第30話 恵梨香
風呂上がりにソファでネイルの手入れしてるママに単刀直入に聞く。
「この前、何も知らないって言ってたけど、伊東先生のお姉さんってママの課だったんでしょ?知らないわけないよね」
ママは片手に持ってたマニキュアの小瓶をテーブルに置いて、あたしを見つめ、問い詰めてくる。
「何?誰から聞いたの?」
「誰でもいいでしょ。知らないはウソでしょ?」
ママはしばらく黙ってた。そして言った。
「そうねウソになるのかも。でもウソではないのかも。彼女がなんで自殺したかはわからないもの」
「そうなの?ママがいじめたせいじゃないの?」
はっきりわかるくらいママの頬が紅潮した。
「なにそれ、なんでそんなことを恵梨香が言うの?誰から何を聞いてきたのか知らないけど。恵梨香に何がわかるの?」
「何がって何もわからないから教えてくれって頼んだのに。何も教えてくれなくて隠してるなら、何か悪いことしたんじゃないの?」
「悪いこと?悪いことってなに?ねえ、こんな話本当に聞きたいの?職場で仕事でこんなしんどいことがあってこんなやりきれない苦しい思いしてその上周囲からこんな目でみられてるなんて、そんな親の話、本当に聞きたいの?」
「彼女がうちに異動になったとき、前の学校での噂もいろいろあったし実際精神的にボロボロなことは誰がみても明らかだった。うちの部署でわたしは直属の上司みたいなものだし、わたしが彼女を引っ張り上げることを求められてたかもしれないしそうすべきだったかもしれない。でもそうはしなかった。自分なら構われたくないから。彼女には時間が必要だった。今あれこれ世話を焼いて母親のように優しく面倒をみることよりも、せかさず見守ることが必要だと思った。彼女に興味なくてほっといたんじゃない。それがいいと思ってたからそれを選んだの。あえてそうしたの。わたしのプライドにかけてそれが正しいと思ってしてたことなの。結果的には失敗だったのは明白だけど」
「結果論で責める人、陰口を叩いてた人、いろいろいた。きみがもっと優しくよりそってやればこんなことにならなかったのではと、直接、上から言われたりもした。でも、それでも堂々と言える。わたしはあえてそれが正しいと思ってした態度で、結果的に、彼女に対しては正解じゃなかったとしても、恥じたりしない。失敗したのかもしれないけど、責められることだとは思わない。わたしが間違えたのは、わたしと彼女は違うってことをわかってなかったの。わたしならそうしてほしいことでも、彼女は違うのかもしれないってことをもっとよく考えてみるべきだった。でも、それは悪いこと?娘にまで責められるようなこと?彼女の自殺の責任は私にあるの?あるかもしれない、たしかにそれは否定はできない。彼女が苦しんでるその苦しみをほぐすサポートや手助けはもっとできたかもしれない。でも責められるようなことじゃない。もっとできたっていう後悔だけ。」
ママが怒涛のように続けるから口も挟めない。もういいよ、ごめんって言いたいのに。
「いじめた?無視した?そんなわけないじゃない。わたしを誰だと思ってんのって言いたいわ。そんなことするわけないじゃない。知らない人が言うのはいいけど、知ってる人にまでそういう言い方されたのは正直当時はちょっと傷ついたけど、今は全然傷ついてない。あれは一つの経験だった。人ってものがまた一つわかった。彼らは、犯人を探したいの。理由を知りたいっていう好奇心と、誰かを断罪したいって気持ちで手ぐすね引いてるの。悪い人じゃなくてもそれは人の本能みたいに、普通の人でもそうしたがってるんだってことがよくわかったわ。一つ学べたとも言える。でも、どこから聞きつけたのか知らないけど娘にいじめたって疑われるのは心外。あなたわたしのどこ見て育ってきてんのよ」
「ごめん、ママごめん、何も知らなくてごめん」
なんか泣きたくもないのに涙出ちゃうよ。
そしたらママの目も真っ赤で。
「謝られてもね。そりゃどこかで聞きつけたら、事実なのかどうか知りたくなるのも問い詰めたくなるのも仕方ないよね。でも堂々と言えるから大丈夫。悪いことはしてない。失敗はしたかもしれない。それだけ。だけど、あなたがママを恥じるようなことは何もないから」
そっか。そうだよね。人は失敗するよね、あたしがママをちゃんと信じたうえで事情を聞かなかったことが失敗だったみたいに。ママも外の社会で失敗するんだよね。でも、それをいちいちあたしにぶちまけたりしないで、全部抱えてオトナやってるんだよね。
ホント何も知らなくて、しっかり信じてあげれなくて、ごめん、ママ。
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