六話 炎の魔法使い
アーシュの引き抜いた片手剣が炎に包まれる。
荒ぶる炎は周囲をじりじりと焦がしていた。
「自慢の炎牙剣だ。熱の牙でかみちぎってやるよ」
「我らがいるのを忘れるな」
「アーシュ様の敵は我々の敵」
取り巻きの二人は、聖剣を所持していないのか鉄の剣を抜く。
素剣は作成方法が秘匿されていて貴族といえど簡単には入手はできない。下級貴族程度なら入学後に初めて触れる者も多いだろう。だからこそ上流階級であるにもかかわらず所持していない俺が目立つ。
俺もテオも戦闘に備えて剣を抜いた。
「やれそうかいウィル」
「微塵も勝てる気がしないな」
「そうなの!?」
「ああ、特に今日はすこぶる調子が悪い。だが心配するな。俺は負けると思うが君は遠慮なく勝てば良い。アーシュの言うとおり俺は弱いからな」
「だ、だったらあの二人を倒して加勢するよ。それまで持ちこたえてほしい」
「無駄話はそれまでだ。ハッチ、ポティーニ、平民の相手をしてやれ。俺はウィル・スターフィールドと直接やる」
戦いが開始される。
俺とテオは石柱を壁にしつつ左右に分かれ、アーシュは俺の方に、取り巻きの二人はテオの方を追いかけ始める。
打ち合う剣と剣。俺とアーシュは苛烈にせめぎ合う。
「剣はまともに扱えるみたいだな。一瞬でケリがついちゃ萎えてたところだぜ」
「そこそこ鍛えてるからな。だけど安心したよ予想に違わぬ雑魚でさ。これなら俺でも勝てそうだ」
「ああ?」
剣を交えながら相手の機嫌を逆なでする。
俺の敗北は既定路線だ。
ただ、負けるとしても秒殺はあまりに芸がない。
できれば派手に倒されたいところだ。
とはいえ冷静なまま打ち合ってもアーシュは特大技を繰り出しては来ないだろう。だから単純で直情的なこいつの性格を利用することにした。
「燃やす。ぜってー燃やす。インフェルノブロウ!」
「っと」
アーシュの炎牙剣から炎が吹き出す。
まともに受けるのは危険と判断し石柱の陰へと飛び込んだ。
真っ赤な炎が地面を這うように流れ、気温は上昇し熱がじりじり皮膚を炙る。
逆上しているとは言え大技をあっさり出すとはな。保有魔力量がよほど豊富なのかペースを読み違えているのか。もし後者ならガス欠を心配しなくちゃならない。
で、テオの方は・・・・・・予想通り彼は強いな。
「攻めきれないだと!? どうなっている!?」
「貴族ですらない奴が我らの剣を! なんて生意気な!」
「戦いに身分なんて関係ないよ。やるかやられるか、それだけだ。だけどできれば矛を収めてほしいかな。無益な争いは好まないんだ」
二人を相手にテオは無駄がない動きで捌き続けていた。
前後を挟まれても石柱を足場に逃れてしまう。周囲の環境を利用した変則的ながら正統派の戦い方だ。説得に応じない二人に業を煮やしたのかテオは、一人を柄頭による打撃で気絶させ一対一に持ち込む。
「貴様ハッチを、平民のくせに!」
「気絶させただけさ」
「これならどうだ! エアロクロー!」
風の爪が地面を削りながらテオに迫る。
だが、彼は退くことなく正面から魔法を放った。
「ウィンドシールド」
テオの前に張られた風の壁は爪を弾く。
ポティーニは防がれるとは考えもしなかったようでしばし呆然とする。
「貴様、風使いだったのか」
「違うよ。僕は風の魔法使いじゃない」
「たった今、目の前で使っただろ」
「ああ、そっか。やっぱりそういう反応になるのか。訂正するよ」
テオの周囲に四つの属性魔力が渦を巻く。
火・水・風・土の属性を含んだ魔力は、闘技場にいる全ての魔法使いに否応なく差を自覚させる。
「僕は四属性持ちなんだ」
「クワッドマジシャン、だと?」
会場にいる全ての人間が動揺しざわつく。
属性は一人一つが常識だ。稀に二つの属性を持つ者が現れるが本当に稀だ。二つ持ちなら宮廷魔法使いは確実と言われるほど稀少なのである。四つ持ちともなればその価値は計り知れない。
だがまぁそこはテオだからで片付けられる。彼はこの物語の主人公だ。特別な力を持って生まれた特別な存在。俺とは違う。
おや、炎が途切れた。
石柱の陰から覗くとアーシュは動揺していた。
顔は青ざめテオの魔力に後ずさりする。
「ポティーニ、必ずそいつを倒せ!」
「は、はい!」
ようやく気がついたか。
自分がどういった存在を相手にしているのか。
さて、俺は俺でやるべきことを果たさないと。
「まさかクアッドマジシャンだと分かって怖じ気づいたか。アーシュ」
「ちっ、デカいツラしてでてきてんじゃねぇよ。てめぇが追い込まれてんのは変わらねぇ」
「早く俺を倒さないとテオドールが駆けつけるぞ。負け犬になりたいのか? ほらほらもったいぶらずに出せよ。とっておきがあるんだろ」
「てっめぇ! 上等じゃねぇか!」
俺達は再び剣を交える。
聖剣が厄介なのは固有の特殊技があるからだ。
おそらく先ほどのインフェルノブロウはただの魔法。固有技の発動には必ず青い光が身体から発せられる。奴はまだ本気を出していない。
しかし、本当にとろくて隙だらけだな。
力みすぎだし魔力と武器の性能に引っ張られている。何より剣に殺意が感じられない。こいつ今まで敵を殺したことあるのか? 狙っているのも腕や脚ばかりだしちゃんと首を狙えよ。
小技では攻めきれないと判断したのか、アーシュは飛び下がって新たな構えを取る。
「そこまで言うなら見せてやる! 俺の奥義を!!」
来た。バーニングファングだ。
攻撃速度を爆発的に上昇させ二連撃をたたき込むアーシュの必殺技。
序盤にもかかわらず妙に攻撃力が高く一撃でも喰らうと瀕死にさせられた初見殺し。こいつを受ければ良い感じで負けることができる。
だが、直撃はさすがにまずい。入学早々医務室送りにはされたくないからな。
アーシュの全身を青い光が覆う。炎牙剣が輝き踏み込んだアーシュは先ほどとは段違いの速度で肉薄した。
一撃目を剣で受け流し、二撃目を魔法障壁を張りつつ剣の腹で受け止める。
ずががががが。ずん。
俺は闘技場の壁へ弾き飛ばされた。
「ははは、ざまぁねぇ!」
アーシュが嬉しそうに騒いでいる。
実際は無傷だが、ここでは大ダメージを演出しなくてはならない。備えあれば憂いなし。こんなこともあろうかと準備はしておいた。
ポケットから小さな袋を取り出し口の中へ投げ入れる。
ふらつく足でなんとか立ち上がりつつ、力が入らず膝を突く演技をした。
「まだだ、まだやれる・・・・・・げぼっ!」
俺はあからさまにびちゃびちゃと吐血した。
「ウィル!」
ポティーニを倒し駆けつけたテオは不安そうな表情だ。
俺はさらに血をぼたぼた吐いて雑魚っぷりを刻みつけてやる。
どうだ弱いだろう。頼りたくなくなってきただろう。
死なせたくないなら親友にするのは諦めてくれ。
「俺の問題なのに君を巻き込んでしまった。アーシュを倒せるくらい強ければこんなことには。俺の為に傷つく必要はないもう下がってくれ」
「君は充分強いよ。だって自ら強敵に立ち向かったじゃないか。君はここで休んでてくれ。後は僕がやるよ」
背を向けたテオの背後でにやりとする。
これでもうテオは俺に頼ろうとは思わないだろう。
親友ポジも身近な別の誰かにシフトするはずだ。悪いなテオ。俺は第二の人生を謳歌したいんだよ。絶対に庇って死んでやるものか。
「行くぞアーシュ」
「ぶち殺してやるよ平民」
互いに剣を構える。
が、緊迫した空気をとある人物が打ち壊した。
ばかな。なぜこのタイミングで乱入を!?
「そこまでだ。これ以上無許可で争うならば処罰する」
テオとアーシュの間に割って入ったのは赤毛の女性だった。
腰には一振りの見事な剣を帯びており、凜とした品のある立ち姿と鋭い眼光は周囲を圧する。なにより全身からほとばしる濃密な魔力はそこらの魔法使いとは格が違った。
布の上からでも分かるメロンサイズの胸と細い腰、スカートからすらりと伸びる長い脚は別の意味でも目を引きつける。
「だれだてめぇ! 決闘の邪魔をすんな!」
「では尋ねるがその決闘とやらは誰が許可したのだ。生徒会長である私が把握していないなんてずいぶんおかしな話だな。ぜひとも許可した者の名を訊かせて貰おうではないか。場合によっては謝罪もしてやらんでもない」
「ちっ・・・・・・よりにもよって生徒会長かよ」
「どうした言えないのか? ん?」
言葉に詰まったアーシュは何を思ったのか殺気を彼女へ向けた。
彼が踏み出そうとした直後、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が走る。亀裂の間からは赤い高温の光が漏れていて脅しとばかりに周囲にすさまじい魔力が荒れ狂う。
「俺を超える火の魔力、だと?」
「私の名はアデリーナ・アグニス。生徒会長であり火の名家アグニス家の長女である。挑戦するつもりならもっと鍛えてからにしておくのだな」
アデリーナは小物になど用はないとばかりに、アーシュに背を向けテオの方へと歩み寄る。
「僕はテオ――」
「貴様に興味はない」
彼女はテオの横を通り過ぎ俺の方へとやってきた。
アデリーナの乱入は本来なら決着が付いた後だった。
俺が知る展開と違う。やはり全てがゲームと同じ訳ではないようだ。
「貴様、名はなんだ?」
「ウィル・スターフィールドです」
彼女は俺をじろじろ眺める。
「あの、俺に何か?」
「面白い。貴様の名、記憶に留めておこう」
「はぁ?」
アデリーナ・アグニスは玩具を見つけた子供のように鋭く口角を上げた。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて本年の更新は終了です。来年もどうかよろしくお願いいたします。
それでは良いお年を(^^)/
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