第81話 昂る精鋭たちと戦友たちの真意
エルフの秘薬の効果はすさまじかった。
半ば死に掛けだった俺を全快させ、しかも溢れんばかりの元気を与えてくれた。
ミュナたちにも勢いで飲ませたら全員揃って走り始める始末だったし。
しかし全員が全員、目玉が剥き出さんばかりの大笑顔だったなぁ。
俺も最初はあんな顔をしていたのだろうか。
「よし、もうすぐ出口だ!」
「今なら走りきれる気がするわ! アスリート☆エルフの誕生じゃあ! むんにー!」
約一名だけハイテンションが収まりきっていないがまぁいい。
このまま一気に飛び出してヘーレルたちに加勢するとしよう。
その想いのままにダンジョンから走り出て、即座に武器を抜いた――のだが。
「あ、あれ?」
「戦いが終わってるですー……?」
ダンジョンの出入り口前で戦っている様子はすでにない。
ヘーレルたち六人がまばらに立っていて、出てきた俺たちに振り向く。
「えっ、ま、まさかもうボスを討伐したのですか……?」
「あ、ああなんとかね」
「ま、魔王級ではなかったのですか!?」
「いんや、しっかりと魔王級であったぞ。しかしまぁ言うほど時間は掛かっとらんようじゃがのう」
そう言われてふと空を見上げてみた所、今は夜なようだ。
森の中は闇光花が目立つくらいに陽の光を遮るからすぐにわからなかった。
どうやら半日とちょっとだけ戦い続けていたらしい。
そう考えると魔王級相手に半日はたしかに速い方だと思う。
俺のトラステッドの効力はそこまで影響が強かったんだな。
「しかしそなたらもかなり余裕そうではないか」
「ええ。不思議と体が軽く、全員での連携が上手く行ったために比較的楽に凌ぐことができました。グレイズとかいう奴らがもう片方のダンジョンを攻めているおかげでしょうか」
「まぁそんな所だろう」
「そういえば強化薬も頂いておりましたね。ご助力感謝いたします」
とはいえ俺の能力にはまだ気付いていないようだ。助かる。
別に感謝されたい訳でもないし、これが彼女たちの自信に繋がればなおよしだ。
「大賢者様がたもご無事でなによりです。そしてなによりこの森がさらに焼かれずに済んで良かった。本当に感謝いたします……」
「ああ、俺たちとしても上手く行って良かったと思う。あんな悲惨な光景がこれ以上広がって欲しくなかったしな」
「うん、あの焼け跡、とっても悲しい声で溢れていたもんね」
悲しい声、か。
きっと精霊も嘆いていたんだろうな。
「ただまだ潜伏している魔物もきっといるはず。そこはどうか人間と協力して徹底的に排除する方向で進めて欲しいな」
「ええ、そう進言いたしましょう。我々だけでは対処しきれませんから」
ヘーレルたちも少し俺たちを見直してくれたらしい。
出会った時のようなトゲトゲしさはもうなく、微笑みを向けてくれている。
前向きに考えてくれるようだし、進展への大きな一歩を踏み出せたようだ。
願わくば焼かれた村のことも乗り越えてほしい。
そう思わずにはいられない。
「でしたら次はもう片方のダンジョンも――おや?」
するとそんな時だった。
ヘーレルが何かに気付き、景色の先を見る。
それにつられて俺たちも振り向いてみたのだが。
「いよぉお前ら! ずいぶんとお早い戻りじゃねーかっ!」
見知った顔が六人、走ってきて揃い踏みだ。
どうやらグレイズもしっかりことを済ませてきたらしい。
「もしかして中断中かぁ? なら代わりに入ってや――」
「いや、俺たちも今終わらせてきた所だ。ギリギリだったがな」
「……ハッ、あいかわらず冗談臭いことをまーた実現しやがる」
だがこう返してやったら揃って頭を抱えさせてしまった。
偉業が叶った理由がわかっただけに、俺としては少々複雑な気分だが。
いっそ全員に俺の能力をバラした方が説明が速い気がするよ。
「そんな訳でだジール、帰ったら酒くらいは奢らせてくれよな?」
「いいねぇ~! とはいえまぁなかなかに美味しい作戦に噛ませてもらったし、それでチャラにしたいとこだがね」
ともあれこれで現状の定着ダンジョンは排除できた。
あとは残党を倒せば終わり、森の平和は保たれるはず。
宝玉も無事だし、あとはこれの機能の解放さえ叶えば以前同様の平穏が取り戻されるだろう。
まぁその機能解放が一番の難点なんだがね。
「さーて、それじゃあお開きと言いたい所だが……悪いなアディン」
「えっ!?」
だがそんな他愛もない話をしていた時だった。
突如ジールの槍の矛先が俺へと向けられる。
「なっ、どういうつもりだジール!?」
「……実はよ、皇帝の旦那に命令されてんだ。もしこの森での作戦中にアディン=バレルと遭遇した場合は作戦終了後に始末しろ、ってな」
「なにっ!?」
その理由は実に単純明快だった。
グワント皇帝め、五年前に秘密侵略計画を阻止したことをまだ根に持っているのか?
だからって始末するとは穏やかじゃないな。
……しかし相手がグレイズとなると厄介極まりない。
秘薬の効果もあるから勝てないこともないが苦戦必至だ。
きっとそれはあっち側もわかっているだろう。
なら、どう出る……?
「――けどやーめた」
「え……?」
しかし途端、ジールの方が勝手に槍を収めてしまった。
それにグレイズの面々も「やれやれ」と呆れていて。
「お前らと戦ってまともに済む訳もねー。それにやんなら互いに万全な時がいいに決まってるだろうが」
「どういう理由だよまったく……」
「こっちだって消耗しきってるんだぜ? その上でお前らだけじゃなくそこの下っ端どもも加わりゃ六対十一で圧倒的に不利だろうよぉ」
その不利を圧してでも戦いを挑むのがグレイズだと思ったんだがな。
でもそこまで愚かではない、ということかな。
「それに今のお前とやりあいたいって気分にゃとてもならんよ」
その時ふと、ジールが「フッ」と鼻で笑う。
「曲がりなりにも助けられた。それに加えてこんな美味しい条件でダンジョンまで攻略させてもらった。得が多過ぎらぁ」
「ジール、お前……」
「それに
「余計な……?」
「その栄誉を持って帰りゃーあの旦那だって納得せざるを得んだろうよ。つか何も言わせねー」
「……そうか、ありがとうな」
「キャハッ、お礼は後でブツでヨロー!」
「私は極上のワインでないと満足しないクチでして」
「ああわかったわかった、期待しててくれ」
元から彼らと知り合えていて本当に良かったと思う。
もし変に情がなければ本当に戦っていたかもしれないから。
ついにはジールが槍を収め、二指合わせのハンドサインで礼をしてくれた。
俺にはこんな気のいい奴と戦うなんてできそうにない。
「んじゃ俺らは残党を処理しつつ、いったんアルシャータにまで戻るつもりだ。一緒に来るかい?」
「いや、俺たちは少しエルフの中央里に寄っていくから先に帰ってくれてかまわない」
「わかった。じゃあまた後で会おうぜ~!」
こう宣言すると、ジールは仲間たちを連れて走り去っていってしまった。
あの様子だとまだまだ余力がありそうだな。
消耗しきっているようにはとても見えないんだが?
「酒の席では我も呼べ。我も奴らと飲み明かしたいからのう」
「もちろんさ。他の仲間も一緒にな。その時は紹介するよ」
「良かったら頼むよ。僕はこれでも割と人見知りな方でね」
ティアたちも奴らが気に入ったようだ。
ならドルカンやウプテラともきっといい友人になれることだろう。
……たとえティアとシルキスとの共同戦線がここまでなのだとしてもな。
「ヘーレル隊長、我々も彼らに負けてはいられません」
「我々も魔物の残党を追いますゆえ、隊長は大賢者様がたを里へご案内ください」
「わかった、お前たちも無理はするなよ?」
「「「ハッ!」」」
エルフ精鋭部隊もヘーレルを残して散って行ってしまった。
凱旋帰還にくらいは加わってもいいと思うのだが。
「ミュナたちもいこーっ!」
「うむ、そうじゃな。せっかくだから里で一泊していくとよい。少しくらいはゆっくりしてもバチは当たらぬよ」
気付けば場には俺たちとヘーレルだけに。
付近には魔物の気配ももうないし、ここまででほとんど狩り尽くされたのだろう。
これなら歩いて帰っても問題なさそうだ。
そんな訳で俺たちはゆっくりと中央里へ凱旋帰還することができたのだった。
文字通り聖広森を救った英雄として、多くのエルフたちに感謝される中で。
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