おふくろからの電話

「もしもし?」


『あ、やっとでた!ちょっと!昨日もかけたのよ。なんで出ないわけ!??』


キンと耳をつんざくような声。

思わず一瞬スマホを耳から離す。


「すまんすまん。ちょっとバタバタしててさ。それどうしたんだよ?なんかあった?」


『あー、いやいや、そういうわけじゃなうのよ。あんたがどうしてるかなって気になって。どう?その街は?特に変わりない』


「どうって、子供の頃住んでたころと変わりないよ。おふくろだって知ってるあのままだ」


「そう...。何か変わったこととかはなかった?大丈夫?」


「変わったことって...」


なんだその質問?

まるで何かが起きることを危惧しているような...。


俺はチラッとアイに視線をやる。

変わったことなら、ある。


おふくろの質問は一人息子の一人暮らしへの心配か...?あるいはなにか知っている?


『そう変わったこと。誰かにあったり、なにか昔のこと思い出したりしなかった?』


普通に考えて、お化けが出るなんて想像して心配できるようなことじゃない。

正直に言ったところでこの電話で信じてもらえないだろうし、おふくろを変に心配させるのも得策じゃない。


アイのことはみなまで言わずに、ちょっと試してみるか。


「おふくろさ、俺の住んでるアパートってどうやって決めたの?」


『は?アパート?大家さんの息子さんがお父さんの知り合いなのよ。それで紹介してもらってって感じだけど、どうして?アパートに何かあったの?」


「いや何もないんだけど...、なんかお化けが出るって噂を聞いてさ」


どうだ。

何か知ってるなら、おふくろのリアクションを聞けばわかる。


『はあああ?あんた何歳よ...。そんなしょうもない噂信じて恥ずかしいわ。あるわけないでしょうがそんなもん。まさかそんなことで大家さん困らせたり変な質問してるんじゃないでしょうね?恥ずかしいわあ』


おふくろは心底呆れた様子で声を荒げた。


これは、違うな...。


「いやいやそんなわけないだろ!聞いたって噂話をしてるだけだよ」


何かを知っている反応じゃない。


じゃあ、単純に心配されてるだけか...?


ありがたい話だが、放任主義のおふくろにしては珍しい。


『ああそう。ならいいけど...。他には何にもない?大丈夫でしょうね?』


「ああ、特に変わりないよ。心配すんな」


本当はあるけどな。


『そっか、ならいいんだけど。それと体調は大丈夫?』


「大丈夫大丈夫。心臓も、あんまり痛むこともないし」


『そう。違和感を感じたらすぐに連絡して。それと勝手に他の病院に行かないでね。絶対高槻さんのとこで診てもらうから。信頼できない医者はダメよ』


「ああ。わかってるよ。そこまで口酸っぱく言われたらな...」


子供の頃からずっとそうで、おふくろはとにかく病院にうるさかった。俺がもっと実家の近くにある病院でもいいんじゃないかなと言っても聞く耳を持たない。どんな些細なことでもまずは高槻医院という総合病院の先生にみてもらおうというのだ。


『緊急で何かあってもそこを指定するのよ。高槻さんのところならお母さんにも連絡入るようになってるから。そこから割と近いでしょ?頼んだわよ』


そういえば高槻医院もこの街の隣町だ。

実家から行くよりも全然近い。


「へいへい。じゃあもう切るぞ。じゃあなあ」


『あっ待ちなさい!まだ話はーー』


ピロンっ。


俺の操作によって通話が切れる。

即座に母親からゆるキャラが怒り狂っているスタンプが来たがそれはスルーした。


「へいへい、電話大丈夫だった?」


アイが心配したように俺の顔を覗き込む。


「ああ、おふくろの心配電話だったよ。らしくもない。やっぱり一人暮らしすると心配になんのかね...」


にしてもちょっと不思議な感じだったが。


「いいじゃん。いいお母さんだね」


羨ましそうに、少し寂しそうにアイが呟く。


「まあなー。ちょっと困ったもんだけど。晩飯どうする?」


「なべ!!キムチ鍋?とかとか?」


「この真夏にか...?」


「暑い時に食べる辛いものが1番いいじゃんいいじゃーん!」


結局アイに押し切られる形で、晩飯のメニューはキムチ鍋に決まった。


沈んでいく西日を背に、俺とアイアパート近くのはスーパーへと帰り道を歩いた。


2人並んで歩いているはずなのに、目の前に伸びる影が1人分しかないことが少し寂しかった。

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