第31話 透子

悠も美冬も昼は都合が悪くて、みんな揃うのは7限のあとってことになって、今日は放課後はバンドの練習だけだからあたしも余裕ある。みんなで中庭のベンチで集合。まだこの時間でも暑くて、用務員さんが草刈りした直後みたいで緑の匂いがムッと空気中に充満してる。


美冬が、牧家訪問の流れと内容を教えてくれる。牧父は、うちの店の上得意で、あたしも何度も見てる。息子さんと同じでちょっと小柄。全然偉そうじゃなく感じいい紳士だって評判はよいんだよね。


「やっぱり伊東先生の話はそこに行き着くんだね。お姉さんの話」


「そう。そこなの。でも、教育委員会の話が出てたのは、千葉先生の話では夏でしょ?牧社長と会ったのは9月にはいってのことでホント最近の話で、そこで求められたのはその前の第二小学校の人との接点なんだよね。だからやっぱり問題のトラブルは小学校のほうなんだろうなって思う」


恵梨香が口を開く。

「ママだから擁護してしまうのかもしれないけど、ママが言うには、結局、教育委員会に異動になったのは小学校でのトラブルがすごく大変で、だから緊急避難的な異動みたいなの。だから、ママがあまり面倒みなくて結果的に教育委員会在職中に自殺っていうのは事実みたいだけど、追い詰められてたのはその前の出来事ってことだって話。あくまでうちのママの言い分だけどね。第二小学校の人間関係はなんかいろいろ複雑らしくて、伊東先生のお姉さんの異動のタイミングで、何人も異動してて、トラブルに関わった教師たちを分けるっていう意図の異動があったらしい。でも、そのトラブルの首謀者?関わった人とかは処分があったわけじゃないし、何があったのかが明確にされないまま異動でお茶を濁したってことみたいで」


「よくある話なのかもね。なかなか処分までにはならないって話はきいたことある。でも、もし伊東先生がお姉さんを追い詰めた人を探しててなんとか突き止めていたとしても、屋上でその人と争ったとかはないんだよね、だって争った形跡とかはなかったんだし。事件性が考えられない以上、わたしたちが伊東先生に対して抱いてた、おとなしそうでトラブルなんてなさそうでなんでそんな選択したのか全く理解できないっていうイメージが誤ってたってことなんじゃないかな。千葉先生が言うように、実際は、おとなしいどころか必死だったわけだから。とはいえ、天文同好会で聞いても化学研究会で聞いても物静かな先生だったって話がほとんどだったけどね。だから、突発的に思いつめてたがゆえの行動って考えるのが一番自然なのかも。それだと、本の予約の話とも矛盾はしないっちゃしないし」


うん。そうだよね、人は見た目ではわからない。


おとなしいイメージなんて、口数が少ないと同義かもしれないけど、内心何を考えてるかなんてわからないんだから。物静かだってそう。心の中ではどれだけ葛藤してても、それを表に出さないでなんでもない顔して生きていってる人がほとんどなんだと思う。

口に出さないから苦しんでないなんて誰が言える?誰にも言えなくて、だからこそ苦しくてっていうのは、いろんな人が心の奥底で抱いてる感情なのかも。本当の伊東先生もきっと、知りたくて、知りたくて、苦しんでた。必死だった。当たり前だけど、あたしたちは部外者だからそれが伝わってこなかったってだけ。でも……


「でも、手帳の件は?」


美冬が、言う。

「確かにね。でも手帳の話なんて話題に出したの、目黒先生だけだからね。信憑性どこまであるのかな、他の誰からも聞いてないし」


確かにそうなんだよね。でも、ひっかかる。




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