三話 紅い眼の少女
庭で死にかけのトカゲのように這いずる。
襲いかかるのは強い疲労感である。
「ひぃ、ひぃいい、体が、重い」
この世界において魔力量とは、生まれた瞬間から決定づけられ死ぬまでほぼ変動しないものと考えられているそうだ。しかし、俺が知るスターブレイブファンタジーにおいて魔力量は変動して当然の数値でしかない。手段も複数用意されており序盤から魔力ゲージカンストも可能となっている。
その一つが現在実践中の枯渇増加法である。
魔力を枯渇させることで限界値が少しずつ伸びるという隠し技だ。
増加には膨大な時間がかかるので知っていてもやらないプレイヤーが多数を占めていたわけだが、その代わり特別なアイテムも条件も必要としないこの手段は俺を含めた一部の人間に非常に好まれていた。
てなわけで俺はこの枯渇増加法を常時行うことで、24時間休まず魔力を増加させる斬新な作戦を思いついたのだが・・・・・・。
この作戦には一つ大きな欠点があったのだ。
ゲームではなかった致命的な欠点。
まさしく今、俺を襲っているそれだ。
この世界において魔力の枯渇とは精神力と体力を消耗する行いなのである。
常時ともなるとまさに地獄だ。三日間徹夜したような状態が四六時中、途切れることなく続くのである。もう殺してくれ。
「ぐぉおおおおおおお!」
なんとか立ち上がる。
両足が生まれたての子鹿のようにガクガク震えていた。
苦しいからと途中で投げ出すことはできない。魔力の確保は死亡回避計画において必須条件だ。他に達成可能な手段がない以上、この方法でやり遂げるしかない。命がかかっているのだ。ここで後退すればこの先に待つ運命は容赦なく牙を立てるだろう。
「何をしている・・・・・・」
「あ、兄上」
キアリスが哀れむように俺を見ていた。
一方の俺は涙目で足を激しく震わせている。
「またおかしなことをしているようだな。ほどほどにしておけよ」
「お気遣い感謝します」
「動ける元気があるのなら来い。鍛練の相手をさせてやる」
「ぜひ」
兄と仲を深めるチャンス。
這いずってでも相手をしなくては。
ふらふらと俺は兄の後を追った。
◇
人というのは慣れる生き物だ。
一ヶ月も経つと疲労感はなくなり枯渇状態が当たり前となっていた。
すでにどれほどの魔力を保有しているのか不明だ。なんせ常に枯渇させているので最大値まで回復することがないのである。増加しているのは間違いないのでこのまま時間をかければ目標に達するだろう。
俺の死亡回避を達成するにはもう一つクリアしておかなければならない問題がある。
それは陰で動いてくれる手駒の確保だ。
ウィル・スターフィールドが死亡するイベントでは多数の敵が登場する。実のところ主人公が親友を失ってしまう最大の原因がここなのだ。今の俺でも倒すことは可能かもしれない。だが万が一がある。この世界はゲームとほぼ同じだが寸分違わずではない。所々差違があり微妙にだが異なっている部分が存在する。
もしかしたら俺でも対応しきれない敵が現れるかもしれない。
もっと多くの敵が現れる可能性だってゼロではない。
生存ルートを切り開くにはできることを全てを行い備える必要があった。
そこで俺の手足となる手駒をそろえることにしたのである。
スターブレイブファンタジーでは中盤においてレジスタンスと称する組織が登場する。彼らの目的はただ一つ。敵の壊滅である。
だが、彼らは志半ばでほぼ全滅してしまう。主人公の盾となり次々に討ち取られてしまうからだ。そう、彼らは第二のウィル・スターフィールドのような役割を背負わされ悲惨な運命を迎えるのである。
レジスタンスの設立はたった一人の少女によってなされた。
希少種族『ヴァンパイア族』の生き残りにして始祖の力を持つたぐいまれな人物。幼少期に家も家族も奪われた彼女は復讐を誓い、同じような境遇の者達を各地からかき集め第三勢力とも呼べる抵抗組織を作り上げたのだ。
俺には手足となる駒が必要だ。
忠実で決して裏切らない有能な駒が。
その点、彼女はゲーム内で驚くほど高いステータスを有していた。
最も信用のおける真っ直ぐな性格。生存ルートを得る為になんとしても手に入れたかった。
彼女の居場所については設定資料集にも記載がなかった。
唯一書かれていたのは彼女が全てを失うことになる事件のおおよその発生時期のみだ。俺はそれまでに彼女を見つけられるよう王国中をこうして彷徨っていた。
「どこだ。どこにいる」
ざざざざざ。
月明かりが照らす暗い森の中を単身で疾駆する。
身に纏うのは漆黒のロングコート。腰には鋼の剣。
不意に血の臭いがした。進むほどに臭いは濃くなり、さらに肉の焼け焦げる臭いが鼻を突いた。
木々の間から覗く赤い色。
空に向かって黒い煙が立ち上っていた。
「ひどいな」
森の奥深くに小さな集落があった。
だが、建物は火に包まれていて辺りには人らしき死体が散乱している。
「きさまらぁああああ、よくも集落を!!」
「必要なのは適正のある子供だけだ。大人は殺せ」
黒いフード付きマントを羽織った連中が男性を容赦なく剣で貫く。
大量の血を吐き出した男性は憤怒の表情で恨みを漏らす。
「なぜ、なぜ我らを、せめて子供達、にげてくれ」
倒れた男性をフードを深くかぶった男達が嗤う。
「無駄な抵抗などするからこうなるのだ。大人しく子供を差し出せば楽に逝かせてやったものを。まったくゴミ虫共の対応には手間がかかる」
「【混沌ノ知恵】に逆らえばどうなるか辺境に引きこもるこいつらには理解できないのでしょうな。希少種族とは言え所詮は無知な蛮族」
「おい、軽々しく組織の名を出すな。死にたいのか」
「失礼しました。つい」
リーダーらしき男の元へ声が若い男性が報告を行う。
「捕らえた子供は檻に入れ本部へと届けました。最後の確認を行った後、撤収せよとの命令が出ております」
「そうか。では、もう一度捜索を行った後に帰還とする」
「承知しまし――だ?」
報告をしていた男の背後から俺は剣で貫く。
大量の血液を吐いた男は地面に倒れ、リーダーらしき男が後ずさりした。
「何者だ? 貴様、我々にこのようなことをしてただで済むと思うなよ」
「・・・・・・五人か。よくも俺の努力を無駄にしてくれたな」
「抜剣せよ! あの子供を始末するのだ。決して生きて返すな」
男達が指示に従い剣を抜いた。
俺はその場から動かず左手を突き出す。
「舞え、輝石よ」
コートの中から飛び出した無数の光は弾丸のごとく男どもを撃ち抜く。
四人が倒れ、リーダーらしき男は肩のみの負傷で未だ立っていた。
「なんだ今の魔法は。火? 光か? いや、どれも違う。うぐ、化け物め」
「一つだけ教えておいてやる。さっき送った子供に適正者はいない」
「なぜそれを、秘密を知るのは眷属だけのはず」
「教えて欲しければ次の襲撃場所を吐け」
「っつ。ふざけるな! バーストフレイム!」
男は火属性の攻撃魔法を放つ。
爆発が発生し俺は炎に包まれた。
「やったか。予定外の事態だ。一刻も早く上に報告しなければ」
俺の死亡を確認もせず男は背を向ける。
「それは容認できないな。まだ知られる段階じゃないんだ」
「なっ!?」
振り返った男の眉間に輝石を撃ち込んだ。
炎が消滅すると俺の創った障壁があらわとなる。
障壁を消し去ると、宙を漂っていた輝石は光の尾を引いてコートの中へと舞い戻ってきた。
「・・・・・・」
燃えさかる家々の間を行きながら集落の奥へと進む。
不意に声が聞こえてそちらへと足を向けた。
「おかぁさんおとうさん、起きてよ。一人にしないでよ、ひぐっ」
轟々と燃える家の前で、俺とさほど年が変わらない幼い少女が二つの死体にしがみついて泣きじゃくっていた。
俺は少女へと近づく。
「ようやく見つけられた」
「誰!?」
少女は飛び退くと姿勢を低くして攻撃態勢となる。
艶のある長く美しい銀髪に紅の眼。特徴的な鋭い犬歯が薄い唇の間から覗く。
「俺はウィル・スターフィールド。君と同じく奴らを憎むものだ」
「あいつらがなんなのか知っているの!?」
「知っている。君に戦う意思はあるか? 報いを受けさせる気はあるか?」
「あるわ! 村を、おかあさんを、おとうさんを、めちゃくちゃにしたあいつらを絶対に許さない! 報いを受けさせてやりたい!」
俺は左手を差し出した。
「復讐を遂げさせてやる。俺についてこい」
「本当に、できるの?」
「できるかどうかじゃない。やるんだ。居場所も情報も、力だって与えてやる」
少女はおずおずと近づいてきて、手を取った。
「私はレイア。貴方は何者?」
「運命に抗う者だ」
ごう、と強い風が吹き一瞬で全ての火は鎮火した。
暗くなった世界に輝くのは天上を彩る無数の星々であった。
「運命・・・・・・」
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のんびり長く続けれたらなと考えております。
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