第82話 希望を得た聖王と世界の理
聖広森の中央里へと戻った途端、俺たちは住民から熱烈な声援を受けた。
どうしてかは知らないが、彼らはもう魔物の定着ダンジョンが破壊されたことに気付いているらしい。
なにはともあれ、喜ぶ姿を見られたのはとても良かったと心から思う。
それで俺たちは少しだけ休憩を挟み、再び聖王との謁見を果たした。
「もう諦めていたが、よもやこのような奇跡が起こるとはな……」
そして出会うや否や聖王は一人でにこう答え、涙も零していた。
ほぼ樹と同化しているからこそ表情はほぼ変わらないが、それだけで充分気持ちは伝わってくる。
きっとそれほどの絶望に苛まれていたのだろう。
魔物に囲まれ、人にも森を焼かれ、追い詰められて閉じ籠ることしかできなかったからこその深い絶望だ。
そんな悲しむ聖王を横目に、伸びたままだった蔓台座へと宝玉を戻す。
すると蔓が宝玉を掴み、するすると地面へ引き込んでいった。
「ありがとう人よ。我々に再び希望を与えてくれたことに心から感謝する」
「まだです。これからが始まりですよ、宝玉の機能を復元しないことには何も解決しませんから」
「うむ……だがそこに関しては思う手立てがある。今は我々に任せて欲しい」
「わかりました」
……どうやら宝玉に関してはひとまず任せてよさそうだ。
神器レベルの魔導具となると俺もさすがにお手上げだしな。
「ま、それでもダメなら我が何とかしてやろう」
「魔法と魔導具は少し仕組みが違うぞ? 安請け合いして平気なのか?」
「なぁに、ナウい大賢者であるこのティア様にかかればどうってことないわ!」
「あはは、僕はとっても心配になってきたよ」
安心しろシルキス、俺もだ。
「それとおそらくグレイズ――俺たちの友人が戦勝報告ついでにギルドの森焼きを止めてくれているはず。それなのであとは魔物の残党を倒すだけだが、そこはどうかエルフの協力もお願いしたい。魔物憑きに関しては人間側に情報が無さすぎるからさ」
「……貴殿がそう言うのであれば善処しよう」
すんなり聞いてくれて良かった。
もしエルフが協力してくれるのであれば今以上に早く対処できるだろう。
それに魔物憑きになった人も今なら救えるかもしれない。
「それともし魔物憑きがいたなら、どうか殺さずに捕まえて集めておいてくれないだろうか?」
「なぜだ?」
「もしかしたら魔物憑きを治すことができるかもしれないんだ」
「なに……!?」
まだ一度しか試していないから確実にとは言えない。
しかしミュナの力を体感した俺の経験則で言えばおそらく可能だ。
あの時、俺は瘴気に意識を乗っ取られたと実感した。
自我の死、それがあの瘴気浸食の与える末路なのだと。
だけどミュナはその状態から俺の意識を引っ張り上げた。
つまり自我は死んでも永遠に失われる訳じゃなく復元可能なのだ。
だから。
「ミュナにならそれができる。俺が保証する」
「うん、まっかせて! みんな治してあげるから!」
「そ、そんなことが本当に……?」
「うむ、そこは我も保証しよう。なにせ目の前で実際にやってのけたのだからのう」
「なんという奇跡か……」
聖王も魔物憑きを治す方法までは知らなかったようだ。
そうなるとヒュエーラフのことも知らないかもしれないな。
……いや、そう決めつけるのはまだ早計か。
実際に聞いてみないことには、な。
「さて、その件は我もとても気になる。どうしてミュナにはそのような芸当ができるのかとな」
「ミュナができるんじゃないよ!」
「うん? どういうことじゃ?」
「あのね、精霊がそうできるって教えてくれるの!」
「「精霊……!?」」
だがミュナが精霊という言葉を発した途端、聖王のみならずヘーレルまでもが驚愕してしまっていた。
まるで何かを知っているかのような雰囲気だ。
「……やはり聞き違いではなかったようじゃのう。精霊、それをミュナは操ることができると」
「ううん、お願いしてるだけだよ」
「じゃが声が聞こえるのであろう?」
「うん!」
ティアもどうやら同じらしい。
そういえばダンジョン攻略の際にも精霊という言葉に反応していたような。
とはいえあの時は必死だったし、だから彼女も敢えてスルーしていたのかな。
「実はそのことについてティアや聖王に聞きたかったんだ。この森の問題が片付いたら尋ねようと思っていたんだけど、せっかくだから今よいだろうか?」
「うむ、構わぬ」
「ああ、できるなら我も今聞きたい」
「助かる」
幸い、みんな興味津々なようだ。
それなら。
「……じゃあ、この中でヒュエーラフという言葉について知っている人は?」
「「「ッ!!?」」」
「やっぱり、何か知っているんだな」
塔にいたグシタンの言った通りだった。
しかしまさかこうも強い反応を示すとは。
「これはとある知り合いに聞いたんだ。ミュナはエルフではなく、そのヒュエーラフという種族なのだと。精霊という存在を操れる者たちだってね」
ティアも聖王も興味深そうにこちらを見て耳を傾けている。
ならいっそミュナのことも話してしまおう。
彼らならきっとなんの問題も無いだろう。
「……実はミュナはこの世界の人間じゃない」
「「「ええっ!?」」」
「世界、というと大げさかもしれないが。でも俺の所感ではそう形容するしかない。そう言えるくらいにこの世界とは異なる場所で俺とミュナは出会ったんだ」
続いて俺は塔に吸い込まれてその世界へ行ったことも語った。
その世界でミュナが一人だったことも、その後ミュナとこっちへ戻って来たことも。
きっと信じられもしない話だったのだろう。
ティアたちだけでなくピコッテやヘーレルもが驚き固まってしまっていた。
けれどティアはゆっくりとまばたきし、すぐに真剣な表情をこちらへ向けていて。
「にわかに信じられぬような話じゃ。しかしアディンの言うことは本当であろう」
「信じてくれるのか?」
「信じると言えばそれは少し違う。厳密に言えば、それが真実なのじゃよ」
「えっ……?」
「つまりそなたは知らず世界の理に触れたという訳じゃ」
もはや聖王すら口を挟もうとしない。
おそらくこの話はティアだけの領域なのだろう。
聖王すら子ども扱いするほどの大賢者としての。
「そのヒュエーラフに関して語るには若干の前話が必要となろう。なれば話すとしようか、この世界の今に至る前の経緯をな」
ふと、そのティアが地面に杖をトツンと突いてみんなの意識を向けさせる。
そんな彼女は何かを想うかのように少し顎を上げていて。
そうしてティアは静かに語り始めたのだ。
この世界が成り立つよりもずっと昔の世界の話を。
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