第83話 かつての世界と大賢者の使命
ティアがこの世界の経緯を静かに語る。
長い長い時を生きる大賢者であるがゆえに知ることを。
「……かつてこの世界には人間しかいなかった。また魔法も存在せず、物理現象でのみの生活を営んでおったのじゃ」
その話は彼女以外知る由もないほどだった。
人間しかいなくて魔法もなかったなど、まるで想像もつかない話だ。
「しかしその人間たちは決して不便に生きている訳でもなかった。知恵を奮い、法則を理解し、自らの力だけで世界を支配したのじゃ」
「世界を支配……?」
「うむ。例えばヒコーキという物を造り、大勢を乗せて空を飛ぶなどな。今ではとても信じられぬことよ」
ティアがそんな話と共に右手の親指と小指を開かせる。
さらには水平に動かして、「ぷぁーん」と唸りながら体現して見せてくれた。
つまりこういう風に飛ぶ物なのだろう。
ティアの言う通り、これもまったく想像もつかない。
まさか人が空を飛んでいた時代があったなんて。
「だがある日、一つの〝変化〟が空から降ってきた。巨大な大岩、彗星がな。ぷしゅ~~~ずごごご、どっぱぁん!」
どうやらティアは演出にも自信があるらしい。
今度は握り拳を頭上から降ろし、スイセイとやらを表現してみせていた。
割と表情のある再現のおかげでミュナやピコッテも大喜びだ。
それにしても空から大岩、か。
俺たちからしてみれば突拍子もない話だ。
「その彗星は人間の文化を破壊し尽くした。じゃが、それと同時に恵をももたらした。魔力という恩恵じゃ」
「魔力は最初から世界にあったものじゃなかったのか」
「そこはわからぬ。元からあったものが彗星に内包された力と混ざって発現したのかもしれぬしのう。ただそこを機に魔力がたちまち世界中を巡り、人間は文明と引き換えに無限のエネルギーを得たのじゃ」
無限の力。
たしかに、言われてみれば魔力は永久無尽蔵だ。
そんな力が無かったとなると古代文明はきっと不便だったに違いない。
エネルギー問題などで無駄に慌てていたかもしれないな。
「ただ人間はその時点では魔力を認知できても、自身の体で操ることまではできなかった。その能力を有してはいなかったのじゃ」
だったらなぜ今は扱える?
「そこで当時の人間は考えた。この魔力を自由に扱える新人類を生み出し、新しい世界に適応させればいいのじゃとな」
新人類、だと……!?
「その結果、多くの亜人が生まれたのじゃ。エルフのみならずドワーフやホビット、コボルトやサハギンといった獣人族までもがな」
「そんな、つまり彼らは人間の上位種だった……!?」
「当時は、な」
「し、信じられないですー……」
「ではなぜ人間が主体となり、他の種が〝亜人〟と呼ばれるかを考えてもみよ」
「そうか、それは亜人が人間をベースにした生命だっていう根本的な理由があるから……!」
これはおそらく相当に古い過去の歴史の話なのだろう。
こんな話は歴史書にも記されてはいなかった。
もしかすると劣等感を感じたこの世界の人間によって抹消されたのかもな。
「じゃが、当時の人間の行いはそれだけでは留まらなかった」
「……?」
「魔力の源が一体なんなのか、それを追求しようとしたのじゃ」
「まさかそれが、精霊……?」
「さよう。当時の人間は未確認のその存在の正式名称を〝スピリティアル〟と名付け、俗称を精霊とした」
だがなぜだ?
なぜそんなに古い言葉だけは俺たちの頭に残っている?
「そこで当時の人間は新人類を含む魔力特性を受け継いだ次世代人に、精霊の存在を追求するためのいわば〝願い〟を残した。魂に〝精霊〟の言葉を刻み付け、その名を忘れられぬようにしたのじゃ」
「なぜそんな回りくどいことを?」
「当時の人間はその時にはもう残り少なかったのじゃよ。そうする他になかった」
「……そうか」
精霊という言葉が引っ掛かるのはそういう理屈だったのか。
滅びを察した古代人が遺した俺たちへのメッセージ、それが精霊だったんだな。
「しかし当時の人間はヒトという種を知り尽くしていた。ゆえに危惧もしていた」
「危惧とは?」
「人間は何よりも違いを嫌う。その違いから同種同士で争い、新人類が滅ぶことも懸念していたのじゃ」
そうだな、人は人と争う。
だから今でも小競り合いがあって、亜人ともそれほど融和している訳じゃない。
「だからこそ当時の人間は残された技術と魔法の力を合わせ、世界を使った一つの壮大な実験を始めたのじゃ」
「実験……!?」
するとティアがみんなの前で右手を掲げる。
そうしてさらには魔力の光が放たれると、たちまち頭上に大きな輝きが。
それがたちまち弾け、無数の細かな輝きとなった。
「それが世界分割祷法――名付けて〝ワールドセパレイト〟」
な、なにっ!?
世界、分割だと……!?
「もし一つの世界に無数の人間と亜人を押し込めれば衝突は必至。いずれ世界は混沌となり、進歩さえ止まる可能性があった。そこで当時の人間は考えたのじゃ。ならばあらゆる
「――その結果、世界は無数に分裂した。ただし平行世界などという多次元論的世界ではない。今もこの世界と隣り合わせで実際に存在しておるのだ。行き来ができないだけでな」
そうか、それがワールドセパレイト。
あらゆる人類の進化パターンを同時に進めるための、世界を実験場にした人類再興手段だったんだ。
「当時の人間は世界を分割したのち、〝とある大賢者たち〟を造ってそれら世界の管理を任せた」
「そ、それってまさか……!?」
「フッ、当時で最も真理に到達しうる可能性が高かったのがエルフであったからな、見届けさせるには丁度良い種族だと思ったのであろう。はた迷惑な話ではあるが、まぁ一途に託されたならば仕方があるまい」
……まさか、ただ知っているんじゃなく〝託された本人〟とは思わなかったよ。
それだけの長い時をその〝大賢者〟はずっと見続けてきたんだろうな。
「それで実はな、託されたものの中には新人類が進化した際の命名規則も含まれておる」
「命名規則……?」
「そう、進化した時に勝手に名付けられては統一性もあったものではない、とのう」
「――その一つがヒュエーラフ。またはヒューエラフともいう。この世界の言語に合わせるならばハイエルフと呼んだ方が早かろう」
ハイエルフ……!
たしかに、そう言われればしっくりくる。
つまりミュナはエルフが進化したハイエルフという種族。
だから精霊を認識し、対話し、その力を自由に扱えるという訳か!
「そしてその進化を見届けることこそ我が天命なれば――」
だがその時、突然ティアがひざまずく。
それもミュナに対して深々と頭を下げながら。
長杖を床に平置きし、彼女へと差し出すようにして。
「あなた様の到来を長らくお待ちしておりました……! よくぞ、この世に産まれてきてくださった。この大賢者スティーリア、創造主に代わって心より感謝いたしましょう……ッ!」
今この瞬間を迎えたことがティアにとっての本望なのだろう。
創造主から受け継いだ願いが長い長い年月を経てついに叶った訳なのだから。
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