの才能のようだ。あの聖剣も並ではなかろうよ」
「実に興味深い。素剣授与で三人も成剣となったのは珍しいことである」
「スターフィールドの三男は出来損ないと訊く。発現こそ派手であったが現れた聖剣は華のない平凡なゴミであったな。あれでは性能も期待できん」
言いたい放題だな。貴族連中は美しさイコール強さと勘違いしている節があるからな。
俺みたいな地味な聖剣だと反応もあんなものだろうさ。
だが、持ち主である俺には分かる。
コイツは間違いなく強い。
地味なのは俺と同じく仮面を付けているからだ。
「せんせー、俺の剣はどうしてそのままなんですか」
「私の言葉をもう忘れたか。変化期間を経ず成剣になるのはごく僅か。大半は一年生から二年生の間に成剣を目指す。よく観察してみなさい。どこかに必ず変化があるはずだ」
「ありました! 柄の長さが三センチくらい長くなっていました!」
「そ、それは良かったな・・・・・・」
ポジティブモンスターかよ。柄が三センチ伸びたくらいで喜んでやがる。
クラスメイトのほとんどは何かしら大きな変化があったってのに。成剣になるのは二年生後半か下手すれば三年生になるかもな。
「それでは我々はこれにて」
「ご足労感謝いたします」
大人達はぞろぞろと教室から出て行く。
一人だけ意味深にテオをチラ見する男がいたが俺以外誰も気づいている者はいなかった。
◆
真っ赤な炎が踊る。壁に映し出されるのは敵を斬る影達。
建物には悲鳴が満ちていた。
明かりによって照らされる薄暗い通路には無数の死体が折り重なる。
「敵は残らず始末しなさい」
「キャットは指示だけですか?」
「私は司令塔ですので」
漆黒のコートを身に纏い猫のかぶり物をした女性が、カツカツと足音を鳴らしながら通路を突き進む。付き従うのは羊と竜のかぶり物をした二名の男女だ。
「貴様らこんなことをしてただでは済まないぞ!」
「この戦争を始めたのはお前達だ。因果応報。せいぜい地獄で後悔するのだな」
「ぎゃぁぁあああ!? 腕が!」
狼のかぶり物をした男が、全身鎧を身につけた男性の両腕をたやすく切り落とす。
両腕を失った男性は床に倒れのたうち回った。
「おのれ、偉大な方々さえ戻られれば貴様らごとき――」
「口数の多い敵だ。黙って死んでおけ」
ウルフは容赦なく剣を男へ突き立てた。
三名の気配に気がついた彼は剣を死体から引き抜き声をかけた。
「この先の牢で囚われている者達を発見した。残念ながら今回も手遅れだったようだ」
「始末は?」
「すでに終えている」
「では継続して敵の掃討にあたりなさい」
「承知した」
ウルフはその場から消えるように移動した。
三名はそのまま建物の最奥へと向かう。
「ここにいたのね。手間をかけさせないでもらいたいわ」
「なんとも往生際が悪い。毎度のことだけど呆れてしまうよ」
「今さら言っても仕方ないであろう。奴らは芯まで腐りきっておるからのぉ」
部屋の奥では複数の兵士に守られた指揮官がいた。
屈強な男達に守られる小太りの男は自らも剣を抜き抵抗の意思を固くしている。
「よ、よくも我らが拠点を! 何者だ! どこから派遣された!」
絨毯が敷かれたきらびやかな部屋。
壁には組織を表す蛇とフラスコの紋章が記されている。
三名は警戒もなく彼らとの距離を縮める。
「我らは『アニマル騎士団』。貴様らを根絶やしにすべく生み出された最強の抵抗組織だ」
「そうか、貴様らが最近暴れ回っているという連中だな。ぐふ、ぐふふふ、ならば僥倖だ。貴様らを始末できれば私の地位はさらに上がる。お前達やれ」
四人の兵士が一斉に魔法攻撃を仕掛ける。
羊のかぶり物をした男性が前に出ると見えない壁で防いでしまう。
「簡易障壁? 違う。それにしては強固すぎる」
「ぼーっとしていていいんですか。もう貴方一人だけですよ」
「なにを言って」
四人の兵士は魔法を放った後、断末魔を上げることなくばらばらになってしまった。
指揮官の男は未知の恐怖に後ずさりして壁際へ背を付けた。
「下がりなさいシープ」
「ではキャットにお任せいたしましょう」
キャットは男へ近づくと紅の目でのぞき込んだ。
「王国にある全ての拠点の場所を教えなさい。素直に吐けば楽に殺してあげる」
「誰が貴様らなんぞに。知っていても口を割るものか。私は全てを偉大な方々に捧げた忠実な眷属、たとえこの身が焼かれようと決して裏切りはしない」
「なら割るまで拷問するわ。ドラゴン」
竜のかぶり物をした女が懐から針を取り出す。
針は十五センチほどもあり鈍く光を反射していた。
「やめ、やめてくれ、私には妻と子が」
「さっさと吐けば無事に戻れるやもしれんの。どうじゃ話す気になったか」
「それは・・・・・・できない」
「ふむ、ではしかたがない」
ドラゴンの投げた針が男の肩に突き刺さる。
男は恐怖と痛みに泣き叫んだ。
「わかった話す! 教えるから助けて!」
「なんじゃもう限界か」
男は自身が知りうる全ての情報を吐き出した。
「ふむふむ、なるほどのぉ」
「約束は守ったぞ! 命だけは――」
男の頭部が床に転がる。
キャットは糸を巻き取り背を向けた。
「もう用はありません。戻りますよ」
「暴れたりんのぉ。血肉沸き立つバトルを期待してきたのじゃが」
「僕は逆に安心してますよ。敵が弱ければ辺り構わず破壊される心配もありませんからね。被害も最小限に抑えられますし後処理も楽ですから」
「相変わらずお主はのほほんとしておるの。我らの中で一番残酷な男のくせに」
「心外です。僕ほど優しさに溢れた者はいませんよ?」
ドラゴンとシープは騒がしくキャットの後ろをついて行く。
彼女達の歩いた道には無数の死体が転がっていた。
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