お化けと帰り道

「楽しかったー!楽しかったー!イエス!ルーミネー」


沈んでいく日を背中に受けながら、アイがこちらを振り返る。


俺の影はアイの足元まで伸びているが、アイの足元にその影はない。


お化けのくせに、よくそこまで眩しい笑みを浮かべられるものである。


「なんやかんや、高くついたな...」


右手に下げたユニクロの紙袋。

あんなにけなげだったのが嘘のように、アイはtシャツにも、ワンピースにも、サコッシュにも目を輝かせてはしゃいだ。


俺は寝巻き用やら外用やらと結局どれも買ってやってしまい、財布はほぼすっからかんであった。


「服、ありがとうね」


アイが紙袋を見て言った。


「全くだ。もうほとんど金ねえぞ。バイトしなきゃだ」


「バイトか...。あれ?てか蓮ってなにしてる人なの?もしかしてフリーター?」


はて、とアイが首を傾げたので俺は即座に否定する。


「違う。俺は大学生だよ。つっても、今は夏休みで、前期は1日も行ってねえけど...」


「大学生!?いいなー!!」


それからアイは「あれ?」と首を捻る。


「あれ?でもなんで夏からなの?そういえば確かに。昨日引越してきてたよね。普通4月からなのに...。もしかして....、家借りれなかったの?」


「あー...」


もちろんそんなふざけた理由ではないが。


「ちょっとここが悪くてさ。入院してたんだ」


俺はそう言って胸を軽く叩いた。

少しだけ心臓が痛む気がした。


「し、心臓...?もう大丈夫なの?」


「ああ。今悪いってよりかは、生まれたときからずっと心臓が悪くって、それが小さいとにに悪化して大きい手術をしたみたいでさ。その後遺症的なやつらしい。ていっても、あんま覚えてないんだけど」


「覚えてないって...?え、蓮もお化けですか?」


「ちげえよ。その時期ずっと入院してたんだけど、しんどすぎて覚えてないんだよ。医者曰く、辛すぎることは忘れるように脳の防衛本能が働いているらしい。だからあんま当時のこと覚えてないんだ」


「ふーん。思い出さなくていいの?」


「いいのいいの。おふくろも医者もストレスになることは思い出さない方がいいってうるさいし。だから、ちょっと心配なんだよな。お前のこと。忘れる記憶を思い出すって、辛いことかもしれないからさ」


「ま、そうだよねー。でも私は思い出したいんだ。楽しみだな自分のこと知れるの」


「ポジティブだな」


「うん。確かに怖いけど...」


不安そうに表情を少しだけ翳らせたアイ。しかしすぐに明るい声色で続ける。


「でも、過去も含めて私だから。今は、私が何者でどこからきたのかとか、そういうことが1番気になるから」


そうか。そうだよね。


「だよな。わかった協力するわ。お前が少しでも早く消えてくれるように」


「またそういうことを言う。ほんとは寂しんだろー。うりうり」


「はは、サビシイー」


ちょっと、とアイが怒ってぽかっと肩を殴る。


自分が誰かわからないというのは、どういう感覚なのだろう。自分の家族が誰か、自分の友達が誰か、自分はどこに帰属する人間なのかひとつもわからない。それはつまり世界でひとりぼっちのようなもので。


「なんだなんだ?そんなに見て変態か?」


「違います」


明るく見えるが、こいつはもしかしたら、俺が思うより毎日不安で、孤独なのかもしれない。

だからもしかしたら、同じようにぽっかりと大学生活の頭に穴が空いて、1人で生き始めた俺の前に現れたのだろうか...。


明るく、元気に振る舞ってみせる裏に抱える彼女の想いを想像する。


もう少し、こいつに寄り添ってやってもいいのかもな。


「見つけような。お前の未練」


俺が前を向いたままそう言い、


「急になに?こわい...」


アイが眉をしかめたそのとき。


テレレレンレレン。テレレレンレレン。


俺のスマホがなった。


着信元は『母』。

そういえば昨日も何回か着信が来てたな。

アイの騒ぎでそれどころじゃなかったが...。


こんな電話してくるなんて珍しいな。

なにかあったのか?


「言ってたら、おふくろだ。ちょっとでるぞ?」


「もちろん。大人しくしてる」


アイは芝居がかったように口を押さえてみせる。


本当かよ...。

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