七話 えっちだからです
俺達を待っていたのは生徒会長と担任であった。
「闘技場の無断使用、生徒同士による無許可の戦闘行為、さらにアーシュの聖剣使用、他にも数点の違反が確認されている。お前達何か言い訳はあるか?」
「ありません」
「ないです」
「ちっ、ありません」
テオ、俺、アーシュは並んで生徒会長アデリーナ・アグニスに返事をする。
現生徒会長は品行方正にして他人にも自身にも厳しいと訊く。そのような相手に言い訳をしたところでどうせさらに減点されるだけだ。第一あれだけギャラリーがいては誤魔化す余地などほとんどない。
同席する担任のナダルが怒りも隠さずさらに責め立てる。
「まったく入学早々に問題を起こすなんて。君達にはあれほど釘を刺しておいただろう。それとも名家の貴族だからって何でも許されると勘違いしていたか? どうなんだウィル・スターフィールド」
「大変反省しております。以後気をつけます」
「テオドール。君は平民だが優秀で賢い生徒だと私は思っていたのだけれどね。どうして止められなかったのだ。一緒になって暴れるなんて君には失望した」
「申し訳ありませんでした」
「最後に君だ。アーシュ。喧嘩をふっかけるだけでなく生徒同士のいざこざに聖剣を使用するなど言語道断だ。神聖な学び舎を血で染めるつもりか」
「・・・・・・っつ」
アーシュは無言で拳を握りしめる。
さらにナダルは後方へ視線を向けた。
そこにはアーシュに協力したハッチとポティーニが立たされていた。
「アーシュ君と君達の関係は把握している。時として主人を諫めるのも仕える者の役目ではないか。ただ流されていては彼も君達も一流の魔法使いにはなれないぞ」
「はい、」
「反省してます」
なおもナダルの怒りは収まらないようであった。
再び俺の前に来て口を開こうとしたところでアデリーナから助け船が出された。
「どうか落ち着いてくださいナダル先生。彼らも反省しているようですし幸い大けがをした者もおりません。すでに学長からは今回の件は特別に不問にするとのお言葉を貰っております」
「まだまだ言い足りないがこのくらいにしておくとしよう」
俺達は小さく息を漏らし安堵する。
これ以上説教が続くようであれば窓を突き破って逃げ出していたところだ。
生徒会長の豪華な椅子に座るアデリーナは「もう良いぞ下がれ。ナダル先生もお戻りください」と会長室からの退室を促した。
「スターフィールドは残れ。話がある」
「げ」
「なんだその反応は。私と一対一で話をする権利を与えてやるのだぞ。もっと喜べ」
会話の内容はすでに予想が付いている。
だからこそ嫌なんだよ。
俺を除いた全員が退室したところでアデリーナは席を立つ。
眼前にやってくると俺の顔をじっと眺める。
こうして間近で見ると恐ろしいくらい美人だ。
「剣は誰に習った?」
「スターフィールド家に仕えている騎士から」
「なるほど。そのものはよほど腕が立つようだ」
「そうでしょうか? 俺はご覧いただいたとおりの弱い男ですが」
「アーシュの攻撃をたやすく捌ききってそう言い放つとはな」
バレテーラ。
くそっ、やっぱり見られてたか。
彼女は微笑む。
「追求するつもりはない。しかし、あれだけの技術を持ちながらなぜアーシュを倒さなかった。お前ならできたはずだ」
「買いかぶりすぎです。俺はあいつの攻撃を防ぐしかできなかった。【
「たまたま、ね。どうしても実力を隠さなければならない事情があるようだな。ならあえてこのことは私とお前だけの秘密として伏せておこう」
あー、嫌な感じがプンプンする。
早く逃げ出さないと。
「話はおわりですね。じゃ」
「待て」
がしっと肩を掴まれた。
「定期的に私の頼み事を訊いてくれるのなら黙っておいてやる。なぁに、難しいお願いはしないつもりだ」
「性格悪いって言われません?」
「まったく。知人には良い性格だと褒められているぞ」
「それ皮肉ですよ」
案の定か。まったく面倒なことになった。
ゲームではこんなの一切なかったんだけどな。
生徒会長はほとんどストーリーに絡んでこなかったからどういった人物なのかいまいち掴みきれない。
「用は済んだ。出て行け」
「失礼しました」
軽く一礼して部屋を出る。
「ウィル!」
「待ってたのか」
生徒会長室を出るとテオが駆け寄ってきた。
他にも数人のクラスメイトが顔をそろえている。
その中にメインヒロインであるセルシアの姿もあった。
「すげぇじゃんウィル。あのアーシュとやりなうなんて見直したぜ」
「あ、ああ」
なれなれしく肩を組んでくる男子生徒に戸惑う。
肩を組むのは別にかまわないのだが、こいつが誰だか思い出せないのだ。
「貴方、本気を出していましたか?」
真正面から問いかけてくるのはセルシア・レインズだ。
ぶれないまなざしは可憐でありながら力強い印象を受ける。
生徒会長に続き彼女も俺の実力を疑っているのか。
だが、彼女はまだ疑念に留まっている。押し通すのは簡単だ。
「精一杯戦ってあの結果です。セルシア様のような方からすれば俺みたいな無能は手を抜いているように感じるのでしょうね」
「そうではなく、私はただ・・・・・・」
「ウィルは決して手は抜いておりません。それは共に戦った僕が保証いたします。彼は本気で戦い抗ったのです。彼の勇気を汚さないでいただきたい」
庇うように前に出たのはテオだった。
セルシアははっとした様子で俺へ謝罪をする。
「無礼でしたね。結果はどうあれ戦った者を侮辱するような発言をするべきではありませんでした。心からの謝罪を。どうかお許しください」
「別に怒っていませんよ。クラスメイトですし堅苦しい呼び方はよしませんか」
「ではスターフィールドさんと」
「ウィルでいいです」
「でしたら私のこともセルシアとお呼びください。言葉遣いもかしこまらず普段通りでお願いします。私達は共に学ぶクラスメイトなのですから」
セルシアと呼ぶと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
◇
日が暮れ始めた放課後。
俺は単身で学院を出ると人気のない路地裏に入った。
さらにその先にある地下水路へと続く階段を下る。
水路に沿ってしばらく歩くと人影と出会う。
「お待ちしておりました。マスター」
「報告をしてくれ」
「ご命令通り王都に点在する敵拠点を着々と片付けております。所感ですが六割は潰したかと。負傷した者もおらずこれ以上にないほど順調です」
襟の立った黒いコートに猫のかぶり物をした女性が俺に跪く。
薄暗い通路で紅の眼が上目気味にこちらを覗いていた。
彼女達は俺が不在の間、ひたすら与えた命令を実行し続けていた。
『重要度の低い敵拠点を割り出し潰せ』
目下最大の敵である【混沌ノ知恵】はいわゆる秘密組織だ。
奴らの目的はレティシア王国を骨抜きにし支配下に置くことである。
すでに我が国には敵の拠点が無数に存在しており、中でも王都は飛び抜けて数が多い敵のベッドタウンと化していた。
奴らは裏のその裏に潜み着実にこの国への影響力を強め芯を腐らせようとしている。今のところは表だって影響は出ていないがいずれそうなるだろう。全てを知る俺は早い段階から敵戦力のそぎ落としを始めていた。
「捕まっていた人間はどうした」
「今のところ生存はゼロです。何らかの人体実験に使われたらしくゴミのように大量の死体が捨てられておりました」
「そうか。引き続き頼む」
「かしこまりました」
彼女は恭しく頭を垂れる。
しかし、正体を隠すためとはいえなぜ猫なのだろうか。
配下達の趣味は俺にはわからないな。
「一つご報告が。どうやらマスターの通う学内に幹部と思わしき人物が潜伏しているようです。もしご許可がいただけるのならこちらで処理いたしますが」
「ああ、そいつは放っておいてくれ。まだ必要だからな」
「ご存じでしたか。さすがは我らが指導者」
彼女はキラキラとした眼で俺を見上げる。
にじませる空気も歓喜を含んでいた。
何度も周回したゲームだ。当然ながら登場した全ての敵は記憶している。
とある事情からその人物をいま始末するのは難しかった。
「シープはお役に立てているでしょうか」
不意の質問に誰が誰だったのかを思い出そうとする。
シープはあいつだったか。
「顔を合わせていないな。いずれどこかのタイミングで声をかけるつもりではあったんだが、まだ入学して数日だしな。バニーの方も今のところ機会がないな」
「シープはともかく彼女にはお会いにならない方がよろしいかと」
「なぜだ?」
「えっちだからです」
「・・・・・・」
何を言っているんだこいつは。
えっちがどうとか計画に一切関係ないだろ。
だが、ここはとりあえず助言を受け入れておこう。キャットは次点の司令塔でありメンバーのまとめ役だ。機嫌を損ねるのは今後を考えると得策ではない。
「できる限り会わないようにする」
「ありがとうございます」
彼女は一礼すると、コートを翻し反対の方向へと去って行った。
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明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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