五話 ウィンスタン魔法学院

 

 入学式を終えた俺は早々に実力試験への参加を指示された。


 一般試験を経て入学する平民と違い、貴族は入学後に実力を測るのが通例だ。といっても攻撃魔法を的に当てるだけの簡単なテストだ。ここで悪い評価をつけられても退学になることはない。


「次、フラウス・アウヴィッシュ」

「はい」


 名を呼ばれた少年が10メートル先の的に風魔法を当てる。

 しかし、放ったエアロボールは僅かに的を外してしまった。


 あんなものなのか? 手を抜いているとか?

 威力も弱いし命中精度もひどいものだ。


「次、セルシア・レインズ」

「的に当てればよろしいのですね」


 水色の長髪の少女が前に出る。

 はっとするような可愛らしく美しい顔立ちに15とは思えないほどの抜群のスタイル。その姿はどこか品を感じさせこの場にいる全員の目を釘付けにした。


 レインズと言えば公爵の家柄だ。水属性の名家として名をはせ、一族の大半が何らかの高い役職を与えられている。名家の中の名家。スターフィールド家もなかなかの家柄であるがレインズ家ほどではない。間違いなく格上だ。


 そして、彼女こそ主人公と結ばれる本編のメインヒロインである。


「水の球を成して敵を射たん、アクアボール」


 どこからともなく水が出現し彼女の前で球体となる。

 同時に肉体から放出される魔力は魔法使いなら一目で総量を推して測れるであろう。規格外の膨大な魔力量、生徒だけでなく教師ですら気圧されていた。


 水球は一瞬で正確に的に命中し吹き飛ばした。


 最下級の魔法であの威力だ。非凡な才があるのは明らかである。

 全員が静まりかえる中で俺は拍手をした。


 遅れて生徒と教師が拍手を始める。


「ありがとございます」


 彼女は一礼し下がった。


「次、ウィル・スターフィールド」

「はい」


 いよいよ俺の番か。

 もちろんほどほどの結果にするつもりだ。

 俺の学院での目標は目立たず穏便に学生生活をおくることだ。スターフィールドの名を汚さない程度に頑張ればそれでいい。


 星属性ではなく土属性で小石を創り出す。

 生徒達はクスクスと笑い始めた。


「あいつ土属性みたいだぜ」

「スターフィールドって言えば風だろ。出来損ないが入学したって噂は本当だったのか」

「魔力量が乏しくて魔法も満足に使えないらしいぜ。あれで精一杯なんだろ」


 出力は最低レベルだ。狙いは的の中心。


「ロックボール」


 小石は投げた程度の速度で的の中心へと命中した。

 直後に嘲笑が起こる。


 そんな中で一人だけ拍手をする者がいた。


「貴方は素晴らしい土使いのようですね。的の真芯を正確に撃つなんて私にもできません。さすがはスターフィールドのご子息です」

「お褒めいただき恐縮です。先ほどのセルシア様の魔法も見事でした」

「ありがとうございます」


 微笑む彼女に一礼する。


 うーん、適当にやったのに褒められてしまった。



 ◇



 教室内は浮かれる生徒達で溢れている。

 すでに仲の良いグループでもできていて貴族らしい社交的な会話が交わされていた。


 そんな中で俺はぼっちだった。


「おかしい。どうして誰も話しかけてこないんだ。俺だって貴族なのに」


 席を立つと近くにいる女子に声をかける。


「なぁ、俺と友達にならないか?」

「ひぃ」


 二人の女子は俺の顔を見るなり逃げ出す。


 どうして。なぜなんだ。

 俺はただ友達になりたかっただけなのに。


「そんな怖い顔をしていたら誰だって逃げるさ」

「・・・・・・君か」

「列車以来だね。同じクラスになるなんて驚いたよ」


 爽やかな笑顔でテオは俺に近づく。

 くっ、こいつ本当に驚くほどイケメンだな。

 なんか腹が立ってくる。


 前々から感じていたがこの世界は美男美女率が高すぎる。どうしてこう俺に優しくないんだ。不公平すぎやしないか。平凡フェイスの俺じゃあ子孫を残せないじゃないか。


「屋敷では同年代の女性と接する機会はなかったからな。つい力んでしまった」

「意外だね。貴族だから手慣れているものだと思ってたよ」

「普通はそうなんだろうな。俺は出来が悪すぎて外に出してもらえなかった。そういう君はずいぶんと慣れているようだが」

「そんなことないよ。故郷には同年代の子もいなかったし異性ともほとんど接する機会がなかったからね。父さんと二人暮らしだったんだ」


 もちろん知っているさ。

 血の繋がらない老人に拾われ育てられたんだろ。

 住まいも人里離れた山奥で父親以外とほとんど人と接したことがない。


 それでこの人当たりの良さは反則ではないか。

 顔も良いし頭も良く腕も立つ。すでに大半の女子が彼を恋人候補としてリストアップしているのを俺は察している。身分の壁さえなければ女子が押し寄せていただろう。


「ところでウィルはもう闘技場は見学したかい?」

「まだだ」

「じゃあ午後から一緒に――」


 会話の途中でふらりと三人の男子が俺の元にやってくる。

 その中で赤毛の男が割って入ってきた。


「訊いたぜ。お前あのスターフィールドだそうじゃねぇか。名家のお坊ちゃんはさぞおつよいんだろうなぁ。ちょっとばかしツラ貸せや」

「・・・・・・誰だっけ?」

「ダリス家のアーシュだ!」


 ダリスは火属性の家柄だったな。

 火の名家アグニス家に数段劣るが決して無能ではない。事実アグニスが現れるまで火の名家はダリスであった。格落ちした過去から現在の名家を憎んでいるのは想像に難くない。


「君達の事情は僕には分からないけど無益な争いはやめるべきだ」

「うるせえ。平民がでしゃばんな」


 アーシュはテオを突き飛ばす。

 尻餅をついた彼に向かってアーシュは「平民は平民らしく這いつくばっていればいいんだよ」と吐き捨てるように言葉を投げた。


 こいつ、テオを。


 努力家で優しくて正義感が強くておじいちゃん子のテオを突き飛ばしやがった。

 ウィルが死んだ時、彼がどれほど悲しんだのかお前は知らないだろう。再起して敵に立ち向かうまでにどれほど迷いを抱えたのかも。

 お前が手を出していい相手じゃないんだよ。殺すぞ。


「アーシュさん、こいつなんかやばいっすよ」

「うるせぇ黙ってろ。ツラを貸すのか貸さねぇのかどうすんだ」

「スターフィールドの三男が尻尾を巻いて逃げたと風潮されては困るからな。ついて行ってやる」


 席を立つとテオが慌てて立ち上がった。


「だったら僕も行く。三対一は卑怯だ」

「好きにしな。だが、参加する以上てめぇも無事で帰れると思うなよ」

「参加、だって?」

「これからやるのは聖剣での決闘だ」


 そう、このイベントはよく覚えている。

 初めてテオとウィルが協力して敵を倒す学内戦闘だ。この戦いでウィルは力が認められ頼れる友となるのである。以後、運命の日までウィルとテオは共に行動し続ける。


 ちなみにテオの勝利はすでに確定している。


 なんせ彼はに育てられた天才魔法使いだ。剣も魔法も一年生レベルを遙かに超えていてアーシュ程度じゃ相手にすらならない。


 ここで重要なのは俺がどれだけ醜態をさらすかだ。テオに見所アリと見込まれてしまうと確実に相棒の座をほしいままにしてしまうだろう。結果的に勝つとしても俺個人の勝敗は負けでなければならない。それも圧倒的差での敗北だ。


 アーシュ良かったな。俺が相手で。



 ◇



 重い扉を開き闘技場へと踏み出す。

 無数の石柱が並ぶこの闘技場は学院の名物の一つだ。


 石柱の高さはおよそ10メートル。等間隔に並びまるで巨大な檻のようだ。


「これが闘技場! ついに俺は自身の足で!」

「落ち着きなよ。なんでそんなにハイテンションなの?」


 興奮する俺にテオは呆れている。

 彼にはわからないだろうこの俺の感動が。この闘技場は数多くの名シーンを生み出した場所だ。聖地巡礼どころの話ではない。天界巡礼だ。夢見た本物の大地を俺は踏みしめている。


「遅かったな。びびって逃げ出すかと思ったぜ」


 剣を携えたアーシュと取り巻きの二人が待ちくたびれたようにいた。


 そりゃあ逃げ出せるなら逃げ出したいさ。戦いなんて面倒でしかないからな。だが、貴族の息子として挑まれた勝負から逃げ出すなんてことはできない。できるならこのタイミングに俺が弱いって印象づけなきゃならないしな。

 使えない役立たずとなった俺は死亡イベントまでにモブ化しフェードアウト、あとは陰からテオを助けつつ俺は生存ルートに入る。まさに最高の計画。


 故に俺は負ける。ここで盛大に華々しく負けるのである。


「僕らはまだ素剣を貰っていない。聖剣での決闘は不可能だ」

「これだから平民は。貴族は幼い頃から素剣を与えられて一緒に育つんだよ。お前らが剣を育て始める頃にはすでに完成した聖剣が手元にあるんだよ。まさかだと思うが貴族のてめぇが聖剣を持ってないってことはねぇよな? ウィル・スターフィールド」


 あ、そうかそうだった。

 ウィルは聖剣コンプレックス持ちでもあったな。


 アーシュの言ったとおり貴族の子息は『素剣』と呼ばれる特殊な武器を与えられて育つ。この素剣は所有者の魔力と生命力を吸収しながら育ち完成形の聖剣へと至る。


 そして、生み出されるのが唯一無二の武器だ。


 持ち主の資質が高ければ高いほど強力な武具となる。この国に残される伝説の武器の大半は歴史に名を残す者達の聖剣なのである。


 話を元に戻すが、貴族の子息にとって聖剣の有無、その性能は内外の評価の対象となる。所有者にとっては自慢の種であり、外の者達にとってはその才能を一目で理解できるのである。

 しかし、ウィル・スターフィールド――俺は才のなさから素剣を与えられなかった。


 結果、ウィルはコンプレックスをこじらせた。


 コンプレックスが解消するのは死亡イベだ。

 素剣が聖剣となり彼の本当の才能が明らかになったところで早すぎる死を迎える。涙なしでは語れないテオとウィルの友情の物語。


 しかし、コンプレックスを抱えているのはあくまで作中のウィルで俺のことではない。それどころかつい最近まで聖剣の聖の字すら忘れていた。


「持ってないな」

「なんだよそれ。名家のお坊ちゃんが聖剣も持っていないとかどんだけだよ。やっぱ噂は本当だったんだな。スターフィールドの三男は魔法使いの才能がないって」


 抜剣したテオは一瞬で切っ先をアーシュの喉元へ突きつけた。

 反応できなかったアーシュは冷や汗を流した。


「訂正しろ。さもなければ僕が許さない」

「嫌だね。認めるか認めないかは決闘の勝敗で決まる。すでに沢山のギャラリーが集まっているんだ。中止にすればどんな噂を立てられるかな」

「っっ!」


 観客席では話を聞きつけた生徒がぞろぞろ集まっていた。

 入学早々の決闘を面白いと思う生徒は多い。この学院は学力だけでなく戦闘力も評価対象だ。ライバルの実力を調べるのはごくごく当たり前のことなのである。


「始めようぜ決闘を。格の違いってものを教えてやるよ」


 アーシュの抜いた剣は炎に包まれた。

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