四話 始まりの汽笛が鳴らされる
本編開始まで残り一年と数ヶ月――。
月夜が照らす森の中で五人の男女が静かにたたずむ。
いずれも襟を立てた黒いコートに動物をもしたかぶり物をかぶっていた。
周囲には魔物の死体が散乱しており、どの個体も彼らの身長を大きく上回る怪物であった。
「あらかた刈り尽くしたようですね。次からはもう少し強い魔物を探さなくては」
羊のかぶり物をした青年が静かな声で淡々と告げる。
反応したのは剣を握る竜のかぶり物をした少女であった。
「これ以上となると遠出をせねばならぬのではないか。長旅は嫌いじゃ。おい、キャット。ひとっ走りいってよさげな大物を妾のところに連れてこい」
「私は貴女の召し使いではありません。むしろ立場的には私の方が上です」
「序列なんぞに興味はない。なぜなら妾がマスターの次に最強だからじゃ」
キャットと呼ばれた猫のかぶり物をした少女は嘆息する。
かぶり物からは白銀の長い髪が露出しており、宝石のような紅の目が月夜の闇に輝いていた。
彼らの会話を聞く俺は、ひょっとこのお面を付けて佇んでいた。
ちなみにお面はお手製だ。彼らと違い正体を隠せればそれでいいのでかぶり物に特にこだわりはない。まぁ気分次第だ。
俺は近くにいる狼のかぶり物をした青年へ話しかけた。
「ウルフ。そっちはどうだ」
「順調です。すでに目標とするラインは超えております」
「ならいい。引き続き配置を頼む」
「御意」
兎のかぶり物をした妖艶な女性が退屈そうにあくびをする。
「マスターは魔法学院に入学するのよね?」
「その予定だ」
「ふふ、楽しみね。たっぷり可愛がってあげるから」
「バニー!」
「少しくらいいいじゃない。キャットだって同じ立場なら同じことを考えるでしょ」
「そ、そんなことは」
バニーからの思わぬ反撃にキャットはあからさまに目をそらした。
この五人は俺が手ずから育てた精鋭中の精鋭。
キャットをトップとし下にシープ、ドラゴン、ウルフ、バニーが名を連ねている。もちろんだが本名ではない。コードネームのようなものだ。
彼らのさらに上、頂点に立つのがマスターであるこの俺だ。
「キャット」
「はい」
キャットは銀髪を揺らし恭しく片膝を突く。
それにならい他の四人も同様に片膝を突いて頭を垂れた。
「間もなく奴らとの戦いが始まる。待ち望んでいた復讐を遂げるときだ。死を恐れるならば俺の元から去れ。だが、覚悟があるなら最後までついてこい」
「マスターの指し示す未来こそが我らの希望。答えはすでに出ております」
五人の目に迷いは一切なかった。
◇
本編開始まで残り0日――。
15歳を迎えた数日後。
俺は大きなバッグを片手に駅のホームに立っていた。
ちらほらと同じように腰に剣を帯び荷物を携える制服姿の男女を見かけた。
青を基調としたウィンスタン魔法学院の制服だ。
俺も真新しい制服に身を包んでおり腰には愛用の剣を装備している。
本編の舞台となるのは王都にあるウィンスタン魔法学院である。
入学者の大半は貴族だ。一応平民でも入学は可能らしいけどよほどのコネか才能がないと難しいらしい。
俺の場合、親が侯爵なので何をしなくとも勝手に進級して卒業だ。
よほどの問題を起こさなければ、だが。
ぼぉおおおおおお。
遠くから汽笛が鳴らされる。
線路を走るのは機関車のような魔導列車だ。
この世界の文明は結構進んでいる。
製紙技術も印刷技術もあるし電話のような通信機器も存在している。プロペラやジェットを必要としない飛行船も普通に運行している。なのに自動車はない。このなんともちぐはぐな理由は魔素や魔力である。蒸気や電気では数世紀かかる技術革新を魔法は容易に実現してしまった。
故に一部では地球に劣り一部では地球に勝る奇妙な文明ができあがったのである。
一応、滅んだ先史文明の影響もあるらしいけどその辺りは作中でも資料集でも詳細はなかったので不明だ。没になったシナリオの中に絡んだ話があったのだろうか。それともDLCで後々出すつもりだったとか。
魔導列車がホームに到着しドアが開けられる。
俺は乗り込むと適当に窓際の席に腰を下ろした。
それから持ってきていた本を開き旅が終わるまでの時間を潰すことにする。
「隣いいかな?」
不意に声をかけられ目線をあげた。
すでに列車は走り出して数時間。つい先ほどどこかのホームに止まった気がする。その時に乗り込んできた乗客だろう。俺と同じく青い制服を着た少年がすぐ傍で立っていた。
こ、こいつは――。
「どうぞ」
「ありがとう」
金髪の穏やかな雰囲気を発する少年は荷物を頭上の棚に載せ、対面の席に腰を下ろす。
俺は無意識に彼の顔をじっと観察していた。
「僕の顔に何か付いてる?」
「いや、知り合いに似ていたからついな」
「その制服、ウィンスタン魔法学院の入学者だよね。よろしく」
「・・・・・・・・・・・・」
差し出された手に俺は目を細める。
数拍遅れて笑顔で握手をした。
「ウィル・スターフィールドだ」
「僕はテオドール・ウィリアムズ。気軽にテオって呼んでよ」
「じゃあ遠慮なく。俺のことはウィルと呼んでくれ」
無難に挨拶を交わす。
内心で俺はド緊張していた。
当然だ。テオはこの物語の主人公なのだから。
憧れの超有名人に会えたような気がして平静を装うので精一杯だ。
しかし、列車での遭遇イベなんてあっただろうか? 一緒の列車に乗っていたってのはどこかの台詞で観た記憶があるけど。
「もしかしてスターフィールドってあの? 貴族様じゃないか」
「気にしないでくれ。家や身分で持ち上げられるのは苦手なんだ」
「そうなんだ。失礼したんじゃないかと少し肝が冷えたよ」
「他の貴族がどうかはわからないけど俺はこの程度で気分を害したりしないさ。むしろクラスメイトになりそうな相手と早々に交流ができたのは運が良かった。ひとりぼっちで入学するのは寂しいからな」
「僕も同じ気持ちだ。君に会えて良かったよ」
ここに至るまでにある程度の方針は決めていた。
ほどほどに関わり決して親友にはならない。俺が目指すのはその他大勢と同様の普通の友人――つまりモブである。さらに念には念を入れて親友にふさしくない弱くて頼りにならない人間だと認識させるつもりだ。つまり雑魚モブだ。
「期待してほしくないから先に教えておくが、俺はスターフィールドにふさわしいだけの力を持ち合わせていない。魔力量は乏しく魔法も満足に使えない」
「心外だな。僕は人を身分や能力で比べたりなんてしないよ。だけど打ち明けてくれてありがとう。なんだかウィルとは素敵な友人関係を結べそうだ」
「あー、そうだな」
「うんうん」
少し近づきすぎたか。
いや、これでいい。これでテオは俺を弱くて使えない奴と記憶したはずだ。
これからさらに失望させてやるからな。
俺がどれだけ役立たずかとくと味わわせてやる。
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