第80話 塗り潰される心と光る力

 一刀両断された魔王級の体が地響きを立てて床へと堕ちていく。


 しかし奴はもう微動だする様子もない。

 どうにかやりきることができたようだ。


「ううっ!?」


 だが俺の体ももう限界だったらしい。

 意識が薄れ、たまらず地面に両膝を突いてしまった。


 それと共に視界が揺れていく。

 あと殺意は出ないが、まるで魂が吸い取られるような感覚を覚える。

 意識そのものが瘴気によって侵され始めているのかもしれない。


「アディ ン!」

「これ まず ぞ!? まだ精神 染が消 ておらぬ!」

「魔 級を倒し もダメなの すー!?」

「元 断っても吐き出 れたものが消 る訳 はない じゃ!」


 ダメだ。何か騒いでいるが、うまく聞き取れない。

 だけど魔王級は倒したんだ、もう平気だろう。

 たとえ俺が魔物憑きになったとしてもティアとシルキスがいる。問題は無い。


「ふたりとも、あとは、まかせた……」


 こういえばもう後はわかるだろう。

 俺はここまでなのだと。


 ……良かった、ティアもシルキスも頷いてくれている。


 ピコッテも泣かせてすまないと思う。

 半ば巻き込む形で冒険者に復帰させてしまったのに。

 でもこれからは自信を持ってほしいな、君はもう魔王級を倒した冒険者の一人なのだから。


「返事 てアディン! ダメ よ、 っちゃだめぇ!」


 ……ごめんなミュナ。

 せっかく君とずっと一緒に行くとやっと誓い合えたのに。

 もっと君に世界を見せてあげたかったのに、もうできそうにない。


 それだけが心残りだ。


 もう意識を保つことすら限界に近い。

 そのせいか、視界が気付けば地面を映していた。

 どうやら倒れてしまったらしい。


 だけどすぐに起こされて、仲間たちの顔が微かに浮かぶ。

 もう何をしゃべっているかも聞こえないけど、叫んでいるのだけはわかるよ。


「あ、ミュ、ミュナ……」 

「――ッ!?」

「ごめんな、いっしょに、いけそうに、なくて……」

「――ッ! ――~~~ッ!」


 だから必死に口を動かして声を上げてみた。

 もうちゃんと口にできているか不安だけど、きっと伝わってるよな。


 ああ、もうダメそうだ。

 何も見えなくなってしまった。


 意識が黒く染まっていく。

 何も考えられなくなっていく。


 おれが、きえて、いく。




 ……そうか、これが死か。

 でもこんなに穏やかに逝けるなら悪くないのかもしれないな。

 

 苦しんで死ぬよりは、ずっとさ――


 ……………………

 …………

 ……




「アディン!」

「――ッ!?」


 しかし突然、聞こえなかったはずのミュナの声が聞こえた。

 それでふと目を開いたら、なぜか視界もが開けた。


 そして明瞭な仲間たちの姿もがしっかりと映っていたのだ。


「え、あ、なぜ……?」

「おお喋れるようにもなったか! これは興味深いのう!」

「まったくだよ、こんな力が存在するなんて思ってもみなかった」

「びっくりですー! 奇跡ですー!」


 え、力? どういうことだ?

 そもそもなぜ俺の心は生きている?

 魔物憑きになった訳じゃない……?


 意識も明瞭だし、手足の感覚もある。

 かといって邪悪な意識もないし、頭に圧迫感も感じない。

 いったい何が起きて……?


 あれ、なんだ?

 ミュナが俺に両手を充てて、光を放っている……?


 でもなんだろう、とても心地良い。

 まるで体の芯からポカポカで、なんだか温泉に浸かっているような気分だ。


「どうやってかミュナが瘴気を取り払っておるのじゃ。おかげでもう体に違和感がなかろう?」

「え、ミュナが……?」

「待っててねアディン、もう少しで消えるって!」


 瘴気を取り払う、だって?

 まさかこれも精霊の力、なのか?


 ……いや、そうできても不思議ではないか。

 魔物と対になる存在が精霊なら、瘴気を払うことができてもおかしくはない。


 あいかわらず奇跡を起こすのが得意だよな、ミュナはさ。


「……ごめんなミュナ」

「ほらまたー。ごめんて言わないのー! ぷー!」

「いや、違うんだ」

「え?」

「君と一緒にいけないだなんて言ってしまって、ごめん」

「……うん!」


 そうできると知らなかったとはいえ、不安にさせてしまったことに変わりはない。

 きっとミュナたちが助けてくれると信じなかったのも俺の悪い所だ。


 だから謝らないと俺の気がすまなかった。

 そして感謝するのはしっかりと体調が整ってからでいい。


 そこで俺は震えた手でエルフの秘薬を取り出し、自らの口に運ぶ。

 まさかこれを自分で使うことになるとは思わなかったが。


「――うっ!?」

「な、なんじゃ!? もしかしてその秘薬、激☆マズだったかあ!?」


 い、いやそうじゃない!

 な、なんだこれは!?


 みるみるうちに力が溢れてくる! みなぎってくる!

 いてもたってもいられなくなるほどに! 限界を越えて!

 これはすごすぎるぞぉぉお!?


「うおおおっ!!!!!」

「なんじゃあいきなり飛び上がりよってぇ!?」

「すごいぞぉこの秘薬! なんかもう三日三晩動き通しでも平気な気がするっ!」

「は、はは、元気良過ぎてスクワットまで始めちゃってるよ……」

「さっきの死にそうな顔と打って変わりすぎですー! 別人みたいな笑顔ですー!?」


 なんだこれテンションも上がる能力も入っているのか!?

 ああもう何かしたくてたまらないくらいだよおおおっ!


「良かった、アディン元気になった!」

「ああ、ミュナのおかげで俺こんなに元気になっちゃったよおっ!」

「きゃははっ! それはミュナのおかげじゃないよおっ!」


 だから堪らずミュナを抱き上げ、自分ごとぐるぐると回してしまった。

 だけどいいか、ミュナも楽しそうだしな!


「でも嬉しい! アディン、このままブーンってしてー!」

「よぉし! いくらでもやってやるさあ!」

「きゃっははは!」


 あまりにもテンションが高過ぎて、ミュナの体を掲げて走り回ってしまった。

 殺伐としたダンジョン内であろうが構わずに。


 そのおかげで他の仲間たちがみんな苦笑いしていた。

 ミュナを降ろした所でそれに初めて気付いて、なんだかとても恥ずかしい。


「ま、まぁよいわ。もう戦いは終わったからのう」

「そうだね。アディン、よくやってくれたよ」

「ああ、みんなの助けがあったからやれたのさ。助けてくれて本当にありがとう」


 だけど改めてみんなの前に立てたからこうやって正しく礼が言えるのだ。

 これだけは軽く済ませるつもりはなかったから。


 秘薬の効果で、面と向かって頭を下げられる勇気ももらった気がするよ。


「けどまだ戦いが終わった訳でもない。きっとヘーレルたちやグレイズも戦っているだろうから」

「そうであったな。では戻るかのう?」

「うん。でもその前に一つ提案がある」

「んん?」


 そう、戦いは完全に勝ったとわかるまで終わらない。

 それこそこの森から魔物がいなくなるまで。


 だから俺は仲間たちにこう願うのだ。


「みんなも秘薬、一本いっとく?」


 ぜひともこの秘薬の効果を試してもらいたいっ!

 この素晴らしさをどうしても体験してもらいたいっ!


 俺のトラステッドでパワーアップしたであろうその効能をなっ!




 ――という訳で半ば強制的にだが全員へと秘薬を飲ませることに成功。

 直後ダンジョン脱出まで全員そろって叫びながら全速力で駆け抜けたのは言うまでもない。

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