第88話 盾の真の役割と小人の願い
「この際だから言わせてもらう。君は大きな思い違いをしているんだってな」
ピコッテを止めるために、俺はただ声を張り上げた。
道行く人が足を止めて注目しようが知ったことではない。
今ここで言えなければ、彼女はずっと自分の本心に向き合えなくなる。
それだけは絶対に許す訳にいかないんだ。
「君は言ったな、俺を守り切れなかったと」
「……」
「パーティの盾役としての役目を果たせなかったと」
「……」
「それは違うぞピコッテ。君は盾役の真の役割をまったく理解していないっ!」
「えっ……?」
だから俺は片足を踏み出し、拳を握り締めて声を張り上げた。
立ち止まった彼女の耳に、心に届くようにと、背をも逸らせて力の限りに。
ピコッテの話はそもそもが根底から間違っているのだ。
盾役とは決してそこまで重責的な役割ではないのだからな。
「パーティの盾役とは仲間を守るためにあるのだと捉えられがちだ。けどな、それは年季も入っていない机上論を振りかざす素人が言うような間違った認識でしかないんだよ」
「本来の盾役の真髄とは、パーティの突破口を切り拓くことにこそある!」
「――ッ!?」
そう、この役割は最も勘違いされやすいところの一つ。
〝盾〟という防衛武具から連想し、守るものだという固定概念に囚われ固執する。
しかしその考えは〝戦いを眺める者〟側の思考でしかない。
実際に戦う上で盾役に求められるのはもっと前衛的なことなんだ。
「戦いにおいて危険は付き物だ。盾役がいなければ仲間たちは余計に傷付き倒れてしまうだろう。だからこそ盾役がいて仲間を守る必要もある」
「だけど盾役はそれ以上に、敵の攻撃を切り拓いて仲間に攻撃の機会を与えなければいけない! さもなければ敵の攻撃は永遠に続く! ただ守るだけでは仲間の足をも止めかねない〝邪魔な壁〟にしかならないんだ!」
もちろん完全に仲間を守るというこだわりを持つこともあるだろう。
しかしそのこだわりは所謂、仲間たちへの足枷となる。
戦いは遊びではない、矜持もいらない、生き残れなければ無意味だからだ。
「そしてその危険は仲間たちも熟知し、受け入れ、その上で戦いに挑まなければならない。多少の傷くらいは覚悟の上でな。そうでなければ敵の懐に飛び込むことなど誰もできやしない」
「だからだ。だから盾役はその突破口を作るために先陣を切る。そうして生まれた敵の隙を仲間が突く。それがパーティ型戦闘の本質なんだよ」
敵だってバカじゃない。
あからさまな盾役にいつまでも付き合う奴なんていないのだ。
それこそ隙を見てすり抜け、一番倒しやすい後衛を狙うだろう。
だから盾役はそんな隙をも与えないために、すり抜けようとする相手を逆にねじ伏せなければいけない。
それが真に守るということなのだから。
「その点、ピコッテはよくやっていたと思う。守ることではなく仲間に被害を及ぼさないように立ち回っていただろう? 進行時は先陣を切って敵を減らし、ボス相手には攻撃と防御を両立させていただろう?」
「そ、それは……」
「それでいいんだよ、盾役っていうのはさ。仲間を完全に守るなんて粋がるのは盾役を知らない奴の言うことだ」
「だって、そんなことができる盾役なんて、この世界に誰一人いないんだからな」
そう、そんな奴はこの世にいやしない。
むしろできるなどと宣う奴ほど信用ならない。
それこそ実体分身術で五体に分かれられるような変わり種じゃない限り。
それだけで言えば、強化系魔術職の方がずっと盾役に向いているだろう。
実際、幻術士であるファーユはそれらしい動きで俺たちを守っていたしな。
「魔王級との戦いの時、君は俺への攻撃を防いでくれたはずだ。自身が攻撃していたのにも関わらず駆け付けてくれて。だから結果的に助かった」
「で、でもアディンさんはそれでも針に撃たれて……」
「君が居なかったら魔物憑き以前に死んでいただろう。それに二回目はしっかりと守り切っていたじゃないか」
「それはアディンさんが回避したからで……」
「前衛は動くマトじゃないんだよ、ピコッテ」
「えっ……」
「俺たちだってかわすし防御もできる」
「あ……」
「そうできるくらいに君が凌いでくれたから俺は最後の一撃を決められたんだ」
「――だからそう、君はしっかり盾役としての本懐を果たしているんだよ」
……いや、むしろそれ以上の働きをしたとも言えるか。
ピコッテの能力はいい塩梅だった。
強化を入れれば雑魚程度は一撃で屠れるといった具合に。
これがドルカンだとオーバースペックとなって、逆に速さで劣るだけとなるからな。
「俺はそんな君が思い詰めているのだけは許せなかった。君は自分が知る以上に役立っているのに、それを認めていないなんて勿体なさ過ぎるじゃないか」
「アディンさん……」
「だから頼む、そう思い違ったままパーティを抜けるなんて言わないでくれ」
これは俺の本心だ。
冒険者としての彼女を終わらせることは人類にとって大きな損失なのだから。
それになにより、俺たちにとって必要な人だから。
「君は大事な仲間だ。そんな人を、俺たちは決して見捨てたりはしない!」
それでも抜けると言うのなら俺は引き留めるつもりはない。
だけどどうかわかってほしい。
君は、君が思う以上にずっと求められた存在なんだって。
「アディン、さん……」
「なんだピコッテ?」
「ピコッテは、戻っても、平気なんです……?」
ピコッテの震えた小さな声が聞こえた。
それでも振り向かなかったけれど、今の感情だけは伝わってくる。
「当たり前だろ? 何度も言わせないでくれよ、恥ずかしくなるからさ」
だから俺はこう返して微笑んだのだ。
たとえ彼女には見えていなくともかまわない。
俺はただ自分の気持ちを素直に伝えたい、ただそれだけだから。
その先はもう、ピコッテの意思に従おう。
「ピコッテはずっと、ずっとアディンさんの役に立ちたいって、グスッ、思ってました」
「ピコッテ……」
「でももう無理かと思ってました。嫌われたくないって、役立たずだって言われたくないって、それで、諦めて……ズズッ!」
「だけどピコッテ、それでも、アディンさんたちと一緒にいたいですぅ~~~っ!!!!!」
でもそんなピコッテが勢いよく振り返り、こう訴えてきてくれた。
その顔をまるで泣き叫ぶ赤ん坊のようにクシャクシャにしたまま。
もう涙なのか鼻水なのかわからないくらいに色々と駄々洩れだ。
こうなってしまうくらいに思い詰めていたんだな、君は……。
だったら俺が返す答えはもう決まっている。
「ならまた一緒に行こう、ピコッテ」
「ア、アディンさぁーーーんっ!!!」
そう答えると共にピコッテへと向けて手を差し出す。
するとピコッテも勢いよく走り始め、俺の胸へと飛び込んで来た。
「ウッ!!!??」
「うわああああん!!!!!」
に、荷物込みでの肉弾タックルはきつい!
なんとか受け止めたが、長くはもちそうにない!
もうすでに抱えた腕が限界に達しそうだぞ……ッ!?
……小さい体なのにこんなに力持ち。
これがピコッテの強さの秘密の一つなんだろうな。
そんなピコッテが空気を読んだのか、俺の胴を伝ってするすると降りていく。
それで鼻水をすすりながら見上げてきていて。
「……あ、ありがとうです、アディンさん。ピコッテの気持ち受け止めてくれて」
「ああ。それにもう思い詰めないでくれよな。俺たちは君の力も認めているんだ。絶対に卑下するようなことはしない。約束する」
「はい、そんなことをしないって今ならはっきりわかるです。ずずっ」
でも彼女の顔にはもうニッコリとした笑顔が浮かんでいた。
まだ涙目で顔も真っ赤でシワだらけだけど、それでももう大丈夫だろう。
「ご心配をおかけしてごめんなさいです」
「別に構わないさ、俺だって君に心配をかけさせたしな。そこはお互い様だよ」
「うふふっ、そうですねっ」
「――それじゃ、またよろしくおねがいするです、アディンさん!」
「うん、おかえりピコッテ」
こんな悩みとか衝突とかはきっとこれからも起こるだろう。
だけど仲間たちのそんな想いにも正面から向き合いたいと思う。
いつかアルバレストでフィルがやってくれたのと同じように。
今日この時、俺は改めてそう心に誓ったのだ。
このパーティは決して俺一人で成り立っているものではないから。
仲間がいて初めて何者にも立ち向かえるのだと理解したからこそ。
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