第40話 透子

鹿鳴館に、お願いしてた黒糖プリンを受け取りに寄る。女将さんは不在だったけどなっちゃんがいて、包んでくれる。4つなのに、えらく大きな紙袋。


「これね、今日、透子ちゃんがお友達とお泊まり会って言ったら、女将さんと山さんが用意してくれてたから、食べてね。手まり寿司みたいよ」


うわ、嬉しい。鹿鳴館でバイトしたことで、ステキな大人たちに会えたなって思う。やりたいこと見つからなくて模索中のあたしだけど、この出会いはホントに大収穫。なっちゃんにいっぱい感謝の気持ちをつたえて、恵梨香の家に自転車で向かう。


みんなもう来てて、バームクーヘンや、シュークリームなんかのスイーツに、飲み物とか、スナック菓子とかいろいろ持ち寄ってる。早速いろんなものを開封してあれこれつつきながら、飲みながら、トークが進む。っていうか美冬がもう泣いてるんだけど。早いよ、美冬。


「もうなんかこれからどうしていいのか全然わからなくなっちゃった。雪彦のこともダメージきつくって。好奇心抱くって、いいことばかりじゃないじゃない。わたし本当にこれが好きなのか全然わからないんだけど」


普段クールでしっかりものの美冬が、荒れてる。大荒れ。


「だってね、よく考えてみたら、わたし、両親がそれ系の仕事でなんとなく自分もその道が当たり前っていうかそれが自分の好きなことって思いこんでたけど、それってだめじゃん?だってさ、わたしみたいに流されやすいっていうか問題意識も反骨精神もなくて、それが当たり前って進んじゃうような人間が一番、選ぶべきじゃない道だと思うの。そう思ったらね、何がしたいのか何が好きなのか、もう全然わからなくなっちゃったよ。これからどうしていいのかわかんない」


悠が優しく言う。


「ねえ、今までの美冬が、はっきりやりたいことがある子だったってだけだからね?みんな同じ。みんなわかんないんだよ。何をしたいのか、これから何が待ってるのか、わからないし、先生たちも成績のことくらいしか言わないから、とりあえず成績あげるか、みたいなのが普通。だから、それでいいじゃない。ゆっくり見つけようよ。わたしだって、実はなんにも考えてないんだよ?」


「そうなの?悠も?」


「そっ。今までの美冬が羨ましかったくらい、なんにもないの。なんとなくこっち方面が好きだから大学で勉強するならこっちかな、でもそれって就職とか将来とどうつながるのって、実はあまりぴんと来てない。ちゃんと計画的に進んでる子もいるしそれはそれで立派だと思うけど、仕方ないから、一歩ずつ、進むしかないのかなってのがわたしの現状。」


そうだそうだ。あたしなんて多分みんなの中で一番ふらついてる。美冬だけじゃないよ。そう言ってみんなで泣いてる美冬をなぐさめる。


「美冬元気だしてよ。ほら、これでも飲み比べしてみて」

恵梨香が、りんごジュースの瓶を三本抱えてキッチンから戻ってくる。


「こっちがふじ、これが王林、これがジョナゴールドね。どれから飲んでみる?」


「えーりんごジュースの飲み比べ?意味わかんない」

美冬が泣き笑いしながらも、王林を選んで栓を抜く。コップにそそぐと綺麗な優しいイエロー。

「未成年だからアルコールはないけど、でも王林飲んで、元気だしてよ」

恵梨香がそう言って元気づける。


あたしたちはそれからいっぱい喋っていっぱい食べた。手まり寿司食べて、黒糖プリン食べて、バームクーヘン切って食べて、シュークリーム食べて、口がとにかく甘くなってて、そしたら急に恵梨香が言った。


「ね、口甘くない?あたし今からグラタン作るから」


「え?今から?もう11時だけど?」

冷静に悠が突っ込む。


「だって口が甘いし、この前つくったから材料全部あるし。いいよね?誰か食べるよね?」


「食べる!恵梨香のグラタン超食べたい!」

美冬が言う。


「えーこんな時間だよ?でも作ってくれるなら食べるよ。深夜のグラタンってなんか歌にありそうなんだけど。そういえば子どもの頃お気に入りだった本に、空飛ぶグラタンの本があったような」


「空飛ぶグラタン???」


美冬が素っ頓狂な声をあげる。悠は笑いながら言う。

「ごめん、うろ覚えだから、空飛ぶパイだったかも」


「どっちも変、変過ぎる」


なんだこの深夜テンション。あたしたちは、泣いたり笑い転げたり、飲んだり食べたり大忙しで、そして疲れ切って、3人は眠ってしまった。



* * * *



3人の寝顔見ながら考えてしまう。

世界って本当に荒野にすぎないのかな。

世界は荒野でできてるのかな。


そうなのかもしれない。

あたしはしょっちゅう家族にイライラしたり反発したりもしてるけど、でも、まだ高校生で家族に守られてる。でもひとたび外に飛び出したら、世界は荒野でできてるって、痛感するのかもしれない。


伊東先生はきっとあたしの名前も顔も知らないままだっただろうけど、でも、手帳に先生が書いてたあの言葉を忘れずにずっと覚えておきたい。そうしたら、あたしと、伊東先生と、先生のお姉さんは、その言葉でずっとつながっていられるんじゃないかな。そんな気がする。悠が言葉をちゃんと記憶してるから、悠とフランシス・ベーコンがつながることができてるみたいに。


先生、あたしはちゃんと覚えとくね。世界はきっと荒野でできてるんだ。だから、だから、この3人とか、鹿鳴館の大人たちとか、もちろん家族とか、それにこれから出会う人や事と、なるべくちゃんと向き合って、信頼したりされたり時にはぶつかったりもしながらも、覚悟を決めてなんとかやってみるから。


荒野を、なんとか頑張って歩いてみるね。

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