第78話 無尽蔵の針攻撃と瘴気浸食
「アディンさんっ! ピコッテを踏み台にっ!」
「わかったッ!」
もう無我夢中だった。
魔王級が尾腹を転がし、地面にいた俺たちを巻き込み始めてからは。
どうやらその行動のせいでピコッテも弾かれてしまっていたようだ。
俺が奴の尾腹から跳ね上がった時、頭上から落ちてくる彼女の姿が。
そんなピコッテに言われるがまま、彼女を蹴ってさらに上空へ。
天井近くで回る魔王級へと向けて飛び上がった。
「ウゥオオオオオオーーーーーーッ!!!!!」」
奴は回ることに夢中で俺など見向きもしていない。
ゆえにその隙を縫い、奴の背中めがけて剣を奮ってやった。
「キュイイイイイ!!!??」
根元から千切れとぶ一本の薄翅。
金切り音を上げて悶える魔王級。
いくら巨体を支える翅とはいえ、機敏に動くための細い根本は脆かった。
手応えあり、だ!
「ギュッギイイイイイイ!!!!!」
「――ッ!?」
だが直後、奴が再び異常な行動を起こす。
今まで以上に激しく残り五本の翅を羽ばたかせ始めたのだ。
するとたちまち周囲へ強烈な振動波が放射されることに。
飛び上がっていた俺は避けることも叶わず吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられてしまった。
「ぐうあっ!?」
咄嗟に体を丸めて防御したからそれほどのダメージはない。
だけどこうも防衛能力にまで長けているとは思わなかった。
奴め、落ちるどころか反撃をしてくるとは……!
翅を一本千切った所で大して意味はないのか!?
それに吹き飛ばした俺を壁面にめり込ませるほどの衝撃力。
奴が桁違いに強い能力を持っているという証拠だ。
ただそんな振動波が収まり、俺の身が壁からグラリと落ちる。
さすがの奴も俺を磔にし続けられるほどの力はないようだ。
仕方ない、地面に一旦降りてまた奴の隙を――
「アディンさんっ!!!」
「――ッ!?」
しかしその時、ピコッテの声が響いて初めて気付く。
俺に次を考える余裕など一切なかったのだと。
奴が俺に向けて毒針を吐こうとしていたのだ。
「うおあああーーーっ!!!??」
間髪入れず吐かれる無数の毒針。
まるで雨のような針の嵐が迫りくる――!?
「やらせないですーーーっ!!!」
そんな時、俺と奴の間にピコッテが割り込んできた。
吐き出された針を弾いて俺を守ってくれたのだ。
――だが。
「くっ……!」
なんとか着地を果たしたものの、途端に腹部の強烈な痛みに襲われる。
それでいざ視線を向けてみれば、腹には深々と突き刺さった針が。
「ク、クソッ……!」
いや、よく見れば腹だけじゃない。
左足にも二本撃ち抜かれてしまっている……!
「――グウッ!?」
すると途端、まるで頭を強く絞られるかのような感覚が襲い掛かってきた。
視界が歪む。
意識が混濁する。
少しでも気を緩めると気絶してしまいそうだ……っ!
「アディンさーん!?」
「アディーーーン!!!!!」
それと同時に殺意もが急激に沸き上がってきた。
こんな呼び声に対して鬱陶しいと思えるような雑感情が、俺の外側から、意識を縛るかのように。
あ、ああ、殺したい。
俺を呼ぶ奴を、今すぐにでも殺してやりたい……ッ!
――ダメだ!
この感情に飲まれるな!
これに乗っ取られたら俺は俺じゃなくなってしまうぞ!
「グググッ、ウ、オオオ……ッ!」
そう意識を保つ中で無理矢理に針を引き抜く。
そうすれば今度は血が流れたことによって倦怠感までもが襲ってきた。
このままでは魔物憑きになる前に死んでしまいかねない。
まずは、傷の治療を――
「――そ、そうだ、だったら瘴気も薬で、どうにか、できれば……っ!」
そう気付き、薬品ポーチへと無我夢中で手を伸ばす。
今自分の身で起きている症状をヒントに、適正に近い薬効の素材を選ばねば。
まず五感の減退。
これは脳に圧迫感を感じるせいだ。
異常なまでの興奮を誘発したせいで血流が異常を起こしているんだ。
次に手足指先の痺れ。
これも脳および神経異常と失血の影響か。
ただしこれはほぼ精神支配に抵抗した反作用だと思っていい。
手足は動かし辛いが意思に反して動こうとする。
精神支配の影響だ。
神経系が瘴気に直接影響を受けているせいだろう。
循環魔力の乱れ。
瘴気が体内に入ったことで流れが阻害されている。
強い意思を感じると思えるくらいだよ……!
よし、これくらいか。
ならば鎮静薬をベースに、集中力を増させるベルローズの種皮油、魔力の循環効率を上げるデミマンドラゴラの根の粉末、それと効果を妨げないレベルの眠気覚ましもだ。
ただし論理検証などやってる暇はない。
理屈を無視して調合、そのまま口へと放り込んだ。
さらにはうずくまって寝転がり、体内に回復属性の魔力を意識的に循環させる。
こうすることでより強く速く薬効を発揮させられるはず!
……瘴気に対する特効薬はこの世に存在しない。
一部の魔法・薬品でそれらしい効果を僅かに示す物がある、といった程度だ。
だから魔物憑きなんてものに対処法も無いし、なった場合は〝然るべき処置〟を行うしかない。
だからこれは一か八かだ。
もしこれでダメなら俺は人ではなくなるだろう。
その時は仲間に〝処置〟してもらうしかなくなる。
それはもう別に構わない。
だけど俺が敵となったことで仲間たちが負けてしまうのだけは御免だ。
せめて仲間たちだけは無事に帰って欲しい。
そのためにもどうか頼む、薬よ効いてくれ!
ほんの少しだけでもいい、俺に奴を倒すだけの時間を分けてくれえっ!!!
「フゥ、フゥ、フゥゥゥゥゥゥ……! よし、行ける、意識がハッキリしてきた……!」
その訴えが効いたのか、邪念が微かにだが次第に収まっていく。
意識と視界が明瞭になり、周りの状況もしっかりと見え始めてきた。
シルキスが攻撃を防ぎ、ミュナとティアが必死に応戦している。
まるで俺に意識を向けさせないかのように攻撃を無駄打ちして。
そうか、みんな俺を守ろうと必死なんだな。
しかし決定打に至りそうな雰囲気ではない。
だったら俺がそのキッカケくらいは創り出さなければ。
「ただ寝ていられる訳も、ないから、な……ッ!」
回復魔力を循環させたことで傷は塞がっているが、失われた血が戻ってくる訳もなく、立ち上がったことで眩暈もする。
それでも踏ん張って耐え、再び魔王級を見据えた。
「アディン!? お主なんともないのかあっ!?」
ふと、ティアの驚く顔が視界の外れに見えた。
ただすまない、そう受け答えしている余裕はなさそうなんでな。
今は一方的にしゃべらせてもらう!
「突然で悪いが一気に攻めきりたい! みんな、どうか力を貸してくれッ!」
残された時間はきっとあまり多くはない。
だからこそやりきらなければならないのだ。
この窮地からみんなを守るためにも、何が何でも。
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