第84話 大賢者と女神
まさかティアが史述にも記されていないほどの昔から生きていたとは。
だけどそのおかげでミュナの正体がようやく判明したのだ。
彼女と巡り合えたことは実に幸運だったと言えよう。
とはいえ、語り終えてからのティアはというとミュナへ跪いて黙りこくったまま。
あまりにも長く頭を下げているもので、逆にみんなの動揺を誘ってしまっている。
「あ、あのね、ミュナそうされても困る、かな?」
「あ、そ、そうでしたか……」
「いきなり丁寧になられても困っちゃうから今まで通りでおねがーい」
「う、わ、わかった。すまぬ……」
ミュナは自然体で接される方が好きだからな。
ティアも今までの触れ合いで理解していたのか、すぐに引き下がってくれた。
「ともあれミュナ様がハイエルフとなると、本来はこの中央里か別のエルフ里にかくまうのが筋であろうが……」
「やだーーー!」
だけど続くティアの提案に、ミュナが髪を跳ね上げるほどの怒りを見せつけた。
もう両手をブンブンと振り回し、駄々っ子のように暴れるばかりだ。
「ミュナはアディンと一緒に行くのぉ!!!」
「す、すまない。ミュナにはこの世界を色々と見せてあげるって約束したんだ」
「まぁそう言うと思ったわ。留めるのは無理そうな話じゃのう、はぁ……」
しかしさすがに我儘が過ぎると感じたのか、ティアが不機嫌そうに頭をくしゃりと掻く。
ようやく出会えた人物だから大事に思う、という気持ちもわからなくもないけどな。
「そうだね、ティアの気持ちもわかるけど、それ以上にミュナにも尊重すべき意思がある。望まないのなら、僕たちの使命のために振り回すのは良くないと思うよ」
すると見かねたのか、シルキスも助け船を出してくれた。
こうもなるとティアも「ぐぅ……」と押し黙る他なかったようだ。
「仕方あるまい。なれば我らがお供することくらいは許して欲しい。どうじゃろうか?」
「それならむしろこちらからお願いしたいくらいだ。二人の実力は折り紙付きだしな」
「フフッ、ようやく腰を据えて冒険できそうだ。今までフラフラするだけだったし、ここまでがとても長かったなぁ」
なるほどな、シルキスでさえそう思えるくらいに旅の目的が定まってなかったか。
だとしたらティアがここまで執着するのもわかる気がする。
下手すると進化人類を求めて何千年という年月をずっと一人で歩き回っていたのだろうから。
「……大変興味深い話を聞かせてもらった。まさか歴史的瞬間に立ち会えるとは思わなんだ」
「お、そうじゃったー。聖王もおったのをすっかり忘れておったわ」
「ここは聖王様の間なのに……」
とはいえティアはもうすでにケロッとしていた。
そしてエルフの聖王相手だろうとこの扱いなのだ、聖王当人もヘーレルも溜息が止まらない。
……これは話が終わったとみていいだろうか?
ひとまずはミュナのこともわかったし、俺としては満足なのだが。
「それにしてもティアさんって大昔からいたって話ですけど、もしかして塔についても何か知っていたりするですー?」
そんな時、ふとピコッテが手を挙げながら質問を投げかけてきた。
思わぬ話題だが、これは俺も多大に興味があるぞ。
「塔か……フッ、よかろう。我が知ることを話してやろう」
ティアもその話題を前に、なんだか妙にふてぶてしい雰囲気になった。
杖の柄をガツンと地面に突き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらに。
「――知らん、何もな」
「ズコーーーッ!」
「もう、これだからティアは……」
はぁ……まったく、期待して損したな。
あまりに茶番過ぎて、聖王なんか呆れて引っ込んでしまったし。
こんな所ですみませんホント。
――いや、でも待てよ?
グシタンが教えてくれた女神スティーリアという名前。
そしてワールドセパレイトの監視者としてのスティーリア。
この二つの名前、偶然の一致と片付けられることではなくないか?
そう気付いた俺はつい顎に充てていた手を降ろし、再びティアを見つめる。
するとティアも俺の視線に気付いたのか、ケラケラと笑う顔をスッと正した。
「なんじゃアディン? まだ聞きたいことでもあるのか?」
「ああ、今ふと思い付いたことがある。さっき俺たちにヒュエーラフのことを教えてくれた知り合いについてだ」
「ほう?」
たしかにこのティアは塔について何も知らないのかもしれない。
だけどグシタンを塔に住まわせたのもスティーリアだ。
だとしたらこのティアが知らないだけで、なにかしらの関連性があるかもしれない。
「その知り合いはまるでヒュエーラフを当たり前であるかのように語っていたんだ」
「な、なんじゃと!?」
「そしてそいつはこうも語っていた。〝自分を救ってくれたのは女神スティーリア様のおかげだ〟と」
「……ふむ」
「俺はその名がティアと偶然の一致だと片付けるのは早計だと思ったんだ」
「ええっ!? アディンさん、それってまさか……!」
そうだよピコッテ。
俺たちは思ったよりも真理に近い所にいるのかもしれない。
「そう、つまり俺はその女神スティーリアも、ティアと同じ世界の監視者なのではないかと考えている」
この一言を前に、誰しもが目を大きくして押し黙る。
そこで俺はみんなを前にして立ち、真っ直ぐと見据えて口を開いた。
「塔を建てたのはおそらく別の世界のティアだと思うんだ。その理由はわからないが、もしかしたらグシタンからそのヒントになる事情が引き出せるかもしれない」
「ふむ、ではそのグシタンとやらはどこにおる?」
「塔だよ。ボスフロアよりも高い、塔の横穴に住んでいるんだ」
「……なるほどな、そういうことか」
どうやらティアはもう察したらしい。
話が早くて助かるよ。
「あいわかった。ならば我をそのグシタンとやらの所へ連れてゆけ。さすれば何かがわかるかもしれぬ」
事情も事情だからか、おかげで当人も乗り気なようだ。
ならこのまま勢いに乗ってしまった方がいいかもしれないな。
――こうして俺たちは休憩を置かずに首都アルシャータへと戻ることとなった。
天穿塔が一体何のために存在するのか。
どのようにして建造されたのか。
誰しもが好奇心を抑えられなかった結果だ。
でももしティアとグシタンの出会いが本当に真理への鍵となるならば。
きっとそれは世界の命運さえも左右する出来事となるだろう。
願わくば塔を消す手立てに繋がって欲しい。
そう期待せずにはいられない。
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