魔王と聖女と英雄と

カマキリキリ

第1章 それぞれの道

第1話 異世界転生

香織かおり、旅行はどうだった?」

「…楽しかったよ。」


 車の助手席に乗った男が後ろに座る女の子に話しかける。その問いに香織と呼ばれた女の子は素っ気なく答えるとまた携帯をいじり出す。

 男は香織の父であるつかさだ。以前まではヤクザとして生活していたのだが、現在運転している美優みゆと結婚してからまるくなり、今は健全な仕事を生業としていた。ただケジメとして右腕を切り落としており、敵組との抗争で右目も失明していた。そのため美優が運転してくれていた。


 これが司の家族構成、桜田さくらだ一家だった。今日は香織が大学受験に合格したということで家族旅行に出かけた帰りだった。

 正直、司と香織はお互いにどう接していいか分からなかった。まあ理由は父の姿と娘の思春期ということなのだが。そんな状況を温かく見守るのが美優だった。

 自分も父親とそういう期間を経た経験があるし、お互いが愛しているのはわかっているからむしろ今の状況はある意味で正しいとも言える。ただお互いに傷つけるようなことをするのなら自分が仲裁をするつもりなのだが。


「母さん、青だよ。」


 信号が変わったことに気づいた司は美優に教える。美優は一言ありがとうと言うと車を発進させる。これがこの家族の最後の光景、3人は信号無視をしたトラックに気づかず激突した。





「おお!!召喚に成功しました!!!これで憎き魔族共を皆殺しにし、邪力じゃりょくを完全に消し去ることができるでしょう!!!」

「してジオロール、一体誰が聖女だ?」


 ジオロールと呼ばれた老人は興奮気味に魔法が成功したことを喜ぶ中、王冠を被り、一際豪華な椅子に座った別の老人が尋ねる。

 魔法発動に必要な魔法陣の上には3人の人間がいた。1人は右腕を失い、右目に眼帯をつけた男性。1人は短いショートカットで綺麗な顔立ちをした女性。そしてその2人よりも幼い容姿で髪をポニーテールにしている少女だった。

 司、香織、美優には何が何だか分からない。気づいたらよく分からない魔法の上で白いローブを来た複数の人に囲まれている。


「どうやら、彼女のようです。あとはゴミですな。」

「そうか、とりあえず全員に首輪をつけろ。そしてその男はいらん。奴隷商にでも売りつけておけ。」


 状況は何も理解できない。ただ王冠を被った老人が不穏なことを言っているのがわかる。司は立ち上がろうとしたのだが。


「サンダーボルト!!」

「ぐわぁぁぁ!!」


 敵意を感じた1人の男は右手を司の方に向けると電撃を放った。直撃した司は激痛に叫びその場に倒れ込む。辛うじて意識はある。


「お父さん!!」


 美優と香織が心配そうな顔をしているのがわかる。だが体はもう動く気がしない。後ろから美優と香織が首輪を付けられるのがわかる。2人は必死に抵抗しているようだがそれも虚しく首輪をはめられてしまった。

 自分の首にも首輪がつけられたことがわかる。司は悔しかった。2人が悲しそうな顔をしているのに自分には何も出来ないことが。そんな悔しさも司の意識が消えると共に感じなくなってしまった。

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