第87話 去り行く小人とそれが許せない男

 ピコッテが突然姿を消した。

 館を出た理由も不明瞭。

 なぜ大荷物を持って出たのかもわからない。


 その不穏さが俺の心をざわつかせる。

 もしかしたら彼女は、と。


 それがただの勘違いであってほしい。

 そう願いながら俺はギルドへと向けて全速力で走った。


 ピコッテは普通の人と比べて背が低いからとても目立つ。

 いればすぐにでもわかるはずだ。

 だからと走りながらも見回し、探すことも怠らない。


 するとさっそく見覚えのある後姿が道の先に姿を現し始めた。


「待て、待ってくれピコッテェーーーッ!」


 その姿に思わず呼び叫んでしまった。

 街行く人々が振り向いてしまうほどに大声で。


 すると小さな後ろ姿もピタリと足を止めていて。


 やはりあの後ろ姿はピコッテだったようだ。

 なぜか一向に振り向こうとはしないが。


「一体どこに行くつもりなんだピコッテ? 本当にギルドに行くだけなのか?」

「……やだなぁアディンさん、ピコッテはただ買い物にいくだけです」

「そのパンパンになった鞄でか!?」

「……」


 でもおそらく俺の予感は的中しているのだろう。

 彼女の声にはそれだけ覇気がないのだ。

 いつもの飛んで跳ねるような明るさを微塵も感じない。


「この街へ帰ってくる時の君はどこか元気が無いようにも見えた。最初はただ疲れているだけなのかとも思っていたけれど」

「……」

「もしかしてピコッテには何か思う所があるんじゃないか?」


 聖広森からの帰り道、俺たちは馬車に揺られてゆっくりと帰った。

 だけどそんな中ピコッテはほとんど喋ることもなく、行く道をぼんやり眺めるばかりで。


 そんなピコッテを見ていたから俺は気になってしまったのかもしれない。

 彼女には何か悩みがあるんじゃないかって。


 だけど、やっと振り向いた彼女を見た時、俺の予感は確信へと変わった。


「きっとアディンさんにはピコッテの悩みはわからないです……」


 彼女の顔は明らかに落ち込んで陰っていたのだ。

 視線も俺に合わせずに逸らしていて、何か思い詰めているようにも感じる。


「それならどうして話してくれない!? 相談してくれればその悩みだって何かしらの解決方法があるかもしれないじゃないか!」

「違います、そうじゃないんです……」

「えっ……?」


 よく見れば目も震えている。

 それだけ感情的になっていて、でも表に出さないように我慢しているのだろう。


 それだけ彼女の悩みが大きいから。


「ピコッテは、やっぱり冒険者に向いていないなぁって思ったです。唯一の取り得である今の職ですらあの体たらくでしたから」


 でも俺には彼女の言う通り悩みの根源がわからなかった。

 それは彼女が劣等感を感じるような行いなんてしていないと感じていたから。


 あれだけしっかり動けていたのに、どうしてそれが不満なのか、と。


「ピコッテは見ての通り体が小さくて足も遅いです。しかし魔法も不得意で後衛にも向きません。だからできるのは前衛に限るです。それなのに、一番得意だと思っていた盾役でもアディンさんの足を引っ張ってしまった」


「……それがピコッテにはどうしても許せないことなんです」


 ――ピコッテの体に関するコンプレックスは今に始まったことではない。

 彼女が新人冒険者だった時にも絡んだ時があったが、やはり自身の立ち回りには悩んでいたようだった。

 だからその時は先輩冒険者としてアドバイスをしたものだ。

 重戦士による肉弾突撃のバトルスタイルもそこで基礎が出来上がった。


 その後にまた会った時、そんなコンプレックスはもう無いのかと思っていた。

 得意のバトルスタイルを「両手丸盾持ち」という形で自ら進化させていたからだ。

 今の戦闘手段は間違い無く、ピコッテ自身が編み出したと言える。


 それなのにまた次に会った時、彼女は冒険者を辞めていた。

 仲間に「足が遅くて役に立たない」と揶揄されたがために。

 彼女のコンプレックスはそれだけで委縮してしまうくらいに相当に根深いものだったに違いない。


 だから今、ピコッテはまた悩んでいるんだ。

 その理由はそう、きっと……俺に関係あるのだろう。


「魔王級と戦った時、ピコッテはアディンさんを守りきれなかったです。それも一度ならず二度までも。身を張って守ろうとしたのに、それでも結局アディンさんを危険にさらしてしまった。盾役失格です……」


 ……やっぱりか。

 きっとピコッテが言っているのは俺が瘴気の針に撃たれたことだろう。


「ピコッテはきっと冒険者の素質なんて元から無かったです。それなのでまたギルド員としてやり直すことにするです」

「ピコッテ……」

「きっとその方がアディンさんのパーティにはいいことなのです。今は盾役にドルカンさんもシルキスさんもいますから。ピコッテが抜ければきっかり六人、丁度よい感じです」


 そうだな、理屈でならピコッテの言う通りでもある。

 ドルカンが盾役扱いなのは別としても、シルキスの防御能力は群を抜いていたから彼女をメインに張ればツートップが出来上がる。

 その点、ピコッテは攻撃力に劣るからドルカンの代わりにはなり辛いだろう。


 ピコッテはきっとそこまで考えて言っている。

 決して間違いではないのだ。




「だからピコッテはここまでなのです。短い間でしたが、夢を見せてくれて本当にありがとうございました」


 


 ピコッテが頭をペコリと下げ、再び振り返って歩き始めた。

 その足取りは先ほどよりもほんの少しだけ軽く見える。

 もしかしたら悩みを吐き出せたことで心が軽くなったのかもしれない。


 ……でも、それで本当にいいのか?


 これはただの逃避だ。

 なんの悩みも解決していない。

 なのにこのまま離れれば、きっと彼女はコンプレックスをずっと抱いたまま生きることになるだろう。

〝自分は夢も享受できない情けない人間なのだ〟と。


 そんなこと、到底許せるはずがないだろう……ッ!


「待てピコッテッ!」

「――ッ!?」


 だから俺はすかさずその足を止めさせたのだ。

 多少強引でもと、唸るように声を上げて。


「悪いが俺はそんな独りよがりな理由での脱退なんて認めないぞ、ピコッテ!」


 俺だって知っている。

 ピコッテが自身の役割に強い責任感を感じているのかを。

 それだけ真面目で、なんでも真剣に物事へ打ち込める人なんだって。


 だからこそだ。

 俺はそんな彼女の思い違いを正したい。


 君は自分が思うほどの役立たずなんかじゃないんだってな……!

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