第86話 お冠な二人と謝罪の精鋭たち

 聖広森を後にした俺たちは、そのまま真っ直ぐ首都アルシャータへと帰還。

 しかしすぐに新塔へと向かうことは叶わなかった。


 なんとドルカンとウプテラが憲兵によって逮捕されてしまっていたのだ。


 なんでも俺たちの預かっていた屋敷には、ヘーレルたちが集めてかくまっていたエルフがまだ何人か残っていたらしい。

 それが捜索の際に発覚し、誘拐容疑で二人が身柄を拘束されてしまったという。


 もし二手に分かれた時に判断を誤っていたら俺が捕まっていたかもしれない。

 そうなればミュナも助けられず、ティアたちとも出会えなかった。

 そう思うとゾッとする話だ。


 だがそこで一緒についてきたヘーレルが憲兵に事情を伝えてくれた。

 自分たちがエルフたちを任意で連れ込んだと白状して。


 それが救助されたエルフの証言と合ったことで事件は無事に解決。

 おかげでドルカンとウプテラはどうにか釈放してもらうえることになった。


 そんな訳で俺が一人で身元引き受けに。

 憲兵所本部前にてようやく二人を出迎えることができた。


 ただし二人ともやっぱりご立腹なようだ。


「ったくよォ、散々な目に遭ったぜェ! はらわたが煮えくり返って仕方ねェ!」

「まったくです。こんな敬虔な神徒を謂れなき罪で牢に入れるなどとは。いっそ神に代わってワタクシが罰を与えて差し上げましょうか」

「やめろ。余計にややこしくなるだろうが」


 しかもウプテラが魔導ナイフを取り出したもので、その頭をすかさず「パッカーン」と引っぱたいてやった。

 そうしたら頭をまるでバネ人形のようにボヨヨヨンと跳ねさせていて、リアクションが以前以上にやたらとうっとおしい。

 きっと今までそれほど退屈だったのだろう。


 二人の気持ちはわかるが抑えてもらうしかない。

 憲兵もこれが仕事なんだから。


 まぁ近い内にユーリスの首相辺りが代表として釈明してくれるだろう。

 そのことを期待して待つ他ないな。


 そう願いつつ、憤る二人を連れて屋敷へ一旦帰還する。

 するとさっそく思いがけない歓迎が俺たちを待っていた。


「「「お帰りなさいませ!」」」

「「「ご主人様!」」」


 ヘーレルたちがメイド服の姿で明るく出迎えてくれたのだ。

 今度は表向きではなく、しっかりと心の籠った挨拶で。


「お、おおおう!? マジかぁ~~~~~!?」

「これはなんとまぁ。アディン、もしかして媚薬でも盛ったのです?」

「そんな物は俺のレパートリーにない。誤解を生むようなことを言うな」


 しかし精鋭総勢で気合いが入っている。

 たしかに人数は減ったが要領は得ていて実に壮観だ。


 ……え? 七人?


「おっほほほっ! ご主人さまぁ何になさいますかのぉ!? おご飯? お風呂? それとも我にするぅ!?」


 一人余計なのが混じっていた。

 容姿が下手にいいから違和感なかったんだが?


「ぬっほほぉーーーいっ! じゃあ俺様、君にしちゃうぅ~~~!」

「やーんご主人さまったら手が出るのお早いーんっ!」


 それでいいのかドルカンよ。

 そいつ、何千年も生きている筋金入りの年寄りだぞ。


「で、これは一体どういうことなのでしょう? どういう心変わりが?」

「それに関しては私めがご説明いたします」

「ああ、頼むよヘーレル」


 ドルカンとメイド服ティアが戯れる中、ヘーレルたちが一斉にひざまずく。

 そんな突然の行動に、ウプテラも眉をピクリとさせた動揺を見せていて。


「この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。すべては私たちの至らなさゆえのこと」

「へぇ……?」

「同胞を守るためにと密かにこの屋敷へかくまっていたのですが、それが皆様がたへの誤解を生む結果となってしまったのです。しかしアディン様がたに森も救って頂いた今となっては、その行いなどもはや何の意味にもなり得ません。我々の完全なる落ち度にございます」


「つきましては我ら、どのような罰も受ける所存!」


 きっと今の彼女たちは償いのためなら死をも覚悟しているに違いない。

 一度は死にかけた身でもあるから、その覚悟も本物だろう。


 俺としてはどうか神徒らしく慈悲を与えて欲しい所だが。


「……わかりました。でしたら神の遣いたるこのウプテラ=リダリオンがあなたたちに導きの裁きを下しましょう」


 けれどそれは望み薄だな。

 こういった損得勘定に関してウプタラは厳しいから。


「全員もれなく、今よりエーテル教へと入信するのですっ! さぁ、エーテル神を讃えなさぁいっ!」

「「「え、ええっ!?」」」


 ……ああ~、やっぱり。

 なんとなくそう来ると思っていたよ、まったく懲りない奴だ。

 エーテル教はもうとっくに廃教になっただろうに……。


「はいっ、ではエーテル神へと向け、揃って愛を斉唱~~~っ!」

「あ、あの申し訳ありません、我らエルフには偶像神を信仰しないという掟が……」

「なにを言うのですっ! エーテル神は実際に存在なさいますっ!」

「「「ひ、ひえええ!?」」」


 ヘーレルたちが狼狽えようがウプテラはもう止まらない。

 付いてくる者などいないのに、とうとう一人で歌い始めてしまった。


「エーテルッ、エーテルッ、エーテル神教ぅ~~~! 一本飲ぉめば、みんなの魔力を明ぁるく照らすよ~(まぁ素敵、とっても美味しいわ!) 信じればぁ~~~みんな救われるよぉエーテル神教~~~!(エーテル神様、ありがとう~~~)――」


 それにしても何だこの歌、童謡みたいにやたら明るいんだが?


 ヘーレルたちもこんなキッツいノリに付き合わされるとは思っていなかっただろうなぁ……。

 全員ひざまずいたままポカンと口を開けて呆然としているし。


「ああもう、金貨一人一枚払えば多分許してくれると思うからそうしよう?」

「合計で金貨六枚ですか……わ、わかりました。今はありませんがいつかは必ず」

「うん、まぁ今はとりあえず俺が立て替えてあげるからさ……」


 仕方ないので、ウプテラが一人で夢中になっている間に全員へ金貨を配る。

 それで熱唱が終わると共にヘーレルたちがその金貨を差し出してみれば。


「おっほおおおおん!!!!! 金貨じゃ金貨じゃーーーい!!!!!」


 ウプテラが途端にいつもの守銭奴に早変わり。

 金貨すべてをババッと奪い取り、嬉しそうにガニ股で跳ね悦ぶ姿が。


 しまいには興奮するままに金貨を掲げながら館の奥へと走り去ってしまった。

 ホント扱いやすい奴だよな、こいつ。


 ともあれ、どうやらこれでヘーレルたちは解放されたらしい。

 金は人を変えるというが、これはもう露骨すぎるだろう。


 さて、これで落ち着いたし、ひとまず新塔へ向かう準備でも――


「アディーン!」

「えっ……?」


 そう思った矢先、玄関ホールにミュナの声が響く。

 それで顔を上げてみると思わぬ光景が視界に映った。


 二階のバルコニーからミュナが嬉しそうに手を振っていたのだ。

 それも薄水色の豪華なドレスを身に纏って。


「みてみてアディン! ドレス着せてもらったの!」


 しかもそのまま階段を駆け下りてきた。

 お、おい、手放しで走ったら危な――


「ああっ!?」


 やはり案の定ミュナがドレスのスカートを踏んづけてしまい、階段から飛び出してしまった。

 しかしそうなると察していた俺はすでに走り出していて、飛び来るミュナをうまく受け止めてあげる。


「あっはは! ナイスキャーッチ!」

「あ、危ないだろう!? ドレスを着たらちゃんとスカートの裾を上げて歩かないと」

「はーい!」


 本人は楽しそうだが、一歩間違えたら大怪我していたかもしれないんだ。

 そうも思うと俺の方は気が気でないよ。

 なんとか受け止められて良かったけど。


「どうだい、僕がめかし込んだドレスは? 中々に良い出来だろう?」


 すると今度はシルキスの声が二階から。

 見上げれば彼女の腕を組んで自慢げにしている姿が。


「これはシルキスの仕業だったか……ま、まぁ、いいんじゃないか?」

「えーミュナ可愛くない?」

「えっ!? あ、いや、可愛い、と思うよ……」

「やったぁ!」

「ははは、さすがのアディン=バレルもミュナにだけは敵わないみたいだねぇ」


 くっ、シルキスめ、俺がいない間に粋な真似を……!

 たしかに言われてみればちゃんと着こなしているし、さすが元お嬢様なだけあってドレスアップの知識が活きている気がする。

 このままミュナを連れ回したいくらいだよ。


 ……なんだかんだでみんな空いた時間を堪能していたんだな。

 まぁでもいいか、たまにはこういう息抜きもあっていい。


 ――でもあれ?

 誰か足りないような?


「そうだ、ピコッテは?」


 そう、彼女がいない。

 いつもなら一番に飛び跳ねてきそうなのに。


「おぉ、ピコッテなら先ほど〝ギルドに行くですー〟とか言って出て行ったわ」


 そんな俺の声に、ドルカンに掲げられたティアが応えてくれた。

 だけどなんだか妙な話だ。


「え、なんでギルドに? 一人で行ったのか?」

「うむ。大荷物を抱えておったが、きっと何かに必要なのかと思って特に何も聞かなかったのう」


 聖広森での出来事は街へ帰って来た際にギルドへ報告してある。

 わざわざピコッテが出向くような理由はないはずだ。

 それなのになぜ……。


 ――何か妙な胸騒ぎがするな。


「ちょっと追いかけて来る!」

「お、おいアディン!?」


 そこで俺はすぐにミュナを降ろし、すかさず外へと走った。

 この予感を放置してはいけない――そう訴えられた気がして。


 もし本当にギルドへ行ったならこの道をまっすぐ行けば合流できるはず!

 頼む、間に合ってくれよ……!


 どうかこれが俺の取り越し苦労であってくれ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る