第77話 森の魔王の正体とそのおぞましき力
シルキスの正体が道中の会話でほんの少しだけ垣間見えた。
しかしそんな楽しい話ももう続けられそうにないようだ。
ついにダンジョンボスの間に辿り着いたのである。
「ようやくここまで来れたか、意外に早かったな」
「うむ! さぁて、一発ブチかますとするかのう……!」
俺たちを阻むのは細い枝が密集して出来た扉。
その隙間からは黒い濃霧のような瘴気が漏れ出している。
聖広森から生まれただけあって終始森を象った構造のダンジョンだったが、もはや神聖性なんて欠片も感じないくらいにおぞましい。
扉の先からも異様な気配を感じるしな。
そこで俺は強化薬を改めて全員に投与する。
「よし、中毒症状などは出ていないな?」
「うん、大丈夫だよ!」
「なら行こう。シルキス、先頭を頼んだ」
「任されたよ」
さすがのシルキスも緊張を隠せていない。
長い年月を生きてきても魔王級と相対するのは初めてらしいから。
しかし慎重であるに越したことはないだろう。
だからと全員でゆっくりボスの間へと向けて一歩を踏み出す。
シルキスも盾を大きく構えて警戒を欠かさない。
扉が勝手に開き、俺たちを迎え入れる。
ただ通路の先が曲がり角になっているようで、まだボスらしい姿は見えない。
でも気配はすごいな、耳障りな「ババババ!」という音が終始鳴り響いているぞ?
そんな通路の先へと慎重に歩を進める。
だがその曲がり角へと差し掛かった時、突如として「ガガンッ!」という金属音が鳴り響いた。
「どうやら魔王さん、すでにかなりのご立腹なようだよ……!」
その正体は魔王の攻撃。
シルキスがふと顔を逸らし、それにつられて視線を向ければその正体が明らかに。
なんと大針が壁や床に刺さっていたのだ。
それも撃ち込まれたら痕がくっきりと残りそうなくらいに長く太い。
おまけにおぞましいほどに赤黒く、とてもじゃないがまともなものじゃない。
「針……これはまさか!?」
「なるほど、これは厄介じゃのう。この針から相当な瘴気を感じるぞい……!」
つまりこの針に刺されたらマズいということだ。
毒や麻痺、魅了といった状態異常なんかが可愛いと思えるほどに。
その効果はおそらく、〝
刺されれば最後、魔物憑きと化してしまう。
最悪の場合は魔物にすら成り果ててしまうだろう。
そんなヤバい物をこれだけの数だけ放つなんて、厄介にもほどがあるぞ……!?
「ただし一発二発ですぐに、という訳ではないじゃろう。特にそなたら人間やホビット程度なら耐えることもできようが」
「だけど将来的な瘴気耐性を犠牲にしかねない。どちらにせよ当たったらアウトだ」
まだ敵の姿や正体すら掴めていないのにこれだ。
これだから魔王級という奴は……!
「ではシルキスにガード能力アップの魔法をかける! その後はシルキスの裏に隠れながら通路を抜け、一気に畳みかけじゃ!」
「わかった! なら戦闘時はミュナとティアはシルキスの背後から援護を。代わりに俺とピコッテが前に出て奴に直接攻撃を仕掛けるぞ!」
「りょ、了解ですー!」
シルキスの防御能力を前面に出せないのは辛いが仕方がない。
後衛二人がやられてしまっては意味がないのだから。
ティアの魔法がかかり、シルキスの盾に薄い蒼光の膜が灯る。
するとその光が広がり、通路全枠を覆うほどに大きくなった。
「この盾はそう簡単には破壊されない! 危ないと感じたら僕の裏へ!」
「よし、行こう!」
そのままシルキスが走り出し、俺たちも続く。
そうして曲がり角へ飛び出すや否や、シルキスが強く踏ん張り進む。
どうやらさっそく奴の攻撃が浴びせられているようだ。
だがシルキスの根性もすごい。
その中でも押し切り、一気に通路の外のボス部屋へ突入だ。
「こ、こいつは……!?」
強引に大広間へと突入した俺たち。
その途端、奴の正体が露わになる。
ボスの正体、それは圧倒的に巨大な蜂だった。
ただその姿は想像以上に歪だ。
頭上高くに飛びながらも、長く太い尾腹は地面に着いてとぐろを巻いている。
本体の方は危険性を示す赤と黄と黒のまだら模様を有していて、見るからに威圧感がすごい。
そんな奴が俺たちを見下ろし、爆音のような羽音を響かせているのだ。
まさかとは思ったがこうも高い位置にいるとは。
「ででででっかいですー!?」
「それにあんな高い所に飛んでたらアディンたち届かないよー!?」
「いや、あの尻尾から登ればなんとかなる!」
「ならば我とミュナは二人を援護しつつ奴に攻撃じゃ!」
「う、うん!」
そう話し合っている間にも奴から針が打ち出されて盾を打つ。
どうやら針は奴の本体、口から発射されるらしい。
ならばと、ピコッテの背を掴みながらその合間を縫って飛び出した。
「アディンさん、ピコッテをドルカンさんみたいに扱ってくれて構わないですー!」
「わかった! だけど無茶はするなよ!?」
「はいーっ!」
ピコッテは自身の機動力でよりも投げられて跳んだ方がずっと速く強くなれる。
そうとはいえ人を投げるのは気が引けるから今までやらなかったが、この際仕方がないな!
その意思を汲み、針をかわしつつ身を捻らせて振り被り、ボールのように丸まった彼女を思いっきり放り投げる。
すると走る俺よりもずっと速く尻尾へ到達し、尾腹へ弾丸のごとくブチ当たった。
「ギィエエエエエエ!!!!!!!」
尻尾にも痛覚があるのだろう。
その途端に奴本体が怯み、金切り声のような叫びを挙げる。
その間にもピコッテの追撃は止まらない。
破りさえはしなかったものの、変形した尻尾をえぐるようにその身を回転させていたのだ。
「ピコッテ大車輪を喰らうですーーーーーーっ!!!!!」
さらには柔らかい表皮を弾丸車輪と化した彼女が駆け昇っていく。
速い! もう本体に向かっているぞ!?
「――ッ!?」
だがその時、周囲から伸びてきた何かによりピコッテが弾かれてしまう。
蔓だ!
広場の壁面から蔓が伸びてきている!?
まさか奴はダンジョンそのものも操って攻撃手段にしているのか!?
「危ないピコッテーーーっ!」
しかも奴の顔が落ちるピコッテに向けられ、針が射出される。
幸い丸まっていたおかげで盾と鎧に弾かれ無事だったものの、彼女自身も弾かれてしまった。
このままでは彼女の勢いが殺されて無力化してしまう!
「気にせず行くのじゃあアディンッ!」
しかしそう思っていた矢先、上空の奴本体が爆炎に包まれる。
ティアが大魔法を撃ち放っていたのだ。
「ナイスフォローだ、ティア……ッ!」
その隙を縫って俺は走り、落ちていくピコッテの下へ。
すかさず跳び、彼女を空中でキャッチする。
その上で再び大きく振り被り、彼女を思いっきり投げ飛ばした。
「またしても行っくですーーー!」
「いってこぉいっ!」
投げ飛ばされたピコッテがまたしても空へと浮く奴本体へと向かう。
俺も負けじと剣を抜き、着地先にあった尾腹めがけて斬り下ろす。
――尾腹はやはり柔らかかった。
弾力こそあるものの、鋭い剣と強化された腕力の前には無力だ。
ゆえに切り裂かれ、黄色い体液がドバリと吹き出してくる。
それをすかさず横へ跳ね飛んでかわし、ついでに尾腹を水平に切り裂きながら走ってやった。
一方のピコッテの方もまた本体に向けて登り始めている。
しかしまた天井の壁から蔓が伸びてきているぞ!?
「ピコッテはやらせないんだからっ!」
でもそんな蔓は即座に断ち切られていく。
ミュナの風刃攻撃だ。
「喰らうですーーーっ!!!!!」
そして援護を受ける中、ついにピコッテの肉弾タックルが奴の頭を撃った。
直後に「ガッコォーン!」という衝撃音が響き渡るほどの威力で。
「ギュエエエエエ!?!?!?!?!?」
叫びと共に奴の頭部が大きく跳ね上がる。
さすがの魔王級でも今の一撃は相当効いたらしい。
――だが。
「ギッギィィィィィィィィ!!!!!!!!」
「ううっ!?」
突如、奴の様子が変わった。
なぜかその身をぐるぐると回し始めたのだ。
その中でよじれ、暴れる尾腹。
まるで渦を描くように動き始め、俺たちを薙ぎ払うように襲い来る!
人の何倍もの太さを有しているのだ、その攻撃力は計り知れないぞ!?
「う、うあああああ!?」
俺は何とか跳ねてかわせた。
しかしシルキスは倒れないように踏ん張るので精一杯だ。
もしアイツが倒れたらティアもミュナも一網打尽にされてしまう!
……こうなったらあッ!
「速攻調薬――〝
俺は跳び跳ねる中でフルライザーを調薬、即座に自身へ投与。
さらには回る尾腹を足場にして高く跳ね飛ぶ。
極めつけには落ちてきたピコッテをも足場にし、一直線に回り飛ぶボスへ。
そして六つある薄翅の一本を根元から断ち切ってやったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます